第30話 覆い被す

「な、な、な、何なのよこれーーー!?」


 ヌーサンス島に帰って来た俺と、それについて来たバヨネッタさん。まあ、島の東に到着するなり大仰天である。


 まあ、驚きもするのだろう。この異世界でも貴重? らしいポーションの原料であるベナ草が、島の地面を埋め尽くす勢いで生えまくっているのだから。


 ちなみにバヨネッタさん愛用のバヨネットは、そのストックに巻きつけられた長い飾り布によってぐるぐる巻きになってバヨネッタさんに軽々担がれている。その飾り布、そうやって使うものなのか。


「異様ですか?」


「異様も異様、この世の景色としてあり得ないわ」


 そんなにか。


「あなたはこの景色を見て何とも思わないの?」


「何とも、と言われましても。俺、転移したのがこの島なので、この島以外の景色がどうなっているのか、知らないんですよ」


「あら、そうだったのね」


 他人事みたいに言うなあ。俺、島外に出て速攻あなたに殺されそうになったんですが。などと口が裂けても言えない。


 バヨネッタさんは俺の心中など察してくれる訳もなく、島中を埋め尽くすベナ草をしばらく眺め続け、触り、口に含むと、


「風よ」


 と魔法を唱えた。


 すると突風が巻き起こり、辺り一面のベナ草を切り刻んでいく。しかもそれだけではない。切り刻まれたベナ草が、風によって一ヶ所に集められたかと思うと、それらは見る間に乾燥していき、そして粉になったのだ。


「宝物庫」


 更にバヨネッタさんがそう唱えると、バヨネッタさんの右横の空間が歪み、穴が出現した。そしてバヨネッタさんはその穴の中ヘ乾燥したベナ草を、風の力で収納していく。


「凄え……」


「ふふっ、このくらい普通よ」


 胸を張るバヨネッタさん。


「普通の魔法も使えたんですね」


「当たり前でしょ!」


 まあ、当たり前なんだろうけど、銃砲の魔女なんて二つ名だから、銃に特化しているのかと思っていた。


「それにしても凄い量ね。採っても採っても採り切れそうにないわ」


 もう一度辺りを見渡すバヨネッタさん。近場のベナ草は採り切ったが、まだ奥の方は鬱蒼としている。


「だからって島中のベナ草を採り切らないでくださいよ?」


「それくらい私だって分かっているわよ」


 頬を膨らませ抗議してくるバヨネッタさん。どうだかなあ。


 島への移動中バヨネッタさんに聞いた話だと、ベナ草の枯渇はこの異世界全体でかなり深刻化してきている問題なのだそうだ。


 物理的な怪我に対して、万能な回復力を発揮するポーションの需要は高く、その原料となるベナ草も、高値で取り引きされているらしい。その為に市町村周辺のベナ草は採り尽くされ、今は危険な、人の生活圏外までベナ草を採りに行かねばならない状態なのだとか。


 だったらベナ草がまた生えてくるまで待っていれば良いのに。と思うが、ポーションは薬であり、そうそう需要は減らないし、魔物の棲む生活圏外ヘ行くのに、ポーションは必需品とあって、その為にベナ草を求めて生活圏外に出ていく者も後を絶たない。と言う悪循環が続いているらしい。


 ならば栽培してその数を増やせば良いのではないか? と思うが、未だ世界でベナ草の栽培に成功したとの話は聞かないとの事だ。世の中、上手くいかないものである。そんな訳で、


「この島をこのまま野放しにしてはおけないわね」


 口元に拳を当てて一考したバヨネッタさんは、またも「宝物庫」と唱えると、異空間の穴から、高さ十メートルはあろう大理石らしき石柱を取り出し、その場に建てたのだった。


「何ですかそれ?」


「魔法増幅用の魔道具よ」


「魔道具?」


 そんなのもあるんだな。


「これを島の東西南北に建てて、この島に結界を張るのよ。そうすれば何人も侵入出来ない、私だけのベナ草農園の完成よ!」


 欲望丸出しだなこの人。


「東西南北、ですか?」


「そうよ? 何か問題でもあるの?」


「南と西は問題ないんですけど、北は……」



 とりあえず南と西に、東と同じ石柱を建ててきた俺たちは、北の様子を草陰から覗き見る事にした。


「あれが、ハルアキの言う大蛇ね?」


 そこでは、今日も同族の蛇を食らっている大蛇の姿があった。俺からしたら、あの姿の方が異様だ。


「同族を食らう蛇か……」


「何か、心当たりがあるんですか?」


 倒すにあたってのヒントか何かだろうか?


