第236話 熱い
ドロケイは、口の形をした外周の中に、井を足したような盤面をしている。そして外周の対角線上に逃亡者と追跡者の駒を置き、スタート。逃亡者が先攻で、追跡者の初期位置の対角マスを通り、元のマスまで戻ってくると一周、一ターンと見做される。その間のルートは自由で、外周を回っても良いし、中の井の部分をジグザグに進んでも良い。そして追跡者が規定ターン以内に逃亡者を捕まえるか、逃亡者が規定ターン逃げ切れば勝ちとなる。
ドロケイには三つアイテム駒がある。飛靴と分身と罠だ。それらは四つずつあり、井の各点に配置されている。そこのマスに持ち駒が止まると、獲得、または罠が作動する事になる。
飛靴は装備させた数だけ振れるサイコロの数が増える。最高で一駒五個同時にサイコロを振れるようになる訳だ。これを電撃戦と呼ぶそうだ。実際には分身駒に飛靴を装備させたりするので、一駒五サイコロはまず見ないそうだが。
分身は使える駒が増える。追跡者の場合、分身駒で逃亡者を捕まえても勝ちだ。逃亡者の場合、本体駒が追跡者に捕まっても、分身駒と入れ替えて逃亡を続ける事が出来る。チェスのキャスリングのようだ。
罠はそのまま罠だ。駒の形からするとトラバサミっぽい。そのマスに止まると、本体駒のみだと一回休みになり、飛靴を装備していると、その飛靴が剥がされる。分身駒が止まると、その分身駒は使えなくなる仕様だ。一回使用された罠は使えなくなる。そこで消費された飛靴や分身駒もだ。分身駒が飛靴を装備している場合、飛靴を犠牲に分身駒が逃げられるルールの場合もあれば、逃げられず分身駒が使えなくなるルールもあるそうだ。地方ルールと言うやつだろう。今回は分身駒が逃げられないルールらしい。
「最初は、私が追跡者をさせて貰うわ」
「お好きにどうぞ」
一回目はバヨネッタさんが追跡者で、ゼラン仙者が逃亡者らしい。これを交互に行っていく。
「どっちが有利とか不利とかあるんですか?」
「その人物の性格によるな」
ラシンシャ天に尋ねると、そんな答えが返ってきた。
「ちなみにゼラン仙者は?」
「逃亡者タイプだ」
う〜ん。でもバヨネッタさんは追跡者タイプな気もするんだよなあ。まだどっちが勝つか分からないなあ。
「そうね、まずはこれを出させて貰おうかしら」
そう言ってバヨネッタさんがドロケイの盤の横に置いたのは、草薙の剣であった。いきなりそれを賭けるのか!? と俺が驚いていると、対するゼラン仙者がにやりと口角を上げて、自身の『空間庫』から剣を取り出した。それはバヨネッタさんが盤の横に置いた剣とそっくりの剣であった。
「草薙の剣!?」
驚く俺だったが、声を上げていたのは俺だけだった。
「ヤマタノオロチは十年で復活するのでしょう? 草薙の剣が一振りだけのはずがないわ」
バヨネッタさんはさも当然のように説明してくれた。
「それは……そうですねえ。でも同じ剣なら、賭ける意味ないんじゃ?」
「ハルアキ、良い物はいくつ手元にあっても良いのよ」
バヨネッタさんの言に、ゼラン仙者がうんうん。と頷いている。まあ、二人がそれで良いなら別に俺は良いんですけどねえ。
初戦はバヨネッタさんが勝利した。完勝に近い。ゼラン仙者は出目に恵まれず、丁度アイテムマスに駒を置けなかったのが痛い。それにしてはそれなりにターン数が嵩んでいた気もするが。
そしてその後は立て続けに五戦、ゼラン仙者が勝利を収める。どうやらゼラン仙者は、最初の一戦でバヨネッタさんのクセを掴んだらしい。サイコロの出目もサイコロ一個ならある程度コントロール出来る気がするな。
更に二戦、ゼラン仙者がバヨネッタさんに何もさせず勝利したところで、バヨネッタさんが休憩を申し出た。
「良かろう」
絶好調のゼラン仙者が鷹揚に頷いてみせる。対して珍しく歯を食いしばるバヨネッタさんがいた。
「苦戦しているな」
ゴウマオさんが俺に耳打ちしてきた。
「そうですね。でも善戦していますから、何か切っ掛けがあれば、流れが一気にバヨネッタさんに傾く気もするんですよねえ」
「そうだなあ」
それを横で聞いていたラシンシャ天は、既にドロケイに興味を失っていた。
「ハルアキよ。何か食い物を出せ」
「食い物ですか?」
口寂しいのだろうか?
「アメでも舐めます?」
「余を馬鹿にするとは良い度胸だな?」
「すみません、そんなつもりは毛頭なかったのですが」
アメじゃ駄目か。ガムはどうだろうか? いや、もしも喉に詰まらせたら、それこそ大問題だ。う〜ん、何か食べ物あったっけなあ?
