第235話 悪だくみ

「随分とグビグビ飲んでいるが、それ、本当に酒なのかい?」


 ついには相撲取りが優勝した時にしか見ないような大盃を取り出して、ゴクゴクと日本酒を空にしていくラシンシャ天の姿を見て、ゼラン仙者が疑問の声を投げ掛けた。


「ええ。酒精もそれなりにあるお酒なんですけどねえ」


 などと返答しながら、俺は空になったラシンシャ天の大盃にトポトポと日本酒を注ぐ。だが俺の返答はゼラン仙者の思う答えではなかったらしく、険しい顔をされてしまった。


「違うわハルアキ。ゼランは、自分にもその酒を飲ませろ。と言いたいのよ」


「え? でも……」


 と俺は口から出そうになった言葉を飲み込んだ。幼い子供に酒を飲ませるなんて。と言いそうになったが、思えばゼラン仙者の方が俺より何十倍も長生きしているのだ。


 物欲しそうにこちらを見ているゼラン仙者に、俺は嘆息して、近くを漂っていた妖精に、酒の入ったガラスのお猪口を運んで貰う。


「どうなっても知りませんよ?」


「良いのよ、大人なんだから。自己責任よ」


 ゼラン仙者が答えるよりも早く、バヨネッタさんが口を挟んできた。その顔が悪そうな笑顔になっている。これは何か企んでいるな。などと思っていると、お猪口を運んだ妖精がトンボ返りしてきた。どうしたのかと思えば、既にお猪口は空になっていた。


 驚いてゼラン仙者の方を見ると、顔どころか身体を真っ赤にして、次を持ってこい。と指差ししている。長く生きていても、身体が子供だから、アルコールが分解出来ないんじゃなかろうか? 心配になる俺をよそに、バヨネッタさんが更に口角を上げる。


「大丈夫よ。死にはしないわ」


 それはそうなんでしょうけどね。と思いながら、俺はお猪口に二杯目のお酒を注いだ。


「これで最後にしてくださいよ?」


「なんだ? ハルアキはケチ臭いな」


 そう言う理由で言っているんじゃないんだけど。と俺が嘆息していると、


「そうねえ。ハルアキはもう少しギャンブル感覚を覚えた方が良いと思うわ。相手がどこまで望んでいるのか見極めるのよ」


 またもやバヨネッタさんが口を挟んできた。何か仕掛ける気だな?


「お? 分かっているじゃないかバヨネッタよ。流石は我が同士。お宝好きに悪人はいないよなあ」


「本当にねえ。ところでゼラン。私たちはあのデレダ迷宮を踏破してここまで来たんだけど、この意味、あなたなら分かってくれるわよね?」


 バヨネッタさんの言葉に、ゼラン仙者は頷きながら、日本酒をチビリと飲み、つまみとしてマシュマロを食べている。俺は酒には詳しくないが、食べ合わせとしては悪そうである。


「分かっているさ。デレダ迷宮と言えば、かつて世界の宝物殿と呼ばれていた程に、財宝に溢れていたと言う迷宮だ。それを踏破したとなると、バヨネッタもそれ相応のお宝を手に入れてきたのであろう?」


 バヨネッタさんがそれに鷹揚に頷く。


「ええ。私の小さな『空間庫』では、入り切らない程のお宝をね」


 何言っているのやら。バヨネッタさんの『宝物庫』は、島が入るくらいの容量があるくせに。


「ほう? そんなにか?」


「ええ。私としても、非常に残念な事に、この先旅を続けていくのに、ある程度処分しないといけないと感じていたの」


 頬に手を当て、何とも悲しそうな顔をするバヨネッタさん。三文芝居にも程があるが、周りは酔っ払いとその部下だ。その事を指摘する者はいない。


「それはそれは残念至極であるなあ」


 そう言いながら、ゼラン仙者の真っ赤な顔のその双眸そうぼうは、肉食獣の如く、バヨネッタさんを見据えていた。


「それで、どうせなら同好の士であるあなたに、私のお宝を受け取って欲しくて、ここまでやって来た次第だったのよ」


 絶対嘘のやつじゃないですかそれ!


