第300話 緑と赤

 眼前にあるのはエレベーターだ。


「これを上ればドミニクのいる階層に行けるんですね?」


「ああ。この上にあるのは、ドミニクの宮殿と礼拝堂だけだ」


 俺の問いにジェランは素直に答えてくれた。それだけじゃない。俺たちを上階のドミニクの下まで連れて行ってくれるとまで申し出てくれたのだ。何を考えているのやら。


 それを分かってなのか、ジェランはちらりとこちらを見遣ると、薄笑いを浮かべてから、エレベーターのバネルに手を置いた。


 エレベーターのドアが開き、二十人は入れそうな大型のエレベーターに入る。大型だから、ゼストルスもそのまま入れる。窓はないが、内部の壁面に第三階層の牧草地の映像が流れ、閉塞感はなかった。ドアが静かに閉まり、エレベーターが上昇していく。


「とりあえず目的は変わらないですよね?」


 壁面に背を預けるバヨネッタさんの横にたち、独り言のように呟きながら尋ねる。


「何? 今更怖じ気付いたの? 別に構わないわよ? ハルアキがその気なら、今この場で自害して、ドミニクの夢想する新世界の礎にでもなりなさい。まあ、私たちがドミニクを倒すから、あなたの死は無駄死にだけども」


「そんな素気ない事言わないでくださいよ。ただのやる事の確認ですよ。俺たちは当初の目的通り、ドミニクを倒す。ですよね?」


 バヨネッタさんは呆れたように嘆息してから、軽く頷いてくれた。


「くっくっくっ。呑気な奴らだな。本当にドミニクを倒せると思っていやがる」


 操作パネル前に立つジェランは、こちらに振り向きもせず、肩を揺すって笑っていた。


「悪いけど、こっちもそれなりに面子を揃えて来ているいますから。楽勝とは思っていないけど、この面子が負ける未来も想像出来ないんですよねえ」


「ふ〜ん。ボクから見たお前らの所感としては、戦闘に臨む真剣さに欠けると言った印象だ。捕虜にしたボクとも普通に話しているしな」


 俺たちに負けた奴に言われてもな。それにジェランと普通に話していたのは、武田さんと言う奇特な人です。武田さんを見て俺たち全体を語って欲しくない。


「だから、こんな手にも引っ掛かるんだよ」


 言ってクツクツ笑ってパネルを操作するジェラン。すると天井の送風口から凄い勢いで風が吹き出してきた。


「くっくっくっ、あっはっはっはっ!!」


 振り返って高笑いをするジェランがいた。


「ああ。毒ガスですか。催眠ですか? それとも麻痺?」


「馬鹿ね、ハルアキ。ここは敵地よ。致死性の毒に決まっているでしょう」


 それはそうか。


「驚けよ! 恐怖しろよ! 死ぬんだぞ!?」


「あなただけね」


 バヨネッタさんの言に怪訝そうに眉をひそめたジェラン。そしてハッと気付く。俺たちの周囲を薄っすらとバヨネッタさんの結界が覆っている事に。


「グッ、馬鹿……な……?」


 それを最期の言葉に、ジェランは喉を抑えて苦しんで倒れた。


「最期まで馬鹿な男だったわね」


 うつ伏せに倒れるジェランに対して、バヨネッタさんも容赦ないなあ。


「同士よ。お前の分までL魔王の応援をするとここに誓おう!」


 武田さん。なんだろうなあ、今それ言わなくても良いです。



 チンと鐘が鳴り、エレベーターが上階に着いた事を告げる。ドアが開き、


 ドドドドドドドドガガガガガガガガガガッッ!!!!


 奇襲を受けた。そして俺は賭けに負けた。俺とシンヤは奇襲はないと踏んでいたのだが、他の全員から奇襲はあると言われ、最警戒で臨むように進言されたのだ。そうは言っても相手はこのアンゲルスタの国主であり、この国の最高戦力だ。最終決戦で奇襲なんてしてくるだろうか?


「なら、賭けをしましょう」


 と言うバヨネッタさんの讒言ざんげんにまんまと乗せられ、俺とシンヤは賭けに乗ったのだが、見事に敗北したのだ。


「さあて、この戦いが終わったら、何をして貰おうかしら」


 ラズゥさんの呪符とともに、敵の奇襲を結界で防ぎながら、愉快そうにしているバヨネッタさんの横顔は、とてもこれから世界を救う人間とは思えない悪い顔をしていた。


 そして視界を全部塞ぐ程の銃砲攻撃が止んだところで、俺は周囲を警戒しながらエレベーターの外に出た。


 ザクトハに聞いていた通り、宮殿のある第六階層は新緑に包まれた林で、まるで欧州の避暑地のような場所だった。朝日が差し込む様は長閑のどかな避暑地そのもので、これが休暇で来ていたならば、ホテルのベッドで微睡まどろみながら二度寝と洒落込んでいたところだ。まあ、今俺たちは、むせる程の硝煙の匂いの中、銃を構える兵隊たちに取り囲まれている訳だが。それにしても兵隊の数多過ぎじゃないか? 数千はいるだろ?


「随分なお出迎えで、びっくりしましたよ」


 俺は兵隊を挟んだその向こうで、兵隊に周囲を守られ、アルカイックスマイルをその顔にたたえるその男を見据える。赤髪は炎のようにウエーブし、瞳の青は海のように深い。白いローブに身を包んだその姿は、神職だと一目で分かる。


「僕はこれでも小心者でね。敵の大ボスとのここ一番で、戦力を出し惜しみする程、相手を舐めて掛かるような事はしないよ」


 そうか、ドミニクからしたら、俺たちが最終決戦の大ボスになるのか。そりゃあ初手から奇襲をかますかも。


「だったら、あんた自身が全力で一撃を撃ち込んでくるべきだったな。そうすれば、わずかな可能性として、俺たちに手傷を負わせる事も出来たかも知れない」


「そうだね」


 俺の言にドミニクは同意し、その背中から翼が生え、一度羽ばたいたと思ったら、世界が赤色に変わった。燃えたのだ。たった一度の羽ばたきが炎を生み、第六階層はそれだけで炎の海と化したのだ。


「雑兵は邪魔なだけだと分かったよ」

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