「恐らく、魔王の『狂乱』の能力下にあるわね」


「『狂乱』?」


「『狂乱』は『狂乱』の者同士が戦った場合、例え同族であっても殺せば経験値が入ると言うふざけた能力よ」


 確かにふざけている。それだと、人間が『狂乱』の影響下に落ちた場合、速攻で戦争になり、被害も甚大なものになりそうだ。魔物同士だって、蛇やトカゲのように殺し合いになっている。


 何故魔王はそんな能力を持っているんだ? まるで避けられない災害のようだ。これなら、「魔王を殺せ」と声高に叫ぶ人々が現れても不思議ではない。


「『狂乱』の能力って、魔王にメリットがないように感じるんですが?」


「そうでもないわ。魔王とはその名が示す通り、全ての魔物の王。つまり全ての魔物が同族となるのよ」


「! つまり、自分のレベルアップの為に、周りの魔物たちを狂乱状態にしているって事ですか?」


 俺の召喚術師理論だな。


「そういう事。その影響がこんな果ての孤島まで、更に言えば世界中に及んでいるのよ」


 何とも迷惑な魔王様である。俺が思うのは益々ポーションの需要は高まりそうって事くらいだ。


「まあ、魔王の話はいいわ。今はあの大蛇を倒してしまいましょう」


「倒すって、簡単に言いますけど、あの巨体ですよ?」


 バヨネッタさんのバヨネットや風魔法が通用するとは思えない。


「ふふっ、私を誰だと思っているの? 銃砲の魔女バヨネッタよ?」


 いや、それは知ってますけど? と言おうとしたが、俺はまだ銃砲の魔女の事を分かっていなかった。


「宝物庫」


 魔女バヨネッタがそう言って異空間の宝物庫から取り出したのは、大きな大砲だったからだ。


 形としてはアームストロング砲のような、車輪の付いた大砲だ。この大砲も愛用のバヨネットのように金銀魔石で装飾されている。


「マジですか!?」


「だから言ったでしょう? 私は銃『砲』の魔女だと」


 そう言ってにやりと口角を上げた銃砲の魔女バヨネッタは、その大砲に魔力を込めていく。


 が、それに気付かない大蛇じゃなかった。バヨネッタさんが何かをしようとするのを野生の勘で感知した大蛇は、一目散でこちらに襲い掛かってきた。今までこちらの事など眼中になかった大蛇から、必死さが窺えた。それだけバヨネッタさんを脅威と認めたのだろう。


「バヨネッタさん、早く! 大蛇がもうすぐそこに!」


「慌てなくても大丈夫よ」


 そう言ったバヨネッタさんは、スッと片手を大蛇に向けた。


 ドゴオオンッ!!!


 直後、辺り一帯に爆音が轟き渡る。大地が揺れる。身体がグラグラくらくらする。大砲の衝撃とはこんなに凄いものなのか? こんなもの食らったら……


「うおっ!!」


 これを食らった大蛇を見たら、頭があった場所が消えてなくなっていた。それでも胴体だけでピクピクしていたが、それもゆっくりと落ち着いていき、やがて動かなくなった。


「さ、これで邪魔者は排除出来たわね」


 そう言ってバヨネッタさんは倒した大蛇は無視して、ズカズカ北の地に入り込むと、他の三ケ所と同じ石柱を建てたのだった。


 しかし、魔女って凄えんだな。



「我が名は財宝の魔女バヨネッタ。我が名、我が命をもって、この地を我の物として封じる」


 石柱に手を添えながら、バヨネッタさんが呪文らしきものを唱えると、ブワァと半透明の何かが島全体を覆っていき、そして透明になって消えた。


「これで何人たりともこの島へ出入りする事は出来なくなったわ」


 おお! と思わず拍手してしまったが、ちょっと待て。何人たりとも出入り出来ない?


「え? それってもしかして、俺もこの島から出られなくなったって事ですか?」


「当たり前でしょ?」


 当然のように語るバヨネッタさん。詰んだ。俺はがっくり膝から崩れ落ちたのだった。

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