第33話 日帰り
「いただきます」
家族揃っての夕飯。俺が事故に遭う以前は、バラバラに食べる事も少なくなかったが、事故後はみんな揃っての夕食の時間が増えた気がする。
夕食のメニューはご飯味噌汁に唐揚げ、ポテトサラダだ。それを俺、カナ、父母、バヨネッタさんが食べ始める。
…………バヨネッタさん、饗されて当然のようにフォークとスプーンで夕食を食べているな。どうしてこうなったのやら。
「え? 待って? 帰るって、どこに?」
アンリさんが夕食にしましょうと言うので、俺が、そこまでお世話にはなれない。と帰ろうとすると、バヨネッタさんに尋ねられた。
「え? どこって、家ですけど」
「え? ああ、ベルム島に家でも建ててたの?」
「いえ、違いますよ。日本の、こちらから見たら異世界の実家です」
「はあ!?」
三人とも滅茶苦茶驚いているな。
「異世界に帰るって事は、異世界とこちらの世界を行き来出来るって事!?」
「はい」
そう言っているつもりだが。言葉足らずだっただろうか? オルさんなんて、「なんて事だ」と頭を抱えている。
「もしかして、ハルアキのステータスのスキル欄に、『転移門』と表記されているあれは、私の『転移扉』みたいに、行った事のある場所と場所を繋ぐものではなく、異世界とこちらの世界を繋ぐものなの?」
「はい」
バヨネッタさん、鑑定の魔法なり能力を持っていたのか。
「あの、じゃあ俺もう帰りますね。向こうでも夕飯の時間だろうし」
「待った!!」
帰ろうと、転移門を開こうとしたところでバヨネッタさんとオルさんに、凄い力で両腕を掴まれた。
「何ですか?」
「私も行くわ」
はあ!?
「バヨネッタ様ズルいですよ? ハルアキくん、僕も異世界に連れて行ってくれ!」
いやいやいや!
「嫌ですよ! っていうか出来ませんって!」
「出来ないって言うのは、門を潜れるのは一人だけ、と言う事なのかしら?」
「いや、そんな事ありませんけど」
前にタカシをこっちの世界に連れてきた事がある。だけど、
「無理ですよ。向こうは法治国家ですよ? 下手に魔法なんて使おうものなら、速攻官憲に捕まります。捕まらなかったとしても、お尋ね者認定されて、向こうの世界に居場所がなくなっちゃいますよ! 俺、家族に迷惑掛けたくないですよ!」
「大人しくしてる。向こうに行ったらハルアキの言葉に従って迷惑掛けないからあ!」
何だこれ? 大の大人が二人して高校生の腕にしがみついてわがまま言っている。そして絶対大人しくしていないと思う。どうしようこれ?
『我に任せよ』
そう言うと、アニンは黒い翼となって二人が腕にしがみつくのを妨害する。
『今だ!』
アニンに促され、俺は素早く転移門を開くと、中に逃れたのだった。
「お兄ちゃん、いるんでしょ?」
カナが俺の部屋のドアをノックしている。
「夕飯だよ?」
「分かってる。すぐ行くよ」
そう言うと俺は鍵を開け、自室のドア開いた。俺を見るなり驚くカナ。?? あ! アニンが翼のままだった! しかしカナが見ている前で翼を消す訳にもいかない。ここは一先ずドアを閉めて、と思っていたら、カナの視線が翼から部屋の奥に移っていった。
なんだろう? と俺も自室を振り返ると、そこには笑みを浮かべるバヨネッタさんが仁王立ちしていたのだった。
俺はゆっくり顔を戻し、カナと目が合った。にやりと口角を上げるカナ。
「お母さん! お父さん! お兄ちゃんが彼女連れ込んでる!」
「なんですって!?」
「なんだと!?」
ああもう! 面倒な事になった! 俺は下手に家族に会わせる前に、部屋のドアを閉めて鍵を掛ける。
「バヨネッタさん、なんで付いてきてるんですか!?」
「ふふっ、私から逃げられると思って?」
くっ、何を自身満々に言っているんだ。
「とにかく帰って……」
いや、今帰らせるのはまずいか。カナが既にバヨネッタさんを目撃しているし、部屋の外で両親たちが騒いでいる。うぜえ。
「……分かりました。ほんの少しならこちらの世界にいても良いので、俺の指示には従ってください」
「分かったわ」
と腕を組んでふんぞり返るバヨネッタさん。だからなんでこの人こんなに偉そうなんだ?
「じゃあまず、そのバヨネットを宝物庫に仕舞って、靴を脱いでください」
「は?」
「え?」
めっちゃ驚かれた。そんなに変な事を言っただろうか?
