第15話 目が合った。

「うわあああああッ!?」


 地面に鎮座するドクロと目が合い、思わず後退る。


 ガシャン。とまた何かを踏んだ感触。に、ハッと振り返ると、そこにも人骨が。


「う、うわああああッ!?」


 錯乱して首をあらぬ方向に向けるが、そこにも人骨。別の方を向いても向いても人骨人骨人骨。崖下と変わらない大きな空間に、これでもかと人骨が納められていた。


「はあ……、はあ……、はあ……」


 一通り驚きまくったからだろう。疲れた。疲れて頭が冷えてきた。


 ぐるぐるとヘッドライトでこの空間を照らすと、整然と人骨が所狭しと納められているのが分かる。


「ここって、地下墓地……か?」


 どうやら穴を掘り進めた先にあったのは、地下墓地だったらしい。


「なんだよ、墓地かよ」


 とは言え本物の人骨なんて初めて見る。しかも体育館程の空間に大量にだ。薄ら怖さにさっきから背筋がゾクゾクしっぱなしだ。異世界だし、魔法のある世界だ。幽霊とか出てきてもおかしくないよな。と思っていると、


『うるさい奴が現れたものだ』


 いきなり頭の中に誰かが囁きかけてきた。耳から聞こえてきたのではない。頭に直接語りかけてきたきたのだ。


「うああああああッ!? ゆ、幽霊ッ!?」


 もう頭の中はパニックである。俺はその場で尻もちをついてしまう。


『やかましいぞ小僧。我が永らく静寂なる眠りについていたと言うのに。貴様の大声で目覚めてしまったではないか』


 マジか!? 目覚めるとか、俺は、この地に眠る怨霊を目覚めさせてしまったと言うのか!?


『誰が怨霊だ』


「ひいッ! ごめんなさいい!」


 俺はどこかにいる怨霊に謝罪すると、この空間に入ってきたトンネルに逆戻りし、全速力で来た道を引き返していった。




「はあ……、はあ……、はあ……」


 崖下に戻ってきた俺が最初に考えたのは、このトンネルの封印だ。A0の魔法陣はまだ四枚ある。これを使ってトンネルを崩落させれば。


 いや、相手は実体のない怨霊だ。この厚い岩壁だってすり抜けてくるかもしれない。ううう、八方塞がりか。この場所を放棄しなきゃならないかも知れない。


 ま、まずは出来るだけの事をやってみよう。そう考えた俺は、トンネルの横に置いておいたA0の魔法陣に手を伸ばす。


 すると、ぴちょんと何かが伸ばした手に落ちた。


「ひっ!?」


 さっきの怨霊の事もあって、軽く悲鳴を上げてしまったが、見れば落ちてきたのは冷たい水滴だった。


「お、お、脅かすなよ〜」


 誰に言い訳するでもなく、そんな言葉を発しながら、手に付いた水滴を逆の手で拭こうと触ると、水滴はねちょっとしていた。


「?」


 水滴。上で雨が降っているとか、霧やモヤが発生して岩壁に水滴が付着し、それが落ちてきたのではないのか?


 俺はなにやら嫌な予感がして、水滴の落ちてきた上方を振り仰ぐ。


 目が合った。


 何と?


 デカいトカゲと。


 デカい。頭から尻尾の先まで、五メートル以上あるんじゃないだろうか? 湖のカエルなんてひと飲みしそうだ。


 そんなデカいトカゲが、岩壁にへばりついている。口からよだれを垂らしながら。


「うわああああッ!?」


 俺は一瞬にして回れ右をしてトカゲから逃げ出した。全速力だ。


「何あれ? 何あれ!? 何あれ!!?」


 行きの時にはいなかったよね? って言うかこの崖下で初めて見るんだけど!? 怨霊の次はトカゲかよ! 厄日か今日は!?


 愚痴を漏らしても状況は好転しない。振り返ると、トカゲは俺を追い掛けてきていた。


「追い掛けてくんなよ!」


 そう言ったってトカゲに通じる訳がない。そしてトカゲ足速い。このままでは追いつかれて丸呑みだ。


 転移門を開いて地球に逃げたいが、万が一トカゲまで地球に来てしまったら、大騒動どころの話じゃない。ここでトカゲをどうにかするか、俺が死ぬしかない。


 何かないか? ツルハシは今持っていない。あの地下墓地だ。あそこから逃げ出す時に置いてきてしまった。


 俺の手には、魔法陣!