「ドッピオ豆なんてどうですか?」
クドウ商会がオルドランドから輸入している豆である。形は落花生に似ていて、食感はサクサク。それでいて後味は花椒のようにピリリとしていて、後を引くのだ。一度食べ始めると止まらない。今ウチの一番の売れ筋商品である。
「ドッピオ豆か。悪くはないが、余は異世界の物を食べてみたいのだ」
「ですよねえ。う〜ん……あ!」
いや、でもあれは駄目だなあ。
「何かあるのなら出せ」
うわ〜ん、横の天の圧が凄いんですが。何ならその後ろにいる毒見役の女官の圧もすごいのですが。
「いえ、でも家庭料理ですから。ウチの母が、こっちに行くなら持っていけと。バヨネッタさんの好きな料理なので」
「唐揚げ持ってきているの!?」
耳聡いバヨネッタさんが食い付いてきた。
「ええ、まあ」
「だったら早く出しなさいよ!」
そこまで食べたかったの!? 俺はバヨネッタさん用に『空間庫』から唐揚げを取り分ける。
「ふふふ、これよねえ」
とバヨネッタさんは自身の前に出された、ほかほか揚げたての唐揚げの山に箸をつける。『空間庫』に仕舞っておいたから、唐揚げも揚げたてのままなんだよねえ。
バヨネッタさんがほかほかの唐揚げにかぶりつくと、サクッジュワ〜と肉汁が溢れ出す。ああ、美味しそうだなあ。何と言うか、こう言う場所で普通の唐揚げって言うのも良いかも知れない。
「美味そうだな」
ラシンシャ天がよだれを垂らしそうな顔でバヨネッタさんを見ている。あ、はい。ああも美味しそうに食べられると、こっちも食べたくなりますよね。俺はスッとラシンシャ天の前に唐揚げの山を差し出す。
「ふむ」
鷹揚に頷いたラシンシャ天は、ちらりと毒見役を見遣る。それに毒見役の女官は頷いて、唐揚げの山から一つを取り分け、口に入れた。
「熱っ!」
そりゃあ、揚げたてですからねえ。いや、睨まれても困るんですが。
「どうだ?」
「……美味しいです。熱いのでお気を付けください」
この人、美味しいです。以外にも言えたんだな。
「ふむ。熱いのか」
「熱いのは苦手でしたか?」
俺の質問に、ラシンシャ天は首を傾げる。
「どうだろうな? 食事はどれもこれも、余の元に届くまでにある程度冷めてしまっているからな」
ああ、何となく流れは分かるな。碧天城、広かったもんなあ。厨房から食堂まで、遠そうではある。いや、食堂まで『空間庫』で持っていけば良いのでは? いや、それだと『空間庫』内で食事を取り替えられる可能性があるのか。天も面倒臭そうだなあ。
「熱っ!」
いや、そのままかぶりつくんかい! 火傷に注意してね。
「ああ、でも美味いな!」
「そうでしょう! ハルアキのお母様の唐揚げは天下一品なのよ!」
何故バヨネッタさんが自慢しているのでしょう?
「ふむ。ヒシオの味がするな」
ヒシオ? ああ、醤ね。醤油ね。
「そうですね。豆を発酵させた醤に漬けた鶏肉に、小麦粉をまぶして油で揚げたものですから」
「ふむ。調理自体は単純なのだな。だが中々しっかりとした味付けで、噛めば旨味が溢れてくる。美味いぞ」
「ありがとうございます。母に伝えておきます」
ラシンシャ天は気に入ったのだろうか、熱い熱いと言いながら、パクパクと唐揚げを食べている。そしてバヨネッタさんも。
「ふふふ。これで英気は十分に養われたわ。ゼラン! ここからが本番よ!」
そう言ってバヨネッタさんは、また盤の前に座り直した。
「ほう? まあ、何度やっても同じだと思うがな?」
自信満々のゼラン仙者だった。だが既にバヨネッタさんは勝利への筋道を思い描いていた。
ゼラン仙者は分身を多用する分散型と呼ばれる戦略だ。普通これに対応するには、相手も分散型にならざるを得ない。追跡者が一駒なら、逃亡者にキャスリングで逃げられてしまうし、逃亡者が一駒なら、追跡者の分身駒に囲まれて逃げ場がなくなるからだ。
だが分散型対分散型になると、出目のコントロールが出来るゼラン仙者にどうしても分がある。
それでは勝てないと悟ったバヨネッタさんは、戦略を大きく変えた。飛靴を独占する電撃戦に切り替えたのだ。ゼラン仙者が出目をコントロール出来ると言っても、それはサイコロ一つの場合に限る。二つ以上になるとコントロールが難しくなるので、飛靴は自然と捨て置かれていた。バヨネッタさんはそれらをかき集め、スピードで勝負に出たのだ。
これが奏効し、この後ゼラン仙者は十連敗して、泣き崩れるのだった。驕れる者は久しからずだなあ。
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