「ふふ。確かになあ。バヨネッタが今後も善き旅路を歩む為には、多少荷物を肩代わりしてやらんでもない」


 くいっとお猪口を空にしたゼラン仙者が、更に酒を寄越せと俺に指図してくる。駄目です! と俺は強く首を横に振るが、バヨネッタさんからは、ドンドン飲ませろ。との指図が飛んでくる。どうすりゃあ良いんだ俺。とりあえず、お猪口半分程で手を打っておいた。


「ふふ。しかしバヨネッタよ。デレダ迷宮のお宝を、タダでこちらに流すつもりはないのだろう?」


 マシュマロを日本酒に漬けながら食べる子供の姿は、一種の狂気を感じるな。


「分かっているじゃない。どうやらゼランもギャンブルがお好きなようだし、ここは、ちょっとした勝負といきましょうよ?」


「勝負?」 


 ああ。それでバヨネッタさんはゼラン仙者に酒を飲ませたのか。ゼラン仙者は警戒心強そうだもんなあ。素面しらふのゼラン仙者なら、ここで勝負は受けないだろうなあ。


「ええ。勝負をして、勝った者が負けた者のお宝を一つ手に入れられる。と言うのはどうかしら?」


「ほう? 悪くない提案だ。して、その勝負とはどのようなものなのだ? 流石に背比べなんてのはやめてくれよ?」


 それはないだろうけれど、ああ、ウチの主人が悪党面をしていやがる。


「ドロケイなんてどうかしら?」


「ドロケイ?」


 思わず俺の口から声が漏れてしまった。周りの視線が俺に集中する。俺は慌てて頭を振って誤魔化した。ドロケイってあのドロケイ? 泥棒と警察に別れてやる鬼ごっこの? 地域によってはケイドロとも呼ばれるあれか?


「ほう。私にドロケイで挑戦してくるとは、流石はルール無視の泥棒魔女だ」


 そう言ってゼラン仙者が指を鳴らすと、天井から金の板が降ってきた。縦横四十センチ程だろうか? その上にはいくつかの駒が載っている。ドロケイって、ボードゲームなのか?


「どう言うゲームなんですか?」


 横のゴウマオさんに尋ねると、首を横に振られてしまった。知らないのか、ボードゲームはやらないのか。ルールが分かんないなあ。と思っていると、教えてくれる人が現れた。ラシンシャ天だ。


「ドロケイと言うのは、逃亡者と追跡者に別れて競うゲームだ。規定ターン数以内に追跡者が逃亡者を捕まえれば、追跡者側の勝ち。逃げ切れば逃亡者側の勝ちだな」


 へえ。まんまドロケイのボードゲーム版って感じだな。


「駒に種類がありますけど?」


「逃亡者と追跡者以外はお助けアイテムだ。例えば、飛靴と言うアイテムを使えば、移動距離が振れるサイコロの数が二つに増える。分身と言うアイテムを使えば、それを囮にして逃げたり、二人に増えて追跡出来たりする。罠のアイテムを設置すれば、足止めなども可能だ」


 おお! 成程、そう言う感じなのか。


「じゃあ、一周を一ターンとして、一ゲーム二十ターンから始めましょう」


「良かろう。が、少々準備をさせて貰えるかな?」


「準備? 別に良いけど?」


 ゼラン仙者の動向に不思議がるバヨネッタさん。


「準備なんて必要なんですか?」


「いや? 必要なのはゲーム盤だけのはずだ」


 どうやらラシンシャ天も分からないらしい。まあ、見ていれば分かるか。とゼラン仙者を注視していると、そこに妖精が銀の瓶を持ってきた。なんだろうあれ?


「おろろろろろろろろろろ…………」


 吐いた。ゼラン仙者が銀の瓶に胃の内容物をぶちまけた。いや、マジで何? と思っていたら、ゼラン仙者はスッキリした顔になり、顔や身体から赤みが抜けていた。これは酔い醒ましって事か。


「さあ。今更なしとは言わないよなあ? バヨネッタ」


 これは、バヨネッタさんの方がゼラン仙者に一杯食わされたようだ。これはバヨネッタさんかなり動揺しているんじゃないか? とその顔を覗き込むと、その目は既に盤面に向けられていた。


「こっちだって本気で来ているのよ。酒で潰れてくれれば儲け物程度よ」


 おお! こっちもやる気だ。熱いドロケイになりそうだ。うん。ドロケイって名前だと、熱くなるのちょっと恥ずかしいな。

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