第541話 聞き耳を立てる

 最初、石と木で造られていた簡素な構造だった闘技場も、観客が増えるとともにその姿を豪勢なものへと変貌させていき、今や見事な鉱石魔石で意匠の施された素晴らしい建物へと変貌していた。


 そんな闘技場には、一般のお客様お断りのVIP席が設けられ、この闘技場で一財産稼いだアンデッドや、ブーギーラグナの支配地からやって来た客が、高額なお金で賭けを楽しんでいる。


「ハッハッハッ。いやあ、弱者どもの潰し合いは、いつ見ても愉快ですな」


 そんなVIP席の一つで、細身のアンデッドなら五人は座れるようなソファを独り占めに座る大きな魔物がいた。ブーギーラグナの支配地からやって来た、トロルロードと言う種のその魔物、名をボッサムと言う。外見はオークに似た豚面の巨漢だが、二足歩行で人語を話すので、オークとは明確に違う種族なのだろう。一丁前に後ろに同じく豚面の護衛を一人付けている。


「それで、ガヨさん、私の提案した金融会社の方、どうなりました?」


 自分の横にちょこんと座る骸骨に視線を向けるボッサム。顔は笑顔だが目は笑っていない。


「それが、その、副町長に再考するよう差し戻されてしまいまして」


「ほ〜ん」


 ボッサムはガヨの話を聞きながら、前のテーブルに並べられた料理の数々から、自身の顔程もある大きなオーク肉にかぶりつく。


「副町長……。確か地上からやって来た冒険者でしたかな?」


「はい」


 首肯するガヨから目を闘技場の舞台に向けると、ガツガツと巨大なオーク肉を平らげ、骨をしゃぶり尽くして、その骨を地面に吐き出すと、バキンと足で潰した。それにびくりとするガヨ。


「たかが人間如きが、いつまでもここに居座る訳でもあるまいに、私のやる事に文句を付けるとは、良い度胸だ」


「ハハハ、本当に、命知らずですよねえ」


 太鼓持ちをするガヨに対して、ボッサムは冷ややかな視線を向ける。それに恐れ慄きガヨは縮こまる。


「ガヨさんも、私が金融会社を立ち上げる意味、分かっているのでしょう?」


「はい、それはもちろん。ボッサム様の金融会社がこの町の金の流れを一手に引き受ければ、この町で生活する者たちはボッサム様に対して手出し出来なくなりますから、新設されるカジノも、この闘技場も、町役場も、この町全てが、ボッサム様の手中となります」


「ハッハッハッ。分かっているじゃないか」


 言って笑いながらガヨの肩をバシバシ叩くボッサム。


「この町は出来て間もない赤ん坊のような場所だ。カヌスも、ダンジョン造りに関しては他の魔王の追随を許さぬ才覚の持ち主だが、町作りは素人同然。そこに私と言うブーギーラグナの支配地で国の一つを任されている存在が、この新たな町を素晴らしいものへと導こうと言うのだ。感謝こそされても、不当な扱いを受ける謂れはない」


「おっしゃる通りでございます」


 ガヨの太鼓持ちも、今度はボッサムに響いたらしく、顔を醜い笑顔に歪める。


「この町はカヌスが新たに始めた事業だ。この町を私がより良く導けば、ブーギーラグナの覚えも良くなり、あやつの支配地での私の国も拡大される事だろう。その為にも、邪魔者には早々に退場して頂かないとな」


「退場、ですか?」


 ガヨが困ったような声音を出す。その退場は、俺たちに早くこのエキストラフィールドから出て、次の階層に進んで貰うって事ではなく、死を意味しているんだろうなあ。


「何か問題が? 人間一匹、消えたところで問題ないだろう? いや、副町長が消えるとなると、この町の運営に関わるか。まあ、この程度の町なら、私の部下を一人出向させれば、滞りなく運営させるさ」


「しかし彼の者はカヌス様やジオ様からの覚えも良く、万が一我々が手を出した事がバレれば、金融会社どころの騒ぎでは……」


「なに、バレなければ何も問題ありませんよ。世の中ってのは、どこにだって不幸な事故が転がっているものだ」


「不幸な事故、ですか?」


 何やら不穏な空気を感じ取ってか、首を傾げるガヨに、ボッサムは嬉しそうにしわくちゃに顔を歪める。


「何をお考えかは知らないが、件の副町長殿は、今晩この闘技場に出場予定が入っているんですよ」


 別に俺が入れたくて入れたのではなく、リットーさんに無理矢理出場させられたのだ。


「成程、それは不幸な事故が起きても仕方ありませんな」


 得心がいったのか、ガヨが大袈裟に頷く。


「ええ。ですから……」


「はい。副町長の対戦相手は、ボッサム様の息の掛かった者を選出するよう、闘技場の者には伝えておきます」


「ハッハッハッ。いやあ、副町長殿が今からどんな死に様を見せてくれるのか、楽しみで仕方ありませんな」


 はあ。出たくない。そう思いながら、ちらりと俺の横で俺とともにボッサムとガヨの会話に聞き耳を立てていたオブロさんを見遣る。亡霊なのに顔を真っ赤にしている。器用と言うべきか、亡霊なのに感情豊かと言うべきか。


「オブロさん、下手な気は起こさないでね?」


 俺は小声でオブロさんにそう伝える。俺とオブロさんはオルさん謹製の『隠形』の指輪をして、VIP席で闘いを観戦していたボッサムとガヨの会話を少し離れたところから聞いていた訳だが、ここでオブロさんに馬鹿な事をされては困る。


「しかし、あれは明らかにカヌス様への反逆罪です。即刻処理すべきかと」


 俺に倣って小声で伝えてくるオブロさん。処理って。


「別にこの町で悪い事したらいけない決まりは、今はないはずだけど?」


「それは……、そうですけど」


 俺の言にオブロさんがしょぼくれる。まあ、こう言うところは、あのボッサムって奴が言っていたように、カヌスの詰めが甘いんだよなあ。この町の運営は基本的にカヌスに忠実なアンデッドたちで成り立っているから、上手くいっているけど、今後もこの町を運営していくとなると、ブーギーラグナのところのような外部からの様々な問題も呼び込む事になる訳だし、そこら辺の基準となる法整備も大事になってくるよなあ。


 と言うか、そもそもこの町、俺たちが出ていった後も存在させるのか? させるか。皆気に入っているみたいだし、カヌスも乗り気みたいだし、あいつが飽きるまでは存続するかな。となると、本腰入れないと不味いよなあ。はあ、面倒臭い。とそれよりも今は、


「オブロさん、今の会話、ちゃんと録画しといてくれた?」


「はい。バッチリです」


 と録画の魔道具を持って悪い笑顔を見せるオブロさん。ガヨの経理部長の座も、次の事前会議までだな。


「こっちよりも、ハルアキ様の方が心配です」


「そうだねえ。賭けを成立させる為に、無茶な組み合わせにはしないと思うけど、多分向こうは、俺が初手で降参しても、俺が死ぬまで襲い掛かってくるだろうからねえ」


 今夜の闘い、負けられないのではなく、勝たなくてはならない戦いになってしまったな。

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