第32話 歓談
「それでは、転移させられた先が、孤島の、しかも出口のない崖下だったんだ?」
「はい」
何を俺はオルさんに身の上話をしているのだろう。
「でも、神がそんな簡単な失敗をするかしら?」
疑問を呈したのはバヨネッタさんだ。オルさんも首肯している。
「いえ、俺をこの世界に転移させたのは天使です」
俺の言葉を聞いて、「ああ」と納得する二人。
「天使なら仕方ないわ」
「天使ですからね」
二人の天使への評価低いな。
「天使は神の下位互換だからね。そりゃ失敗もするよ。記録では天使の失敗で街が一つ消失したと言うのも伝わっているし」
街が一つ。そう考えるとあの事故は天使の失敗としてはかわいいものだったんだな。
「天使の失敗で異世界転移か。苦労したんだねえ」
いや、オルさん、そんな暖かい眼差しを向けられましても。俺は俺で結構楽しくやっていますよ?
バヨネッタさんは興味ないのか、すましてお茶を飲んでいる。茶菓子に手を伸ばしたが既に皿は空になっていた。俺の茶菓子を寄越しなさいって視線で訴えられても。はいはい、渡しますよ。
と思っていたら、オルさんが先に自分の前の茶菓子をバヨネッタさんに差し出してくれた。ありがたい。
このお茶と茶菓子、お茶は独特のえぐみがあるし、茶菓子は穀物の全粒粉にハチミツを混ぜて焼き上げたものらしいが、パサパサして口の中に残る。やっぱり日本のお茶やお菓子が俺の口には合うかも。
「それで、目的は果たしたのですよね? ベルム島の探索はお終いですか?」
オルさんがバヨネッタさんに尋ねる。
「そうね。ハルアキの話ではめぼしいお宝類は、海賊たちが島を引き上げる時に持ち出していったみたいだし。ただし島は丸ごと結界で包んでおいたわ」
「探索の終わった島を結界で? 何故そんな事を?」
訳が分からない。と言った感じのオルさんに、バヨネッタさんは空になった皿に、異空間の宝物庫から粉を取り出して見せた。
「これは! ベナ草の粉末! しかもこれだけの量を!?」
これだけの量と言っても、茶菓子の載っていた皿に山盛り出した程度だ。確かに一度に出す量としては多いのかも知れないが、そんなに驚くか?
「まさか、ベルム島にはまだベナ草が?」
「島中を覆い尽くす程に群生していたわ」
驚きで声をなくすオルさん。
「それだけの量が市場に流れれば、市場に混乱をきたすのは必至ですね」
ごくりと、オルさんがつばを飲み込む音が聞こえた。
「ある程度はあなたに渡すから、研究に使う分と市場に流す分、あなたが調整しなさい」
バヨネッタさんは、宝物庫から一抱え出来る程の袋を三袋、ダンダンダンとテーブルに置いた。中身はベナ草の粉末だろう。
「分かりました。大事に使わせていただきます」
恭しく頭を下げるオルさん。
「研究に使うんですか?」
俺は疑問を口にした。
「ええそうよ。今、市場に流れているのは普通のポーションばかりで、ハイポーションやエリクサーなんかは全くないから。オルに研究させているの」
はあ。ポーションの上位互換であるしハイポーションや、万能薬の代名詞エリクサーは凄そうだが、そんなに必要なのだろうか? レベルアップによる全回復があるのに?
と、俺の疑問を察してくれたのか、オルさんが説明してくれた。
「レベルアップによる全回復はありがたいけど、レベルが上がれば上がる程、レベルアップはし難くなるからね。怪我の備えとして必要になってくるんだよ」
成程、確かにRPGなんかでもレベルが上がる程にレベルアップに必要な経験値が増えていく。レベルの高い者ほど、怪我の全回復の為にレベルアップ。なんて簡単にはいかなくなってくるのか。その分怪我し難くなっていくんだろうけど。
「これだけの量があれば、研究が捗ります。今はモーハルドがハイポーションの製法を秘匿していますからね」
「モーハルド!」
俺がいきなり大きな声を上げたので、二人は驚いて俺の方をマジマジ見てくる。
「どうかしたの?」
とバヨネッタさん。
「ああ、いえ、知り合いがモーハルド国のデミスと言う所にいるらしくて」
「へえ、それはハルアキと同じ転移者なのかしら?」
「はい」
「それは有益な情報だね。モーハルドはハイポーションでかなりの儲けを出し、治安は他国よりマシなはずだよ。デミスと言う所は知らないけど、バヨネッタ様、どうしますか?」
「どう、とは?」
「僕としては迎えに行き、こちらに引き入れるのも良いと考えます。異世界の知識は多い方が何かと有効活用出来るでしょうから」
「そうねえ」
渋い顔をするバヨネッタさん。あまり行きたくなさそうだ。まあ、別に俺としてもここで桂木と俺がいる世界が同一である可能性が跳ね上がっただけでもありがたい。まだこちらの世界で顔を合わせていないので、確実とは言い難いが。
「何かモーハルド国と因縁でもあるんですか?」
「因縁? そんなものないわよ。行った事もないし」
「じゃあ、遠いとか?」
「そうねえ、クーヨンからだと確かに遠いわねえ」
そうなのか。それじゃあ仕方ない。この世界、自動車や電車、飛行機なんて便利な物もなさそうだし、下手すれば何年と掛かりそうだな。
「それでも三ヶ月くらいじゃないですか?」
とオルさん。三ヶ月か。多分寄り道しなかったらだから、絶妙に微妙な距離だな。
「行きたくない理由があるんですよね?」
バヨネッタさんは行きたくなさそうだ。となると俺一人の旅になるな。アニンの翼があれば、ショートカットしてもっと早くに到達出来るかも。
「そうねえ。だってモーハルドには、私が求める宝らしいものがないんですもの」
嘆息するバヨネッタさん。そう言う理由か。ブレないなこの人。俺の一人旅決定。
「そうでもないかも知れませんよ」
オルさんが説得を続ける。ちらりとオルさんの方を見遣るバヨネッタさん。
「モーハルドの手前にビチューレと言う小国家群があります。今そこにデムレイさんが赴いているそうです」
「デムレイ、今、ビチューレにいるの?」
「はい。ビチューレを構成する国の一つから、ある遺跡の探索を依頼されたそうなのですが、その遺跡の奥で、新発見のダンジョンを見付けたそうです」
「行きましょう!」
変わり身早いな! しかしダンジョンか。冒険って感じだな。新発見のダンジョンなら、お宝もありそうだし、バヨネッタさんが動くのも分かる。まあ、俺がダンジョン潜るかは分からないけど。ビチューレはモーハルドのお隣りさんらしいから、そこまで一緒に行って、俺だけモーハルドに行こうかな。
俺はやる気になっているバヨネッタさんを横目に、オルさんに頭を下げる。オルさんは気にするな。とジェスチャーで返してくれた。
「皆様。お話も一段落したご様子ですし、夕食にいたしましょう」
お手伝いさんであるアンリさんが、話に熱中していた俺たちに声を掛けてきた。格子窓から外を見れば、既に日が暮れている。
「うわっ、もうこんな時間なのか。じゃあ俺、帰りますね」
「え?」
「え?」
「え?」
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