第29話 対話不能?

 何故、『銃砲』の魔女が、その銃の先端の剣を意味するバヨネッタを名乗っているのか気になるところだが、それより気になる事にがある。


「あの、バヨネッタさん」


「何かしら?」


「俺は何でいきなり撃たれたのでしょう?」


「私の進路上にあなたがいたからよ」


 ええ〜? マジか? そんな理由で撃つ?


『ハルアキよ。我も何人か魔女と出会った事があるが、こやつに負けず劣らずの変人であった。魔女とは、そう言うものなのだろう』


 魔女、恐ろしい!


「あら? だってあなたが悪いのよ?」


 まさかの責任転嫁!?


「だって、人間が翼で空を飛んでいるなんて思わないじゃない。新手の魔物だと思ったのよ」


 成程、筋は通っている気はする。だからって、「ごめんなさい」と謝りたくはないが。


「新手の魔物……ですか?」


「あら? 知らないの? ここから東南の果てに、大きな大陸があってね。そこに新たな魔王が誕生したんですって。お陰で魔物が騒がしくなって嫌になるわ」


 頬に手を当て溜息を吐く魔女バヨネッタ。


 新たに魔王が誕生したのか。それは確かにきな臭い話だ。


「もしかして、魔王とのいざこざが嫌でこちらにやって来たんですか?」


 魔女バヨネッタは東の空からやって来た。もしかして東に行くのはヤバいのだろうか?


「いいえ。全然関係ないわよ。東と言っても、魔王がいるのは東南の果てだし。そこら辺の魔物に負ける私ではないわ」


 と魔女バヨネッタは胸を張って答える。


 そうか、全然関係なかったのか?


「え? じゃあ何で、こんな何もない所を飛んでいたんですが?」


 バヨネッタはにやりと笑う。


「東に、クーヨンと言う大きな港町があるの」


 東の港はクーヨンと言うらしい。


「そこである噂話を耳にしたの」


 噂話?


「何でもこの海の中央には、かつてこの海を荒らし回った、海賊ゼイランが根城にしていた孤島がある。と」


 へえ、海賊。そんなものがいたのか。


『かつての話だ』


「その海賊ゼイランがいつも帯剣し、戦闘において猛威を奮っていたのが、剣神アニンよ」


 ん?


「そのアニンが、かつてゼイランが根城にしていた孤島に、ゼイランの墓標代わりとして墓所に納められているそうなのよ」


 財宝の魔女バヨネッタは、お宝の話だからだろうか? うっとりと俺に話して聞かせてくれた。


 …………アニンさん。俺の聞いた話と違い過ぎるのですが? 確か食糧難で島から出ていったんだよねえ?


『うむ』


 海賊云々は?


『島が食糧難になるまで稼業としてやっていたな』


「そのアニンが納められた孤島の名は、ベルム島」


『ハルアキがヌーサンス島と名付けたあの島だ』


 …………なんじゃそりゃあ!! 話が急カーブしてスラロームに入ったせいで訳分からん!


「剣神と渾名される程の名剣。きっと刀身も鍔も柄も鞘も、とても美しいのでしょう」


 余程お宝が好きなのだろう。バヨネッタさんの美しいお顔が、恍惚として朱が差している。


「…………えっと、バヨネッタさん」


「何かしら?」


「もし、今、俺が背負っている真っ黒い翼が、そのアニンだって言ったら、どうします?」


 うわっ! すんげえ嫌そうな顔してる。


「そうですねえ。宝と言うものも、視点を変えれば人それぞれですからねえ。アニンが金銀宝石の鏤められた、美しい剣ではない可能性も、髪の毛一本程の可能性として考えていましたが、まさかあなたは、その炭よりも真っ黒で色気も輝きもない、その翼がアニンだとおっしゃるのかしら?」


 うわあ、視線が痛いよう。答えたくない。


「…………えっと〜、はい」


 ダァンッ!!


「うっひゃいッ!?」


 撃たれた。避けたけど。よく避けれたな俺。この至近距離で。しかも引き金引いたりとかしないのな。魔法使って撃っているのかな? しかし怒ってらっしゃるなあバヨネッタさん。


「あの、バヨネッタさん?」


「…………一年」


 はい?


「この海域を、アニンを探し回って一年。その成果がそこの真っ黒い良く分からない物ですって!?」


 ダァンッ!!


 だからって撃たないで!


「まあ、良いわ。宝とは人それぞれのもの。それがアニンだと言うのなら、奪い取って宝物庫の肥やしにしてあげますわ!」


 マジかよ!?


 身勝手な私怨から、バヨネットを連発してくる魔女バヨネッタ。くっ、空中戦なんて初めてで、弾丸を避けるので精一杯だ。と言うか、俺すげえな! 弾丸避けてるぞ!


「何なんですかあなた!? その程度のレベルで、音より速い銃弾を避けるなんて、常識外れだわ!」


 銃砲の魔女バヨネッタにしても、俺が弾丸を避けまくっているのは、予想外だったらしい。しかしバヨネットだぞ? 装填の気配もないのに、何発入りなんだ?


『あれは魔弾だ。魔女の魔力が切れなければ弾丸も切れないだろう』


 魔弾?


