第426話 遅かったらただの的

「は、速い……!」


 底面の履帯を格納した飛空艇は、思った以上の速度で空中を航行していた。真っ白の空間の為に、どのくらいの速度が出ているのか分からないが、旅客機より速いと思う。周囲360度が丸見えのせいで、余計に速度が出ているように感じる。


「それはそうよ。遅かったらただの的じゃない」


 と後ろからバヨネッタさんの声が。振り返れば、バヨネッタさんは悠々と足を組んでグラスで水を飲んでいた。


「まあ、それはそうなんですけど、異空間から出てきた時は鈍重に思えたので、ちょっとギャップがあって」


「ハルアキ、ガレージから全速を出す馬鹿がどこにいるのよ?」


 ですよね~。


「でも意外と乗り心地が良いと言うか、シートベルトとかしなくて大丈夫なんですね」


「魔力で床面に引力を発生させているから、飛行中に立ち上がろうと、移動しようと、上下逆さになろうと平気よ」


 それは凄い。俺が確認の為に席を立ち上がってみると、確かに床から引っ張られるような感覚がある。動けはするけど、ちょっともったりするので慣れは必要かも知れない。


「これで上部の砲門から大砲で攻撃ですか?」


 操縦室を一周して席に座り直した俺の質問に、バヨネッタさんが口角を上げる。


「主砲は確かにあれだけど、あれは最終手段ね。通常攻撃用に、両側面に二連装砲と、重機関銃、レーザー砲を格納しているわ」


 そう言ってバヨネッタさんが右手を上げると、上部主砲の下が展開し、各種武装が現れる。どうやらこの飛空艇は、上部、中部、下部で別れており、上部が主砲、下部が乗員スペース、そして中部に通常武装が格納されているようだ。


「オル」


 バヨネッタさんが外部スピーカーで外のオルさんに指示を出すと、真っ白の空間に大小様々な的が現れた。


「リコピン」


『はい、マスター』


 バヨネッタさんから指示を受けたリコピンが、空中を優雅に航行しながら、側面の武装で的を撃ち抜いていく。


 撃ち抜かれてはまた現れる的。更には敵役の物体まで現れて、こちらに攻撃してくる。それを上下左右と緩急を付けて躱しながら、的や敵役を撃破していくサングリッター・スローン。う〜ん、凄い。いや、凄過ぎる。


「いや、これ絶対にバヨネッタさんだけのアイディアじゃないですよね?」


 と言うか、ゴルードさんだけで、たった十日やそこらでこの機体を造れるものだろうか?


「流石に分かるわよね」


 バヨネッタさんは飛び回ったり的撃ちしたりと、暴れ回ってすっきりしたのか、それともこれを動かすのに相当な魔力が必要なのか、ゆっくりとサングリッター・スローンを着陸させた。


「ハルアキの察する通り、これは私だけのアイディアではないわ。キッコに手伝って貰ったの」


 キッコ?


「って誰ですか?」


 いや、そんな残念なものを見る目を向けられても。


「この研究所の主任研究員よ」


「ああ!!」


 立花女史か! そう言えば名前が立花橘湖きっこだった。


「キッコのグループが主導してこの飛空艇をデザインし、それを製造可能であるゴルードのところへ持ち込んだのよ。素材と人員付きで」


 素材はバヨネッタさんの提供。人員はこの魔法科学研究所の提供だろう。無茶をしたものだ。


「大丈夫なんですか?」


「代金なら、素材と人員持ち込みだし、この国からも出させているから大丈夫よ」


 日本からも払わせたのか。研究費とかの名目かな。戦争を前に最新の軍事研究が出来るなら、それなりの金額がゴルードさんに渡ったんだろうなあ。あの人のスキルに『通信販売』と言うのがあるから、お金はいくらあっても困らないだろう。


「そっちではなく、バヨネッタさんの魔力の方です。流石のバヨネッタさんでも、これだけの機体を操作するのは大変なのでは? 実際に先程の的撃ちの演習で、もうお疲れのご様子ですし」


「そっちね。だからこそ魔女島に戻ったのよ」


 そこに繋がるのか。


「魔女島の魔女には序列があってね、序列上位者と呼ばれる上位二十五人に入ると、特別なスキルを魔女神ナナンジャバラ様から授かる事が出来るの」


 そう言えばアンゲルスタ戦でロケット打ち上げた時、魔女島の魔女さんたちに対して、バヨネッタさんが序列上位とか何とか言っていた気がする。


「そんなに必要なスキルだったんですか?」


 俺の質問に首肯で返すバヨネッタさん。


「スキル名は『魔力変換』。そのスキルの能力は生命力を魔力に変えると言うものよ」


『魔力変換』。俺が覚えた『有頂天』に似ているな。命の危険が伴うところも。


「まあ、私は生まれつき魔力量が多かったから、序列上位に特別な憧れなんてなかったんだけど、今度の戦いは流石の私でも本気を出さないといけないからね。出来る事はやっておこうと思ったのよ」


 胸を張るバヨネッタさん。あ、これは褒めるムーブかな。


「さ、流石はバヨネッタさん。事前にこれだけの準備を整える辺り、今度の戦いの重要度を良くご理解していらっしゃる」


「でしょう? …………はあ、とは言っても、この飛空艇、私の魔力だけで飛ばしている訳じゃあないのよねえ」


「そうなんですか?」


「飛ばそうと思えば飛ばせるのよ? でも燃費の事を考えると、三十個の人工坩堝を使用するこの飛空艇を、私一人の魔力で運用するのは非効率的過ぎるのよ」


 三十個も人工坩堝を使っているのか、この飛空艇。俺だったら魔力全開にしても飛ばせないかも。『有頂天』状態なら出来るか?


「そこでキッコたちが考え出した、魔電ハイブリッドバッテリーを、この飛空艇には搭載しているの」


「魔電ハイブリッドバッテリー、ですか?」


 初耳のワードに俺は首を傾げる。

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