第31話 新たな出遭い

 何人も出入り出来ないとか、詰んだ。…………何人も?


「バヨネッタさんは結界を出入り出来るんですよね?」


「出来ないわよ。言ったでしょう? 何人も、って」


 そんな結界意味があるのか? ここで一生暮らすつもりなのだろうか? 俺は転移門があるからここから脱出して地球に帰れるが。などと思っていたら、


「何しているの? 行くわよ」


 と、バヨネッタさんに声を掛けられた。


 バヨネッタさんの方を振り向くと、扉があった。扉だけ。両開きの扉だ。その扉が開き、向こうが覗けた。扉の先は明らかにここじゃない場所だった。


 扉の先は、普通であれば同じ島の景色であるはずだが、俺に見えている景色は、町中のそれだ。だって人が往来しているし。


「何をボケーッとしているの? その脱出不能の島に置いてきぼりにされたいの?」


 言って手招きをするバヨネッタさんは、既に扉の向こうに立っていた。あの景色、幻術の類いではなさそうだ。俺は立ち上がると、恐る恐る扉を潜った。



 扉の先は大通りから一本路地に入ったような場所だった。建物は石積みの上に木と漆喰で建てられている。


 キョロキョロしてしまう俺を他所に、バヨネッタさんは扉を閉めると宝物庫に仕舞い、大通りの方へ歩きだした。俺も遅れないようにその後を付いていく。


「バヨネッタさん、ここはどこですか?」


「クーヨンよ」


 クーヨン? 確か船でも五日は掛かるとアニンは言っていたのに、それを一瞬で飛び越えてきたのか? これも魔法、あの扉の魔道具の力か。



 クーヨンの大通りは賑やかで、多くの人々が行き交っており、髪色や瞳の色、肌の色も様々で、服装も多彩だ。通りの両端では屋台が立ち並び、店主たちが街行く人々に「いらっしゃいいらっしゃい!」と元気に呼び込みしていた。大通りの向こうには帆船の帆も見える。向こうが港か。


 そんな大通りを、バヨネッタさんは脇目も振らず真っ直ぐ歩いていく。方向は港の反対。恐らく目的地は決まっているのだろう。



 バヨネッタさんの後をついていくと、大通りが終わり、住宅街に入った。恐らくここら辺は高級住宅地なのだろう。大通りの建物より、見るからにランクの高い庭付き一戸建てが、建ち並んでいる。


 そんな中をバヨネッタさんはズンズン突き進み、一軒の二階建ての邸宅の前で止まった。


「ここよ」


 ここよ、と言われても、ここがどこのどなたの家なのか、全く分からないんだけど。


 俺の心中を察してくれるバヨネッタさんではない。門を通り玄関までやって来たバヨネッタさんは、少々乱暴に玄関の扉に付けられているノッカーをノックした。


「オル。私よ。いるんでしょ?」


 バヨネッタさんの声に反応するように、開かれる玄関扉。中から顔を出したのは、メイドと言うよりお手伝いさんと言った感じのふくよかな女性だった。


「これはバヨネッタ様。ようこそお出でくださいました」


 バヨネッタさんに深々と頭を下げるお手伝いさん。


「アンリ、オルは?」


「オル様は毎度の如く自室で研究をなさっております」


「そう、すぐに呼んできなさい」


 勝手知ったる他人の家と言ったところか、バヨネッタさんはお手伝いさんにそう告げると、ズカズカと家の中に入り込み、応接室のソファに腰をおろした。


 応接室には高級そうな調度品や絵画が飾られ、下には細かな図形の描かれた絨毯が敷かれている。


「何してるの?」


 俺が立ち尽くしていると、バヨネッタさんはパンパンとソファの座面を叩いた。私の横に座りなさい。と言う事なのだろう。俺はそれに従い、バヨネッタさんの左隣に座る。ちょっと硬いソファだ。


 俺がソファに座るとすぐに、二階から階段を駆け下りてくる足音が響き、男性が応接室に入ってきた。


 細くてとても背の高い男性だった。水色のくせ毛で、瞳も水色。眼鏡を掛けている。服装はこれまた貴族と言った装いだが、上着は羽織っていなかった。


「ようこそお越しくださいましたバヨネッタ様。今回はどのような御用でしょうか?」


 お手伝いさんの主人であろうこの男性も、バヨネッタさんに対しては腰が低い。力関係で言えば、バヨネッタさんの方が上みたいだ。ちらりと俺の方を窺いはしたが、詮索はしなかった。何か言ってバヨネッタさんを怒らせたくなかったのだろう。まあ、それはそうだ。あの大蛇を一撃で倒す魔女とは、敵対したくない。


