第540話 六文銭
「おはよう……」
「おはようございます……」
朝、執務室でオブロさんと顔を合わせれば、互いにやつれているのが見て取れる。この人も懲りないなあ。
「そちらも上手くいっていないご様子ですね」
まるで俺の心の内を読んだかのように、書類の整理をしながら話し掛けてくるオブロさん。
「残念、ハズレ。上手くはいっているんだよ」
俺の発言は想定外だったのだろう。オブロさんは、ならどうしてそんなに覇気がないのか? と怪訝な顔をこちらへ向けてくる。はあ。
コレダの人形を相手にした『超集中』の修得に俺は成功した。今朝。夜通し人形の相手をし続け、朝日が昇る頃になってようやくコレダの人形の二つの魔石を割る事に成功した俺は、ステータス画面のプレイヤースキルの欄に確かに『超集中(準)』と言う文字が記載されている事に喜び、それを宿屋の食堂で朝からオーク肉のステーキを頬張っていたリットーさんに教えたら、
「それなら今日から実践だな!」
と笑顔で返されてしまったのだ。
今日から実践。……実践かあ。分かるよ。俺の『超集中』の表記に(準)って表示されていて、なんだろう? と詳しく『超集中(準)』の表記の下の概要欄を読んだら、『超集中』は使えるが、実戦にて直ぐ様発動させられる確率は七割。って表示されていたから。つまり俺の『超集中』はまだ不十分で、それをこれから実践で十割にしなければならないって。でも今日からかあ。
「はあ……」
「景気が悪そうですね」
「お互い様でしょ」
俺の言葉は図星だったらしく、一度眉間にシワを寄せたオブロさんは、無言で立ち上がると、これまで見せた事がない笑顔で、大量の書類を持ってきた。
「何であれ、上手くいっているのであれば、あの地区の開発は進めて良いと言う事ですよね?」
と書類を俺の前に差し出すオブロさん。そうか。俺がコレダの人形相手に特訓していたから、あの地区の開発は遅れていたのか。
「この町の右地区って何が建設予定だったんだっけ?」
「入り口側が住宅地、闘技場側が歓楽街ですね。訓練場が冒険者ギルドの裏手と闘技場の地下に造られましたから、特訓するなら、今度からそちらで。これでやっと入居希望者を受け入れられます。これまで制限されていましたから」
「結構な数の人を見掛けていたけど、あれでも制限されていたんだ?」
俺の発言にオブロさんが呆れたように嘆息する。
「闘技場に通い詰めている類は、この町の外、アルティニン廟で仕事に従事している者たちがほとんどです」
「そうなの?」
じゃあどこからどうやって来ているんだ?
「闘技場に転移陣があるんです。それを使って転移してくるんですよ」
「ふ〜ん」
死んで六文銭だけ渡された死者たちが、それを元手に闘技場で賭け事しているなんて知ったら、俺が親類縁者なら、噴飯ものだけどな。いや、ここのアンデッドたちはカヌスが作り出した疑似生命みたいなものだったっけか。確か本物の魂はすぐに世界に溶けて消えてしまうんだったな。
そんな他愛ない会話を交わしつつ、目の前に置かれた書類に目を通せば、それは早速歓楽街に建てられるカジノ建設に関する書類であった。
「オブロさん」
「横領はいけないと思う」
「ご心配なく。私はお給金の範囲内で遊んでいますから」
本当かなあ? まあ、紀元前からあるアルティニン廟に出来た、待望の娯楽施設だと思うと、はしゃぐな。とは強く言えないし、このカジノは前々から建設される事が決まっていた施設だけど。などと思いながらカジノ建設の書類にサインをし、それを退けると、直ぐ様新たな書類が俺の前に差し出される。
「…………オブロさん」
「ご心配なく」
いやいやいやいや、歓楽街に金融業者の建物を建設する? 絶対に身を滅ぼす人が出るでしょ? 俺がオブロさんを見上げると、スンとした顔をしている。
「大事なのです。今までは闘技場で儲けたお金は闘技場が、冒険者ギルドが発注したクエストの報酬などのお金は冒険者ギルドが、町役場は町役場が、と施設ごとに個別に保管、管理していたのですが、カジノが出来るので、お金が更に流通する事を見越して、一括してお金を管理する施設が必要なのです」
「理屈は分かったけど、歓楽街に造る意味が分からないな」
いや、意味は分かっているけどね。
「歓楽街は二十四時間稼働していますから。いつでもお金を預けられて、いつでも引き出せる方がよろしいかと」
「え? この金融施設、二十四時間営業なの?」
「はい!」
満面の笑みだな。悪魔の笑みと例えても良い。いったいどれだけの魔物が借金地獄に落とされる事になるのやら。
「これは保留で」
「何故です!? 立地ですか!? これから増加する入居者の事を考えると、金融施設の建設は急務だと思いますが!?」
そんな必死になって俺を説得しにこなくても。自分が活用する気満々じゃないか。
「普通に預金を引き出せるだけなら俺もゴーサインを出すけど、ここってお金の貸し出しもするんでしょ?」
「はい」
「担保や保証人は?」
「タンポ? ホショウニン?」
オブロさんでこれだもんなあ。
「オブロさん、金融業者ってのは、無限にお金をくれる親切な集団じゃあないんだよ」
「はあ」
「借りたなら利子を付けて返すのが当たり前で、そもそも借りるにしても、この人はお金を貸すに足る人物か、審査があるものなんだ」
「そうなんですか?」
初めて知った。って顔だな。お金に縁遠い生活してきたらそうなるか。
「審査にはいくつかあって、この人はちゃんと返すのか素行調査をしたり、その人の身元を保証して、借りた人がお金を返せなくなった時に代わりに返す保証人が必要だったり、お金を借りる人が大事にしている物品を担保と言う形で金融業者に預けて、初めてお金が借りられるんだ」
「そうなんですか!?」
そうなんだよ。
「オブロさんは町役場で働いているから素行調査は大丈夫だろうけど、それでも借りられる金額には上限があると思うし、もしもこの金融業者が悪徳業者だったりしたら、俺ならオブロさんに町役場の裏事情を探らせて、町役場に脅しを掛けるとか、業務時間外にいかがわしいお店で強制労働させたりするかもね」
俺の説明に、大量の書類を抱えたまま考え込んでしまうオブロさん。
「でも、この案は事前会議を通っていますし……」
事前会議とは、町役場の各部署の長が集まって行われる話し合いだ。ここを通す事で、俺やジオの仕事が格段に減ったので、ありがたい事なのだが……。俺は保留にした書類にもう一度目を通す。
「この案は……、経理部から出されているのか」
それはそうか。経理部としては、町のお金の流れはちゃんと把握しておきたいもんな。
「はい。キーヤさんの話では、経理部長直々に出された案だそうです」
キーヤさんと言うのはジオの秘書さんの名前だ。それにしても、経理部長直々か。これが経理部を運営していて困ったから出された案なのか、それとも別に含むところがあるのか。…………?
「どうかされましたか?」
「うん。この書類によると、金融業者のトップが、既に決定している事になっているんだよねえ。出来るなら俺かジオ町長で決めたいし……」
業者のトップとして名前が書かれているのは、経理部長の名前でもない。俺たちが知らないボッサムとか言う誰か。そんな人物に町の金融業は任せられないな。はあ。面倒事は嫌いだけど、これは探りを入れないといけないな。
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