第635話 極夜のオーロラ

「綺麗だなあ」


 南極に到着した俺たちが空を見上げると、丁度緑色のオーロラが、満天の空を雄大に泳いでいた。


「しかし、今は昼だよな?」


「南極はこの時期はほぼ極夜で、一日の大半が夜なんです」


 俺の説明に、質問してきたデムレイさんが不思議そうに頷く。


「まあ、向こうの世界だと、極夜やその反対の白夜なんて、ありそうにないですもんねえ」


「反対と言うと、一日中昼なのかい?」


「はい。太陽が沈み切らず、夜でも水平線を流れているとか」


 ミカリー卿の質問に、ネットでも分かる情報を説明する。


「不思議な世界だねえ」


 そう言って、ミカリー卿はまた空を見上げ、それに釣られるように皆が、オーロラ見学に戻る。これはいつまでも見ていられるなあ。


「何を呑気に、南極オーロラツアーを楽しんでいるんだよ。俺たちが来た理由は違うだろ?」


 武田さんは防寒服に身を包むも、南極の寒さが堪えるのか、腕を擦っている。あれだけ肉の鎧を着ていても寒いらしい。まあ、バヨネッタさんなんて、サングリッター・スローンのドアが開いた瞬間に、その寒さを嫌って、船内に逃げ込んでいるので、それと比べれば、外まで出てきた武田さんの方が優しいか。


「まあ、そうですね」


 俺が視線を少し下げると、そこにはオーロラに包まれた星空に向かって、天賦の塔がそびえ立っていた。この中に地球の勇者にして大量殺人鬼のジャスティン・マクスミスがいる。


「先に言っておくが、はっきり言って、俺はこの中にいる奴を仲間にするのは反対だ。ヤバ過ぎる。情報をちょっと集めただけで、人間として終わっていると言うより、人間の皮を被った違う生き物だ。分かり合おうなんて出来ない」


 武田さんが必死に説得してくる。南極に着いてから、再三に渡り俺へ警告してきた。同じ地球人だからこそ、そのヤバさが理解出来てしまうのだろう。


「まあ、仲間にするかどうかは、俺もまだ迷っていますし、会ってから決める。と何度も言っていますよね?」


 これも南極に来てから、再三したやり取りだ。


「…………分かったよ。なら、これだけ忠告しておく。初手を躱せ」


「…………」


『空識』の未来視で分かってしまったのだろう。恐らく俺は中でジャスティンと戦闘する事になるようだ。


「分かりました。じゃあ、行ってきます」


 送り出してくれる皆を背に、俺は南極唯一の天賦の塔へ足を踏み入れた。



「…………」


 中は真っ直ぐな通路となっており、いきなり攻撃される事はなかった。


 通路を進んで行くと、円形の大広間に出て、そこには壁に沿って上方へ階段が続いている。もちろん手すりなどない。


「う〜ん。嫌な予感がビンビンするなあ」


 天賦の塔は挑戦者のレベルによって、その難易度が違ってくる。俺は現在レベル五十三だ。上限である五十を超えた俺が、初めての天賦の塔へ挑むとなれば、それ相応の歓迎が待っていると覚悟していたのだが、拍子抜けすると共に、逆に何も起きない事が、他の塔と違い、不気味さを醸し出していた。


「まあ、道は一通なんだから、行くしかないか」


 と長い長い階段を上っていく。上を見上げても、霞掛かっていて、この階段がいつまで続くのか分からない。


 その階段を一段一段上っていくと、単調な行動の連続に脳がゲシュタルト崩壊を起こし、いったいどれだけ上ってきたのか、何時間上ってきたのか、感覚が麻痺してきたのを感じた。


 下を見ると、いつの間にやらこちらも霞掛かっていて、どれだけ上ってきたのか分からず、オルさん謹製の腕時計へ目を向けるも、時計が止まっている。


「マジか?」


 とこの時点でようやく焦りが汗となって浮き上がるのを感じながら、スマホの方の時計を確認するも、こちらも時間が経過する様子がない。


「塔内の時間が静止しているのか?」


 どうやらこの塔内の時間経過は、外とは違っているらしく、そのうえ上下を見ても霞に閉じ込められている。まさに五里霧中に放り込まれたような、ゾワゾワする塔の不気味さに、何とも表現出来ない焦燥感だけが増していく。


「う〜ん。これは今更下りても、もしかしたら下にたどり着けないかも知れないなあ。上る以外に選択肢がないか。本当に上にたどり着けるならの話だけど」


 人とは、誰もいない場所に放り込まれる(この場合自ら進んでだし、アニンもいるけど)と、自然と独り言が多くなるものだ。などと自嘲しなければ、この塔の不気味さに心が飲み込まれそうになる。もしかしたら、それがこの塔による精神攻撃なのかも知れない。そんな様々な想像が頭の中に渦巻く中、一段一段上り続ける。



「……おお」


 何時間、何日、何万段、いったいどれだけ経過したのか分からないが、それは唐突に現れた。壁際に、前からあったとでも言わんばかりに、普通のドアが取り付けられていた。アルミ製の、本当に普通のドア過ぎて、ダンジョンに似つかわしくないくらいだ。


 上を見上げれば、未だに霞掛かっているが、下を見れば、既に霞は晴れており、しかもすぐ近くに階下の大広間が見える。そこから推測するに、上ったのは精々二百段程だと思われた。これには口の中に苦いものが広がるのを自覚する。


「はあ、まあ、これは建てたカロエルに一言文句言っても、許させる気がする」


 と愚痴りながら、俺はドアノブに鍵が付いていないのを確認すると、壁際のドアノブに手を掛け、ドアを引いた。

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