第302話 対天狗(二)

「では、戦闘再開といこうか」


 完全復活したドミニクが、右手をサッと横に振るっただけで、その前面に人間が現れる。『蘇生』と『復元』により復活した、ランドロックやティカ、アンナマリーら十数名だ。こいつらがアンゲルスタの精鋭と言う訳か。当然だがジェランの姿はない。


「さあ、復活させた分、働いて貰うぞ。首級くびを取れば、新世界での地位は確約しよう」


 成程、ランドロックたちはドミニクが樹立する新世界で、それなりの地位や権利を得られると分かっていたから、あれ程躍起になっていたのか。この国の奴らは、揃いも揃って俗物だな。


「悪いけど、今のあんたらじゃあ、俺たちの相手には力不足だな」


『時間操作』タイプBでドミニクの精鋭部隊に肉薄した俺は、一息にランドロックとティカの首を落とす。こいつらが俺と戦えていたのは、武器の性能だったり、俺が魔力不足だったからだ。ほとんど全開状態の俺からすれば、武器も持たずに戦場に上がったこいつらの首を取るのも難しくない。レベルも上がっているしね。


 他の面子も同様で、十数名の精鋭部隊は、ものの数十秒で全員倒されてしまった。


「あんた、戦闘に関しては俺より素人だな」


 見詰めるドミニクの顔は、しかし微笑を崩さない。


「ははは。最初からこいつらなんて、君たちを足止め出来れば儲け物程度だったんだ。僕が全ての片を付ければ……」


 ドゴーーーンッッ!!


 ドミニクがまだ喋っていると言うのに、バヨネッタさんのトゥインクルステッキの一撃がドミニクの頭に直撃して、見事に吹き飛ばした。更に、


「そこを退け!」


 ゼラン仙者の声が後方から響き渡り、俺たちはドミニクの側を飛び退く。すると、超速度の剣が頭のなくなったドミニクの胸に次々と突き刺さる。声がしたゼラン仙者の方を振り返ると、百本以上の剣が宙に浮き、それが雷雲を通ると超加速して飛んでくるのだ。


(雷雲を使ったレールガンかよ! えげつねえ!)


 あっという間に全ての剣がドミニクに命中したところで、空を影が過ぎる。見上げればゼストルスに乗ったリットーさんがいた。リットーさんはゼストルスに乗ったまま回転を始め、その速度はどんどんと速くなっていき、竜巻の如き様相となったところで、ドミニクの直上から、竜巻となった騎竜が襲い掛かる。


 ドンッ!!!!


 超速度の攻撃により圧縮された空気が、ドミニクにぶつかった事で破裂して、周囲に暴風を巻き起こす。炎の海はそれだけで消滅し、木々は薙ぎ倒されて巨大なミステリーサークルを作り出した。ほんの数分前まで欧州の避暑地のようだった第六階層は、俺たちが来て早々に、地獄絵図へと様変わりしていた。


「流石にやり過ぎだったんじゃないですかね?」


 振り返ってバヨネッタさんを見遣るが、その顔は未だに神妙な面持ちだ。まさか、これで倒せないのか? と確認の為にドミニクの方を振り向くと、赤い血のしたたる肉塊が、脈動しながら宙に浮いていた。そしてそこから、胴体が再生し、手が生え、足が生え、そして頭が飛び出し、翼が現れる。


「無駄だよ。魂のプールの話はミッケルから聞いたね? 『空呑』は魂のプールから直接エネルギーを吸収する事も可能なんだ。あそこに魂がある限り僕に死は訪れない。まあ、それがなくなる前に僕が君たち全員を始末するけどね」


 魂のプールによる復活か。恐らくはこいつの肉片を塵芥となる程すり潰したところで、他者の命を使って復活するのだろう。本当にこいつは、人の命をなんだと思っているのやら。


 しかし厄介なのは事実だ。今現在魂のプールにどれだけの魂がストックされているのか知らないが、こちらのストックが魂一つしかないのは変わらない。奴が一人一殺で自爆技なんてぶちかましてきたら、確実にこちらの負けだ。


「そう、上手くいくかしら?」


 バヨネッタさんの強気の発言がドミニクの気を引く。


「おやおや、優しい君たちの事だから、魂のプールに囚われている魂たちの事を気にかけているものかと思っていたけど、そうでもないのかな?」


「既に死んでいる人たちでしょう。ならば天に還すのが道理よ」


 確かに。魂のプールにストックされている人たちだって、新世界での幸福な未来を夢見てそこにいるはずだ。決してドミニクの残機として消費される為にいる訳じゃない。


「ふむ。折角絶望させて、そのやる気を削いだのに、目付きが元に戻ってしまったな」


 ドミニクが手を腰に当てて首をひねる。やはりどこか浮き世離れしたものをこいつからは感じるな。まあ、やる事は変わらないが。俺は『時間操作』タイプBで加速し、黒刃でもって大上段からドミニクを真っ二つに切り裂こうとした。


「ではこんな趣向はどうかな?」


 とドミニクが指を鳴らすと、奴の周囲に人壁が出現した。それはこれまで対峙してきた軍人じゃない、一般人だった。


 止めろ!


 俺は瞬間的に振り下ろす黒刃を止めようとしたが、慣性の力は俺が想像するより強くて止まる事が出来ず、驚きと恐怖で目を見開く少女と、それを庇おうとする少年、二人が二つに切り裂かれてしまった。


 人生で最悪の斬り心地だった。俺を見る少女の恐怖と絶望の瞳が、脳裏に焼き付いている。庇おうとした少年の必死な姿が俺の心をえぐり、嘔気おうきを催し膝をつく。


「ははは! どうした? もう死んだ人間なんだろう?」


 こいつ!! ドミニクを睨み上げようとした瞬間、またも翼がはためき、周囲が炎に包まれる。眼前で俺を釣る為だけに『蘇生』された人々が、声も上げられずに炎の中で悶えて倒れていった。


「おや? 多少のダメージは通ったと思ったのだがな。ノーダメージか」


 ドミニクの言葉にハッとする。周囲を見れば、バヨネッタさんのナイトアマリリスが、皆の前で花を開いて結界を張って防いでいた。


「すみませんバヨネッタさん」


「ハルアキ、皆気持ちは一緒よ。だからこそ、こいつはこの場で魂さえ復活出来ないように潰さなきゃ駄目なのよ」


 その言葉を聞いて俺は、肚に力を入れて立ち上がり、眼前で微笑を浮かべる男を見据えるのだった。

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