 偉いぞ俺! あの時魔法陣を掴んでいたんだな。俺は直ぐ様トカゲに向かって魔法陣を広げる。


「炎よ!!」


 そう唱えると、直径一メートルはある大きな炎がすぐそこまで迫っていたトカゲに襲い掛かる。


 やった! これでトカゲは丸焦げだろ!?


 事実炎の直撃を食らったトカゲは、その場でのたうち回っている。


 一分はそんな時間が続いただろうか。炎は鎮火し、トカゲは仰向けとなって舌を出し、ピクリとも動かない。


 死んだか? と思っていると、ビクッと身体を震わせて、体勢を立て直すトカゲ。マジかよ!? 死ねよ!


 愚痴を吐きながらも俺は更にトカゲから逃げまくる。逃げ回りながら、トンネルへと近付いていき、残る三枚の魔法陣を回収すると、炎の魔法を次々放っていく。


 三枚目の炎を受けた直後のトカゲは、まるで黒焼きのように真っ黒焦げだった。


 流石に死んだろ? と近付いた。はい、私は愚か者です。


 死んだふりをしていたトカゲに、右足を膝までかぶりつかれ、そのまま地面に叩きつけられた。


 気絶しなかったのが不思議なくらいだ。レベルが上がっていたからだろうか? しかしトカゲは容赦がなかった。足を銜えたまま、トカゲは俺の身体を右へ左へ叩きつけていく。


 何度も何度も何度も叩きつけられる。瀕死と言うのはこういう事か。痛みつけられ身体の自由はきかず、あとは死を待つのみだ。


 ああ、俺は生きたままこのトカゲに丸呑みにされるんだな。と思っていると、ブチッと何かが千切れる音が、自分の身体から聞こえた。


 そして吹っ飛ばされる俺の身体。岩壁に叩きつけられ、ズルズルと地面に落ちていく。


 トカゲが少し向こうにいるので、トカゲが口から離したのか? と思っていたが、虚ろな目玉でトカゲを見ていると、違っていたのが分かった。トカゲが俺の足先を銜えたままだったのだ。


 え? それって? と俺は自分の右足を見る。そこにはあるべきもの、膝から下がなくなっていた。


「!?」


 奇声が上がるのを必死で堪えていた。が、ここまで酷い事になっていると言うのに、気絶しない。そしてそれ程痛く感じない。何だこれ? 俺の身体どうなってるんだ?


 しかし今はそんな事を気に掛けている場合じゃない。逃げろ! と俺の本能が訴えていた。


 幸い俺が今いるのはトンネルのすぐ近くだ。俺は痛みが全身を走る身体を引きずり、トンネルを這いながら進んでいく。


 何故俺はトンネルを這っているんだろうか? 流石に転移門を開けばいいのに。そんな気にならない。何故か俺の本能がこの先に行けば助かると告げている。ならばそれに従うまでだ。



「はあ……、はあ……、はあ……」


 もう少しで地下墓地だと言うところで、足音が聞こえる。トカゲが俺に迫っているのだ。


 くそっ、もう少しだって言うのに! 地下墓地にたどり着く寸前、俺はトカゲに追いつかれてしまった。


 が、まるで車は急には止まれない。とでも言いたいかのように、トカゲはドンッと俺をトンネルから突き飛ばした。


 墓地の中央まで吹っ飛ばされた俺の身体は、ドサッと何かにぶつかって止まった。


『やれやれ。うるさい小僧だ。我に驚き、逃げ帰ったかと思えば、今度はトカゲを連れて戻ってきおった。小僧よ。お主、何がしたいのだ?』


「生きたい……」


『ははっ、今の状況はまるで逆だな』


 ええ、反論は出来ません。怨霊さん。


『しかし、ここで出会ったのも何かの縁よ。あのトカゲ退治。我が手を貸してやろうか? 目覚めた故に暇なのでな』


「……お願いします」


『では、我を握れ』


 握る? ぼやけた視線で辺りを見回すと、俺がぶつかったのは、台座に突き立てられた剣だった。


 俺はその剣の柄を握った。するとそれに呼応するように台座から外れる剣。


『さあ、我をトカゲに向かって振るえ』


 俺はボロボロの身体に残った一欠片の力を振り絞り、今にも俺に食らいつこうとしているトカゲに向かって、横一閃に振り抜いた。


 俺が意識を保っていられたのはそこまでだった。

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