第301話 対天狗(一)

 炎の海で仲間の兵隊がもがき苦しむ中、ドミニクはまるで動じず、ただその場で微笑を浮かべて佇んでいた。


「やはり雑兵を数多く並べるより、少数の精鋭か」


 言ってドミニクが右手を軽く上げようとする。先に死んだ仲間の『蘇生』か! させるかよ!


 両手両足に『闇命の鎧』の手甲足甲をまとった俺は、『時間操作』タイプBでドミニクの後ろに回り込み、手甲足甲から黒刃を生やして斬りつけたが、ドミニクの翼によって器用に受け流されてしまう。


「ちっ」


 舌打ちしながらも、俺は更に黒刃を振り回す。がそれをことごとく両手と両翼で受け流すドミニク。


「まだまだァ!!」


 そこにシンヤが参戦し、右手にキュリエリーヴ、左手に霊王剣を握り締め、ドミニクに斬り掛かる。それらも容易く躱すドミニク。だが、


「良いぞシンヤ! 躱すって事は斬られるのを恐れているって事だ! でもキュリエリーヴで建物を傷付けるなよ!」


「分かっている!」


 キュリエリーヴは神鎮鉄と言う魔法スキルを無効化する金属で出来ている。そんなものでこのカロエルの塔を傷付ければ、魔力の潤沢な塔に何が起こるか分からない。シンヤもそれは心得ているのだろう。キュリエリーヴの攻撃は、下からの斬り上げが多かった。


「確かに聖剣は厄介だが……」


 ドスッ!


 シンヤの攻撃を躱し、俺の攻撃を翼で受け流したドミニクは、右正拳突きをシンヤの腹に食らわせる。木々を薙ぎ倒してふっ飛ばされていくシンヤ。


「使い手がこの程度ではな」


 くっ、流石はレベル五十オーバー。自力が違うか。


「一人ふっ飛ばしたくらいで、良い気になるなよ」


 そこに現れるヤスさん。段平を両手に強く握り締め、それを斬り上げる。


「ははは、そうだな」


 言って段平を左手で挟んだドミニクは、そのまま手首を返してヤスさんを地面に叩き付けた。


 ビュッ!!


 そこに間髪入れずにサブさんが青龍偃月刀で喉を目掛けて突きを繰り出す。身を反らしてそれを避けるドミニク。


「どりゃあ!!」


 そしてそれを、待っていました! とばかりに後方に回り込んでいたゴウマオさんが、掌底を背中に撃ち込んでドミニクをかち上げた。


「くは!?」


 打ち上げられたドミニクは、直ぐ様翼をはためかせて空中に留まったが、その隙を見過ごす俺たちじゃない。


『加速』でこの場に戻ってきたシンヤと俺は、ドミニクのすぐ上に位置取り、全力で刃を振るった。


 肉を斬り骨を断つ感触とともに、地面に叩き付けられるドミニク。土煙が舞い上がり、着地をすると俺たちは、ドミニクを牽制するように各々武器を構える。すると上空が暗くなった。


「は?」


 何事かと見上げた俺は、上空にいきなり超巨岩が出現した事に、思わず声を漏らしてしまった。


「退いて!」


 振り返るとラズゥさんがこちらに向かって首肯している。どうやらこの超巨岩はラズゥさんが『空間庫』から出した物のようだ。俺たちがその場から飛び退くと、それを待っていたかのように、超巨岩がドミニクが叩き付けられた場所を目掛けて落下していった。山が崩れるような爆音を轟かせ、超巨岩がドミニクを押し潰す。


「これで死んでくれれば楽なんだけどな」


「相手は下位天使だ。それはないだろう」


 俺とシンヤが嘆息すると、それに呼応したかのように超巨岩が縦真っ二つに割れ、更に粉々に砕け散る。


「はははははは、やってくれるな。流石にラスボスは強い」


 土煙の中から、哄笑とともにドミニクがその姿を覗かせる。その姿はズタボロだった。俺とシンヤの攻撃でその身は斬り裂かれ、ラズゥさんの攻撃で肉も骨も潰れている。翼がなければ、その場から出てくる事も叶わなかったはずだ。いや、生きているのが不思議な状態だ。それでもドミニクは余裕の笑みを崩さなかった。


 ドミニクがボロボロの右腕を横に伸ばすと、その先で焼け死ぬ寸前の兵隊が宙に浮き、ドミニクに引き寄せられる。その首根っこを掴むドミニク。


「ぐえ!? ぐわああああッ!?」


 瀕死だった兵隊が更に苦しみだし、干からびていき、最期には砂となって消えてしまった。


 すると、ドミニクの傷があっという間に回復していく。


「『空呑ドレイン』ね」


 閉じたエレベーターの前でトゥインクルステッキを構えるバヨネッタさんが口にする。


「『空呑』ねえ。初手の炎の海と言い、あんた、仲間を何だと思っているんだい?」


「兵隊だよ。駒だと言っても良い。……? 何故険しい顔をする? 他人だろうに?」


「俺たちにとっては他人だよ。でもあんたにとっても他人だったんだな」


「ああそうだな。私にとってはこれから創る新世界の人間こそが大事なのであって、現世界の人間たちは、その素材、にえだと言う事だ」


 贄ねえ。こう言う手合いはどこまで言ってもこうだ。性格が変わる事はまずないだろう。となると、こいつにとっては新世界の人間たちも贄でしかないのだろうな。


「益々、あんたの新世界樹立を阻止してやりたくなってきたよ」


「まるで私が悪者なのかのように言うんだな?」


 ドミニクの言に歯ぎしりしてしまった。


「違うと?」


「君は若いな。正義の反対は正義であり、この世界は一人一人が自分の正義を主張するだけの世界だ。正義の主張は、他者の正義の排斥を意味する。そして正義とはイコール善ではないのだよ。誰も彼も自身が善であると主張するが、それを主張する事自体が我欲であり、正義の執行とは我欲を叶える為の自慰行為でしかないのだよ」


 言いたい事は分かる。分かるが、


「地球上の人間全てを贄とするあんたの正義は、この地球上に生きる全ての人間たちにとっては悪なんだよ」


「ふむ。考えた事なかったな。そもそもこの世界に生きる人間たちの感情なんて、私とカロエルの目的遂行にとっては微々たる誤差だ」


 カーッと頭に血が上るのを、息を全て吐き出して、冷静さを取り戻す。相手はクズだ。悪い意味で浮き世離れした、常識の通じないゴミクズだ。冷静に、チリの一片も残らないようにこの世から掃除してやる。

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