『あやつのローブを見てみろ』


 ローブを? 見てみてゾッとした。紺のローブ、表面は普通のローブだったが、風で翻ったローブの裏地には、魔法陣がこれでもかと細かく書き込まれ、それを補填するようにいくつもの魔石が編み込まれていた。


 確か魔法陣は魔法を使う上で、魔法伝導率が高く効率が良いが、それ単体だとすぐに使い物にならなくなる。それを補うのが魔石だ。魔石のままだと魔法伝導率が低過ぎて魔法が上手く発動しない。だが魔力の貯蔵庫としては魔石はとても有能なのだ。だからこの異世界の魔法使いたちは、魔法陣と魔石を併用するのだとアニンから聞いた事がある。


 それにしてもあの魔法陣の書き込みと魔石の量。本人の魔力量も考えてみれば、魔力切れはなさそうだ。


 じゃあ、どうやって相対すればいい? 逃げるか?


『逃して貰えるならな』


 無理だな。なら、交渉か? 交渉出来るものなんてあったか?


『なければ『死』あるのみだ』


 くっ、他人事だと思って。


『我だって宝物庫の肥やしにはなりたくない。久方ぶりの外界なのだぞ?』


 俺との覚悟の差よ!


 ダァンッ!!


 そんな事を考えているうちに、魔弾が俺の頬をかすめた。焼けるような痛みが走り、俺は思わずポケットから自家製ポーションの入った小瓶を取り出し、口に含んでいた。


 サッと消えていく俺の傷を見て、魔女バヨネッタは驚いていた。


「あらあら、貴重なポーションを、そんなかすり傷に使用して良かったのかしら?」


 やはりこちらでもポーションは貴重品なのか。ならば、


「交渉したい」


「交渉? あなたが? 私と? 出来る立場だと思っているの? 分かっていないなら教えてあげる。私は今、手加減して上げているのよ」


 それぐらいは分かっているつもりだ。その上で交渉を持ち掛けたのだ。


「バヨネッタさん、ヌーサンス島……じゃなかった。ベルム島に行きたいんだよね? 案内するから、俺とアニンは見逃してくれないかな?」


 ダァンッ!!


 撃たれた。


「何様なのかしらこの坊やは? 別にあなたに案内して貰わなくても、自力で探し出せるし、と言うより、もう興味も失せたわ」


 バヨネッタの乗るバヨネットの銃口が、俺に突き付けられる。バヨネッタから発せられる、背筋が凍えるような殺気に、喉が締め付けられ、声がかすれる。


「ええ? 良いのかなあ? それで」


「何がです?」


「バヨネッタさん以外にも、ベルム島を狙っている人は少なくないんですよね?」


「まあ、そうですね。海賊ゼイランは有名ですから」


「と、なると、盗られちゃうなあ、あれ」


「あれ? 何なんですか? はっきり言いなさい!」


 ふふっ、いい感じにイライラしてきてるな。まあ、こっちは命綱なしの綱渡りだけど。


「俺がどうしてこの程度の傷にポーションを使えたと思います?」


 俺の言葉を飲み込み、思考を巡らせ、ハッとするバヨネッタさん。


「まさかベルム島には……」


「ええ、ポーションの原料であるベナ草が群生しているんです。今のうちに行って確保しないと、どっかの誰かさんに、ぜえーんぶ、盗られちゃうだろうなあ」


 むむむむ、と考え込むバヨネッタさん。これはいけそうだ。もうひと押し。何かないか? 何か! 


 俺はつなぎのポケットをまさぐりまくった。が、入っているのはポーションとベナ草ばかり。何かあったらいけないからね。ってそうじゃない! 残るは、


「あ!」


「どうかしましたか?」


 思わず変な声を上げて、バヨネッタさんに怪しまれてしまった。


「何でもないです」


「何でもない? 本当に? 何か隠しているのではなくって?」


 女性に強い視線を向けられると、どう対応して良いか分からなくなる。なので素直にポケットから見付かった物を、取り出した。


「まあ!」


 以外にもそれはバヨネッタさんの興味をそそったようだった。


「それは何かしら? 髪飾り?」


 バヨネッタさんが興味を示したのは、俺が間違って買った、グリップに貝細工が施されたフォールディングナイフだ。貝殻を磨き、虹色の光沢が出ているので、宝石っぽくも見えるかも。


「いえ、ただのナイフですよ」


 俺は折りたたまれていた刃を取り出した。


「それは、ギリム鋼!」


 ギリム鋼? ダマスカス鋼の事かな? ダマスカス鋼は特殊な鍛造方法で造られた多重波紋が特徴的だ。確かにダマスカス鋼は長くその製造方法が謎とされていて、現代では再現されているけれど、本来の製造方法とは違うとも言われているからな。


「虹色の持ち手を持つギリム鋼のナイフ。素晴らしいわ! 私のコレクションに相応しい!」


「はあ、でもそんなに高い物でもないですよ?」


「何を言っているの!? ギリム鋼よ!? 出す所に出せば、豪邸くらい買えるわよ!?」


 そんなに凄えんだギリム鋼。


「いや、まあ、欲しいんならあげますよ」


「良いの!?」


 だって、買おうと思って買った物じゃないし。


 俺からダマスカス鋼のナイフを受け取ったバヨネッタさんは、目に見えて上機嫌になって、鼻歌なんか歌っている。


「あなた、ハルアキだったわね?」


「はい」


「気に入ったわ」


「はあ?」


「私の従僕になりなさい」


「嫌です」


 なんかもう展開の起伏が凄過ぎて風邪引きそうです。

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