「ベルム島が見付かったわ」


 バヨネッタさんの言葉に驚き、一瞬息を飲む男性だったが、すぐに破顔した。


「それはおめでとうございます! それでは剣神アニンをその手中に収められたのですね?」


 男性の言葉に、バヨネッタさんは途端に嫌そうな顔になった。それを見せられ、男性の方も不安そうな顔になる。


「……なかったのですか?」


「あったわよ。ハルアキ」


 はいはい。アニンを見せれば良いのね。俺は腕輪になっていたアニンを黒剣へと変化させた。


「へえ、本当に剣だったのね」


 軽く驚くバヨネッタさん。そう言えばバヨネッタさんの前で黒剣モードは見せた事がなかったな。


「ふ〜む。腕輪から剣に変化する真っ黒い剣ですか」


 男性は眼鏡に手を当て、目の前のアニンをじっくり観察している。


「剣だけじゃないわ。私が初めて見た時には、翼に変化していた」


「ほう? 翼にも?」


 とここで二人の視線が、アニンから俺に移る。説明しろって事か。


「アニンは剣や翼以外にも、槍や斧、盾なんかにも変化出来ます」


 男性の方は驚いているが、バヨネッタさんの方はあまり興味がなさそうだ。


「材質は何か分かっているのですか?」


 と男性。


「さあ? なんでしょう? 本人は自分の事を化神族と言っていますけど」


「化神族ですって!?」


 驚き声を上げるバヨネッタさん。男性の方は驚き過ぎて声も出ていない。


「やっぱり珍しい種族なんですね」


「珍しいなんてものじゃないわ。三千年以上前に滅んだと言われる幻の魔物よ。本によっては神の怒りの代行者とも、神を討つ者とも呼ばれていたわね」


 流石のバヨネッタさんも、身を乗り出して今一度アニンをマジマジと見ている。


「これが、本当に化神族なの?」


「本人の言なので俺には何とも言えません」


 考え込むバヨネッタさん。


「海賊ゼイランが暴れ回っていたのは、五百年程前の事。時代が合わないわ。となると、レプリカ? イミテーション?」


 そんな事俺に尋ねられてもなあ。


『失敬な魔女だな。三千年前であろうと、五百年前であろうと、現代であろうと、我がそれだけ長生きだと言うだけの話よ』


 アニンが話し始めた事に、驚くバヨネッタさんと男性。しかしそれが逆に興味をそそったのか、更にアニンを食い入るように見遣る。


「本当に化神族なの?」


『いかにも』


「それにしては強くなさそうね?」


『それはまだまだハルアキが弱いからだ。我の強さは契約者の強さによるからな』


 アニンの言に考え込むバヨネッタさん。


『どうした? 今更我が惜しくなったか? 魔女よ』


 アニンの言葉に、一瞬悔しそうな顔をしたバヨネッタさんだったが、すぐに不敵な笑みに変わる。


「あら、おかしな事を言うわね? ハルアキは私の従僕。従僕の剣なら私の剣も同然よ」


 それは流石に虚勢だと俺でも分かる。しかし従僕設定、まだ生きていたのか。お断りしたはずだが。


「おお、この少年、何者かと思っていましたが、従僕だったのですね?」


 と男性。良かったね。喉のつかえが取れたみたいで晴れ晴れとした顔だ。


「ハルアキよ。本人の言を信じるなら、異世界転移者だそうよ」


「異世界転移者……! ほう」


 男性の興味の対象がアニンから俺に移ったみたいだ。眼鏡の位置を直して俺の方をじっくり観察している。


「ハルアキ、この男はオル。とある国で貴族の三男坊として生まれ、今は研究者として色んな事をしているわ。私の活動の後援者の一人でもある」


 へえ、後援者ってパトロンって事?


「活動の後援って、宝探しのですか?」


「ああ。ふふっ、後援する意味なんてあるのか? って顔をしているね?」


 失礼。顔に出てましたか。


「意味はあるよ。例えバヨネッタ様の望む宝が見付からなかったとしても、そこで過去の失われた技術や魔法が発見されるかも知れない。それは研究者である僕にとっての宝だ」


 成程、ギブアンドテイクは成立しているのか。


「それに異世界からの転移者となると、聞きたい事が山程あるなあ」


 オルさんの眼鏡がキラリと光った。


「はは、学生なのでお手柔らかにお願いします」


「ほう? 学生とは中々の身分ではないか。これは質問のしがいがありそうだ」


 うげっ、失言だったか。


「さあさあ皆さん。お茶が入りましたよ。まずはお茶の時間としましょう」


 そこにお手伝いさんが入ってきて、ティータイムに突入したのだった。まあ、お茶の時間もオルさんから質問攻めだったが。

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