「バヨネットを……」
「バヨネットを仕舞うのは了解したけど、靴を脱げって言った?」
とバヨネットを宝物庫に仕舞いながら、首を傾げるバヨネッタさん。気になっているのはそっちか。
「そうですよ」
そう言いながら俺自身登山靴を脱ぐ。
「ハルアキ、部屋の外に人がいると言うのに、随分助平なのね」
はあ? 照れたように顔を赤められても困る。
「何を訳分からない事を言ってるんですか? 室内では靴を脱ぐ。それがこの国の風習なんです!」
「風習? へ、へえ。凄い風習の国もあるものね。流石は異世界だわ」
バヨネッタさんは、いきなりの世界間ギャップに驚いていた。そしてもじもじして一向に履いているショートブーツを脱ごうとしない。なんだ? 人前で靴を脱ぐのって、そんなに恥ずかしい事なのか? なんかこっちも恥ずかしくなってきた。
「あ! スリッパならありますから、それに履き替えますか?」
「スリッパ?」
「室内履きです」
俺は部屋の隅に追いやられていたもふもふのスリッパをバヨネッタさんの前に置いた。
「そうね。それなら」
そう言っておもむろにショートブーツを脱ぎ始めるバヨネッタさん。
「何をじっと見ているのよ、変態」
バヨネッタさんにそう返され、目を背ける。何だこれ? ただ靴をスリッパに履き替えているだけなのに、まるでいけない事をしているみたいだ。
「履き替えたわよ」
そう言うバヨネッタさんは、居心地悪そうにもじもじしていた。なんかかわいいな。
「じゃあ、部屋から出ましょう。家族を紹介しますよ」
「ええ」
俺の後を付いてくるバヨネッタさんは、恥ずかしさからか、ちょっとお淑やかになっていた。
「どうかしらバヨネッタさん? 料理はお口に合って?」
母に料理の事を尋ねられたバヨネッタさんは、俺の方を向く。母が何を言っているのか分からないからだ。
「美味しいかって、尋ねているんですよ」
俺が通訳してバヨネッタさんに伝えると、バヨネッタさんは激しく首を縦に振った後、まくしたてるように母の料理がいかに美味しいか語ってみせるが、俺の家族には全く通じていなさそうだった。
「春秋、バヨネッタさん、何だって?」
「美味しいってさ」
「そう、良かったわ」
ホッとする我が家族たち。
「どうかしたの?」
とバヨネッタさんが俺に尋ねてくる。
「いえ、お口に合ったようで何よりです」
「こんなに美味しい料理は、晩餐会でもなければ食べられないわよ」
随分評価が高いな。
「この、ご飯? と言う穀物は良く分からないけれど」
ああ、そう言えば外国人は何の味付けもしていないご飯に馴染みがなくて、食べ難いと聞いた事があるな。
「ちょっと待ってください」
俺はそう言って席を立つと、台所からふりかけをを持ってきて、バヨネッタさんのご飯にかけてあげた。
それを食べるバヨネッタさん。うんうん頷いているので、気に入ってくれたのだろう。
「悔しいわね」
は?
「この美味しさは千の言葉でも語り尽くせないと言うのに、全くそれを伝えられないなんて」
はは、母は喜ぶだろうけど、言い過ぎじゃない?
「『美味しい』とは、この世界で何と言うのかしら?」
「『お・い・し・い』ですね」
「お・い・し・い」
俺の後に続いてバヨネッタさんがそう語ると、家族が「おお〜!」と沸き上がった。
「上手く伝わったようね。それで、『美味しい』とはどう言う意味なの?」
美味しいは美味しいだけどな。
「『美味しい』は『美味』です。『美しい味』」
「『美しい味』! 素晴らしい表現ね。味を美しいと表すなんて」
そうだろうか? バヨネッタさんはこの『美味しい』と言う表現を殊の外気に入ったらしく、食事中、ずっと「美味しい美味しい」と言っていた。
「しっかし、お兄ちゃんにこんな美人な外国人の彼女がいたなんてねえ」
カナは、食事に夢中のバヨネッタさんと俺を見ながら、ニヤニヤしている。いや、カナだけでなく父母もだ。まあ、気持ちは分からんでもない。だがバヨネッタさんは彼女じゃないんだ! そう言っているのに、うちの家族全く聞く耳持ってくれないんですけど。
「しかもコスプレイヤーとか。お兄ちゃんがコスプレするのも分かるわあ」
バヨネッタさんの姿は、あの魔女と貴族を混ぜたような格好だ。それをうちの家族はコスプレと判断したらしい。まあ、普通そう思うのか。
「では、ご馳走さまでした」
玄関でスリッパからショートブーツに履き替えたバヨネッタさんは、食事のお礼をして、家族一人ひとりと握手していく。
「じゃあ俺、バヨネッタさん送ってくるから」
そう言って家族の見送りを受けながら、俺とバヨネッタさんは玄関を後にした。
バヨネッタさんと歩調を合わせながら夜の街を公園まで歩く。
「明るいわね」
「そうですね。日本は世界的に見ても、夜が明るい国らしいですから」
「そう」
雑談をしているうちに公園に着く。この時間の公園だ。誰もいない。俺は真っ黒の転移門を開いた。
「行き先はオルさんの家の応接室のままですから」
俺の言葉に首肯したバヨネッタさんは、「分かったわ」と口にして転移門を潜り異世界へと帰っていった。
はあ。長い一日だった。ヌーサンス島脱出から、バヨネッタさんとの遭遇。そして一気にクーヨンへ行ったかと思ったら、こんな事になるんだもんなあ。今日はもう帰って風呂入って寝よ。
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