第637話 読めない未来

 ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ……。


『『記録』が更新されました。52/53』


 眠りから覚めると、そんなメッセージが脳内に流れる。それを脳内で記録しながら、俺は頭脇のスマホの目覚ましアラームを止める。


「どうでしたか?」


 船内に確保された、自室の二段ベッドの上でむくりと上半身を起こすと、下からダイザーロくんがそわそわしながら尋ねてきた。


「『記録』の場所は更新されたけど、復活回数は戻らなかったよ」


 言いながら下へ降りた俺へ、ダイザーロくんが、しょんぼりしながら濃い目のコーヒーを差し出してくれた。


 とりあえず、眠ってみなければスキルの詳細が分からない。と言う事で、南極の天賦の塔までの四時間を眠りに費やしたが、結果として、まあまあと言ったところか。寝起きに復活場所が更新されるのは予想通り。復活回数が回復していればありがたかったが、やはりと言うべきか、予想通りと言うべきか、復活回数は回復はしなかった。


 復活回数の上限がレベルである事から、皆で話し合って出た予想は、上限はレベルに固定。寝たら復活回数も回復する。しない。時間で復活回数が回復する。しない。時間の場合、何時間で復活するのか。復活しない場合、次にレベルアップした時に、レベル上限まで回復するのか。様々な予想が立てられたが、まあ、予想通り、四時間程度では復活回数が回復する事はなかった。『記録』の場所が更新されただけマシか。これがなされなかった場合、もしまた俺が死んだ時に、皆に一から説明しなければならないところだった。


 俺は苦いコーヒーを飲み干し、皆が待つ後部部屋へ向かい、説明を行った。



「……読めないわ」


 オーロラ輝く空の下、南極点の天賦の塔を見上げながら、バヨネッタさんがそう口にする。


「読めないって、『慧眼』で未来が分からない。って事ですか?」


 尋ねる俺に、バヨネッタさんが首肯する。天賦の塔の中と外が、隔絶されているから読めない。……訳ではないだろう。この塔が、他の塔と違って、そのように造られていると考えるのが妥当か。


「武田さんはどうですか?」


 寒さに震えながら、武田さんは険しい顔で塔を見詰めている。


「分からん」


「『空識』でも中は覗けないんですか?」


 しかしこれに武田さんは首を横に振るう。


「それもそうなんだが、工藤の死因が分からん。工藤の話では、階段を上り、ドアを開けたら死んでいたんだよな?」


「はい」


「それは俺の『未来視』でもその通りなんだが、工藤はドアを開けるなり、倒れてそれで終いだ。それ以上は何も見えなかった。ジャスティンの姿も見当たらなかった」


 武田さんの言葉に不気味さを覚えた俺は、思案すると、右手から野球ボール程の黒い球体を生み出した。


「何するんです?」


 俺の行動を不思議に思ったダイザーロくんが尋ねてくる。


「この球体は、『六識接続』で俺の意識と同調してある。これを塔内に送り込んで、とりあえず中の様子を見ようと思ってね」


 とダイザーロくんに、と言うより皆に説明し、俺は塔の門に張られた薄い膜へと球体を差し向けた。


「…………」


「…………どう?」


 バヨネッタさんに進捗を尋ねられ、俺は首を横に振った。


「駄目ですね。門の薄い膜を潜って中に入った瞬間に、『六識接続』が強制的に切られました。戻す事も無理のようです。多分塔内で霧散しているかと」


「そう」


 このまま無策で中に入るのは、あまりに無謀であると判断した俺たちは、とりあえず突っ立っているのも寒いので、サングリッター・スローンの中へ戻る事とした。



「敵の姿形も見えなかったのよね?」


 後部部屋で温かい紅茶を飲んで一息吐いた後、バヨネッタさんが武田さんに尋ねる。


「ああ。ドアを開けたら倒れた。恐らくこれは確定事項だ」


「理由は? レベル五十を超えるハルアキが、ドアを開けただけで死ぬなんて、異常事態よ?」


 詰め寄るバヨネッタさんに対して、首を横に振るう武田さん。


「俺だって分からねえよ。工藤が倒れたら、その先は真っ暗で見えなかった」


「待ってください。俺は『倒れた』のであって、『死んだ』訳じゃないんですか?」


 慌てて俺が尋ねると、これに武田さんは首をひねる。


「『倒れて』から死んだのか、『死んだ』から倒れたのか、俺の『未来視』では判別出来なかった」


 これに皆が閉口する。沈黙が部屋を覆い尽くし、やおらデムレイさんが口を開いた。


「まあ、可能性としては、毒が一番高いだろうな」


 確かに、俺は『毒耐性』や『毒無効』のスキルを持っている訳じゃない。が、ステータスに耐久値があるので、今の俺ならほとんどの毒は耐える事が出来る。まあ、ジャスティンが毒に特化したスキルを獲得していたら、駄目かも知れないが。塔内にずっといては、レベル五十を超える事が出来ないだろうから、どれだけ強力な毒でも、一秒二秒くらいなら耐えられそうな気はするが。……特化していたら、それさえ貫通してくる可能性もあるか。


「う〜ん、私は催眠ガスの可能性もあると思うよ」


 ミカリー卿の発言に、「ああ」と皆が首肯する。強力な催眠ガスで眠らされた後、殺された。毒で即死よりも可能性が高そうだ。


「二つとも可能性はなくはないわね。と言う訳だから、ハルアキ、『毒無効』と『催眠無効』を獲得しなさい」


「そんな簡単に言わないでくださいよ」


「ハルアキなら、簡単に獲得出来るでしょう?」


「それは、そうですけど。ミカリー卿、毒防御とか、催眠防御みたいな魔法持っていません?」


 バヨネッタさんのいつもの無茶振りに対して、俺は別案を提示する。確かに『クリエイションノート』があるから、理論上は俺はいくらでもスキルを獲得出来る。しかしそうなる事を、リョウちゃんが想定していなかったとは考えづらい。そうなると、『クリエイションノート』に何か仕掛けをしていてもおかしくないのだ。なので俺としては『クリエイションノート』をポンポン使うのには抵抗があった。


「まあ、二つとも持っているけど、これがどこまで通用するかは分からないよ?」


「それは『毒無効』と『催眠無効』を獲得しても同じです。向こうがカウンターにカウンターを仕掛けてくる可能性もあると思いますから。例えば、『全スキル無効』とか」


「ふむ。確かに、そんなスキルを獲得していたら、スキルでは対抗出来ないか」


 と納得してくれたミカリー卿。それに対してほくそ笑む俺を、ダイザーロくんが複雑な顔で見ている。


「それで大丈夫なんでしょうか?」


「万全ではないね。悲しいかな、俺は今回は一死を覚悟して挑むつもりだよ。そして何かしらの死因を持ち帰ってくるつもりだ」


 俺の悲愴な覚悟に、ダイザーロくんだけでなく、皆が辛そうに溜息をこぼす。


「まあ、復活回数も勿体ないから、ゾンビアタックはそこまで何度も施行するつもりはないけどね」


 と俺は明るく振る舞うが、皆の視線が同情的で痛かった。まあ、これで駄目なら、『クリエイションノート』を頼ろう。

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