第636話 ラノベに良くある能力

『『記録』された地点に戻りました。52/53』


 見慣れないメッセージが脳内に表示される。そんな初めての事態でも、眠気の方が強く作用し、薄らまなこを開けると、目の前が金色に染められている。あのドアの向こうは、こうなっていたのか? とボーっと金色の壁を見続けていると、


「起きられましたか?」


 と下方からダイザーロくんの声が聞こえ、その声で意識がはっきりとしてきて、自分が寝ていた事を思い出す。バッと腕時計を見れば、当日の朝だ。スマホを確認しても日付も時間も変わらない。


 コーヒーの良い匂いが部屋を包む中、俺が転げ落ちるように二段ベッドから下りると、両手にコーヒーカップを持っているダイザーロくんが驚いている。


「どうしました? まだ目的地まで四時間あるそうですよ?」


 これはデジャヴ? それとも正夢でも見ていたのか? ダイザーロくんが差し出すコーヒーを飲んで、一度落ち着いた俺は、まだはっきりしない、どこか夢の中にいるような気分のままアニンに尋ねる。


(どう思う?)


(我が夢を見る事はない。であれば、時間が逆戻ったと考えるのが妥当だろう)


 そう……、なのかも知れない。が、いまだ頭の中は夢現ゆめうつつで、そんな状態のまま、俺はダイザーロくんと、サングリッター・スローンの後方にある、バヨネッタさんの部屋へ向かった。


「おはようございます……」


 俺が部屋に入るなりあいさつすると、テーブルで朝食を摂っていたミカリー卿とデムレイさんがお互いに顔を見合わせ、朝のあいさつより先に、心配そうにミカリー卿が話し掛けてきた。


「どうしたんだい? ハルアキくん? 顔が真っ青だよ? 悪夢でも見たのかい?」


 優しい声音のミカリー卿へ、何かを振り払うように俺は頭を振る。


「いえ、悪夢は見なかったんですけど、何と言うか、奇妙な体験をしまして」


「奇妙な体験?」


 ミカリー卿とデムレイさんが、揃って首を傾げる横で、優雅にベッドの上で朝食を食べていたバヨネッタさんが口を開く。


「ハルアキ、死相が出ているわよ?」


『慧眼』を持つバヨネッタさんから見て、かなり確度の高いものなのだろう。こちらを向くバヨネッタさんも青ざめている。


「死相、ですか」


 俺がその言葉に対して、冗談で返すでなく、重く受け止めている様子に、この場の面々の顔が険しくなる。


 これは説明しないといけないなあ。と思い、俺は椅子に座ると、今日あったと思った事を訥々と話し始めた。



 俺が話し終えると、重い静寂が場を支配する。


「ハルアキの感覚としては、その夢は現実だと思うのね?」


「はい」


 バヨネッタさんの問いに、俺ははっきり答える。あれは現実だったと、説明は出来ないが確信がある。


「では、それが本当だと仮定して、今後の計画を立てましょう」


 バヨネッタさんの意見に異を唱える者はおらず、皆がそれに首肯する。


「カッテナ、すぐにタケダを叩き起こしてきなさい」


 と命令を受けたカッテナさんが動き、五分後、バヨネッタさんの部屋に武田さんを合わせた全員が揃った。そこで俺は再度武田さんにこれまでの経緯を説明する。


「成程なあ」


 俺の説明を聞いた武田さんは、寝ぼけ眼で頭の後ろを掻きながらも、その顔は段々と冴えてきていた。


「俺の『未来視』でも、色々な可能性が浮かんでは消えていたけど、一番多かったのは、工藤が何時間経っても戻らず、残ったやつらが一人また一人と塔に挑戦するも帰還なく、俺一人残されるパターンだ」


 これには全員が難しい顔となる。地球の勇者(大量殺人鬼)を、仲間にしようとして、全滅する可能性があるのか。


「前回塔に入る前、武田さんは俺に対して、初手を躱せとアドバイスをくれましたけど、その初手がどんなものか分かりますか?」


 俺の質問に、しかし武田さんは首を横へ振るう。


「分からん。塔手間まで行ったら、何かしら視えてくるかも知れないが、現状では、工藤がどのような死因で死んだのか、まるで見えん」


 との解答だった。時間的に、南極の天賦の塔までまだ四時間ある。その時間分、『未来視』でも見通せないのだろう。


「逆に、工藤は何も覚えていないのか? ジャスティン・マクスミスに会ったんだろう?」


「いえ、俺はジャスティンには会っていません。いや、向こうは俺を認識していたかも知れませんが、俺にはジャスティンがどこにいたのか、どうやって俺を殺したのか、まるで見当が付かないんです」


 これには全員から嘆息が漏れる。


「天賦の塔で金丹エリクサーが見付かったとの報告は、今のところ世界中から情報収集しても聞いた事がない。なのでジャスティン・マクスミスはかなりの精度で、工藤よりレベルが低く、しかも天賦の塔一つで得られるスキルは二つと決まっているので、それ次第と言ったところか。工藤に『逆転』のデバフがあるにしても、上位レベル者を相手に、その人間が『死んだ』と分からないように殺すとか、人間業じゃないな」


 武田さんの現状報告に、皆の顔が険しくなる。俺が戻って来なかった場合、それぞれ塔に向かったと言っていたので、明日は我が身だからだろう。まあ、死ぬと分かっているのだから、俺を見捨てて南極から引き返す選択肢もあるが。


「だが、ハルアキがどのような手段で殺されたのか、可能性は探っておく必要はあるだろう」


 そう口にしたのはデムレイさんだ。自然と皆の視線がデムレイさんに向けられる。


「ハルアキの『記録』が、本人が死んだら、その日の朝に戻る能力だとしたら、メッセージの最後の、52/53と言う数字が不気味過ぎる。恐らくその数字はハルアキのレベルであり、その片方が52に減っていると言う事は、それがゼロになったら、それこそがハルアキにとって本当の死と言う事だろうからな」


 これは俺もそうだと思う。そして不気味なのは、この数字は寝れば回復するのか、それとも死んだ残数は増えないのか。回復しないとしたら、無駄にゾンビアタックを繰り返して、ジャスティン・マクスミスの戦い方を探るのは下策だ。この残数は魔王軍との戦争に取っておきたいし、今回は死んだ原因が分からないくらい見事な殺され方だったから良かったけど、次も同じ殺し方をされるとは限らない。


 俺たちがこの事実に気付いた事で、バタフライエフェクトが起こり、ジャスティン・マクスミスが殺し方を残虐なやり方に変えてくるのは多分にあり得る。そんなものを何度も繰り返したくない。


 俺たちは気分が乗らない中、朝食を食べつつ、ジャスティン・マクスミスの殺し方を探ると言う、食事時にする話じゃない話を、南極に着くまで延々続けたのだった。

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