第634話 殺人の才能

『『記録』が更新されました』


 微睡みの中で目を覚ますと、いつものメッセージが脳内に流れる。


(これって時空系を統合しても流れるんだよなあ)


 と目を開けると、黄金の天井がすぐ近くにあり、ちょっとドキッとする。慣れない。


「おはようございます」


 俺が目を覚ました事に気付いたダイザーロくんが、下方から声を掛けてきた。部屋にはコーヒーの香りが漂っている。


「おはよう……」


 眠気を噛み殺しながら、二段ベッドの上から下りる。サングリッター・スローンで南極へ向かって二日目。そろそろ南極に到着する。


「どうぞ」


 目覚めの一杯とばかりにダイザーロくんがコーヒーを渡してくれるが、これは単純にダイザーロくんがコーヒー好きになった影響だ。南極へ行くと決まった時点で、バヨネッタさんに頼み込んで、わざわざ俺たちの部屋にコーヒーメーカーを導入して貰ったくらいだ。まあ、美味しいから良いけど。


「カッテナさんからの伝言で、あと四時間程で南極点にある天賦の塔に到着するそうです」


「ん。分かった」


 ダイザーロくんから、今日の日程を聞きながら、コーヒーを飲み干すと、俺は寝間着からつなぎに着替えて、顔を洗い歯を磨き、ダイザーロくんと船後部のバヨネッタさんの部屋へ向かう。



「おはようございます」


 部屋に入ると、今度は紅茶の香りが身体を包む。


「おはよう」


 バヨネッタさんも寝起きなのだろう。リクライニングベッドに、テーブルを持ち込み、ベッドを起こして、そのまま食事を摂っている。


「おう! 起きたな!」


「おはよう、二人共」


 テーブルの方では、既にデムレイさんとミカリー卿が朝食を食べ始めていた。武田さんがいないのはいつもの事だ。


「おはようございます」


 と俺も席に着き、ダイザーロくんが俺と自分の分の朝食を持ってきてくれ、それを食べ始める。今日は生ハム載せのフレンチトーストにチョップサラダ、そして紅茶だ。カッテナさんが用意してくれたのだろう。


「今日到着って話だけど、どんな場所なんだろうねえ?」


 ミカリー卿は何故かわくわくしている。未知の大陸に行くのが楽しみなようだ。


「しかし、わざわざ誰もいない土地に拘禁しなくても、普通に死刑にすれば良かったんじゃないか?」


 デムレイさんは乗り気ではないようだ。


「地球では、罪人への刑として、死刑を設けていない国が結構あるんですよ。これから行くそいつも、そう言う国を跨いで殺人をしていたので、殺人が起きた国同士が協議して、終身刑として、人が滅多に寄り付かない南極に、そいつを拘禁した訳です。まさかそこに天賦の塔が建つとは思わなかったでしょうけど」


「ふ〜ん。仇討ちとかで殺されたりしなかったんだな」


「仇討ちは日本でも禁止されてますね」


 これには皆が閉口している。どうやら異世界では、仇討ちは親族を殺された者の正当な権利らしい。ところ変われば法律も変わるものだ。


「それでも、一人くらい、どうにかしようとしそうだけどな?」


「いたようですけど、返り討ちに遭ったようです」


「それは、居た堪れないね」


 聖職者であるミカリー卿は、目を閉じ、胸の前で手を合わせている。


「しかも、この話には続きがあって、そのやり方が意味不明なんですよ」


「意味不明?」


 全員の耳目が俺に集まるのが分かる。


「これから会う、ジャスティン・マクスミスと言う人物は、とある国で殺人を犯し、刑務所に投獄されたのですが、ジャスティンが殺したのは、その刑務所の看守の娘だったんです」


 これに皆が息を呑む。


「看守と言う立場に、刑務所と言う復讐するには絶好の場です。受刑者への行き過ぎた指導と言う形で、娘の復讐をしようとしたその看守は、最初のうちはジャスティンをこれでもかと虐めていたそうなんですが、それが日一日と過ぎていくうちに、看守の態度は軟化し、一月もすると、ジャスティンへ便宜を図るようになり、二月経つと、ジャスティンを崇拝対象と見始め、三月で、その看守はジャスティンを刑務所から脱走させたうえに、自殺しました」


「は? 自殺?」


 聞き返してくるデムレイさんに、首肯を返す。


「看守の遺書には、自分がどれ程愚かであったか綴られており、最後に、ジャスティンは悪くないので、自分の死でもって無罪にしてくれ。と書かれていたそうです」


 部屋が静まり返る。


「それはつまり、ジャスティンは自分の手を汚す事なく、口車のみで復讐者を殺害せしめた。と言う事かい?」


 信じられないとミカリー卿が聞き返してくるのに、俺はまた首肯する。


「何とも空恐ろしい話だね。どのようなスキルを持っているのやら」


「いや、ミカリー卿、こっちの世界でスキルが獲得出来るようになったのは、つい最近だ。そいつは、スキルも何も使わず、そんな芸当をやってみせたんだよ」


 デムレイさんの言にも頷く。


「ジャスティンの恐ろしいところは、そんな不気味なカリスマで、手を汚さずに殺人を出来るのに、まるで殺人と言う技術を突き詰めるかのように、様々な手練手管で人を殺しているところです」


「様々な?」


「はい。ジャスティンが唯一殺人と言う行為に対して持っている拘りなのか、ジャスティンは一度試した殺害方法は二度と使わず、毎度違う殺害方法で二百人以上を殺しているところです。刺殺はもちろん、絞殺、毒殺、轢殺、爆殺、圧殺、銃殺、撲殺と、殺人術の見本市とか、百科事典なんて呼ばれていますね」


「そんな奴に俺たち今から会いに行くのか?」


 完全に引いているデムレイさんに首肯しつつ、


「まあ、皆さんには不測の事態に対応して貰う為に同行して貰っただけなので、まずは俺一人で会うつもりです」


 と説明をしておく。

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