第468話 天使の奇跡は悪魔の所業(前編)
「マチコさんですか?」
L魔王に指差されて、マチコさんがギョッとしている。思ってもみなかったのだろう。
「確かにマチコさんは『範囲再生』と言う回復スキルを持っているけど、回復スキルじゃあ癌は治療出来ないよ」
何で俺が天使にスキルの説明をしなくちゃならないんだ。
「馬鹿にしているの? 癌に回復スキルを掛けると、正常な細胞だけでなく癌細胞までが活性化する事くらい、私だって知っているわよ」
とL魔王は腰に手を当て、下から覗き込むようにして俺を睨んでくる。知っていたのか。それなら何でマチコさんを指差したんだ?
「癌って言うのはね、身体から取り除くのもある意味正解だけど、それだけじゃないのよ。活性化させるのがある意味正解でもあるの」
「はあ?」
思わず声が裏返ってしまった。活性化させるのが正解? このバカ天使、何を言っているんだ?
「誰がバカ天使よ」
そう言えばL魔王は心が読めるんだった。更に頬を膨らませて俺を睨んでくるL魔王だったが、元が美少女なので、凄まれても可愛いとしか思えないな。
「えへへ」
と照れたように頭を掻くL魔王。チョロ天使だなあ。
「ちょっと〜」
また睨まれてしまった。
「悪いが二人とも、痴話喧嘩なら他所でやってくれ。って言うか工藤、この事バヨネッタに話すぞ」
「やめてください」
武田さん、それは洒落にならない。チョロ天使に睨まれるのとは訳が違う。殺される。
「こんな会話していますけど、今、頭をフル回転させているんですよ」
L魔王の言葉を信じるなら、癌は活性化させるのがある意味正解と言う。先に調べた限りでは、癌と言うのは正常な細胞の遺伝子に傷が付く事で細胞が変異し、止めどなく分裂を繰り返す異常な細胞となり、それらが塊となると悪性腫瘍と呼ばれるものになる。悪性腫瘍は無秩序に増殖しながら、周囲に染み込んだり、身体のあちこちに飛び火する厄介者で、飛び火した先で新しい塊(悪性腫瘍)を作ったりする。そうやって身体機能を圧迫していき、身体が正常な働きが出来なくなる。それが癌だ。そんな癌を活性化させたら、あっという間に身体が機能不全を起こすぞ。
マチコさんの『範囲再生』を使うなら、再生医療として、残っている正常な細胞を体外で増やして、そこから癌細胞を攻撃する性質のあるT細胞(Tリンパ球)を取り出して癌細胞を攻撃させる方がまだ理に適っている。
「そう? 確かに、癌を治療するのであれば、それが正解ね。でもあそこまで癌が進行していては手遅れでしょうけど。それにあの子の『範囲再生』はその程度なのかしら?」
? マチコさんの『範囲再生』は再生させる範囲を指定し、そこで傷付いている細胞を治癒するスキルだ。細胞分裂させるスキルであり、そして恐らく細胞分裂の回数券であるテロメアを使わずに細胞分裂をさせている。でもマチコさんのスキルは『細胞分裂』ではなく、『再生』だ。再生って細胞分裂させるだけじゃないのか?
俺は『空間庫』からスマホを取り出して、再生やら治癒やらを調べてみた。すると、どうやら人間の身体は自己再生機能により細胞の修復も行っているらしい。また『再生』と言う言葉には、そのままでは働かない状態から、また働く状態になる、またはする。と言う意味があるようだ。
つまりマチコさんの『再生』は、修復しながら細胞分裂させるスキルと言う事か。しかもテロメアを消費しない過剰再生ってのがあるから、単に修復、細胞分裂させているのではなく、止めどなく細胞分裂をさせているんだ。これによってミカリー卿は太った。これは過剰な細胞分裂によってそれが塊となったと考えられる。あれ?
「なんかまるで、癌細胞みたいだ……」
ぼそりと口にした俺の言葉に、L魔王の口角がにやりと上がる。
「それってつまり、『範囲再生』を使えば、癌細胞が修復されて普通の細胞になるって事?」
「惜しい! 癌細胞は変異した細胞だから、増える事はあっても元には戻らないのよねえ。でも機能を修復して正常化させる事は出来るわ」
と指を鳴らすL魔王。もう面倒臭いからいっぺんに教えて欲しい。
「それじゃあつまらないじゃない」
こいつやっぱり天使じゃなくて悪魔なんじゃないの?
「それは小悪魔って事かしら? それとも悪魔的にキュートとか?」
俺はL魔王の態度に嘆息する。なんかこめかみをぐりぐりしてやりたくなるな。俺がそう想像しただけで、L魔王は己のこめかみをガードするのだ。
「…………それで、結局俺は何をどうすれば良いんだ?」
俺とL魔王とのやり取りに痺れを切らしたマチコさんが尋ねてきた。そして、もう分かっているんでしょう? との顔を向けてくるL魔王。はあ。確かにこれは治療として
「ストーノ教皇の全身を癌細胞に置換する」
「は?」
マチコさんだけでなく、L魔王以外の全員がそんな顔をしてきた。それはそうだろうなあ。
「そんな事が可能なんですか?」
マチコさんが不安そうに尋ねてくるが、俺に言われてもなあ。横にいるL魔王を見遣れば、「その通り」とでも言うように得意気にうんうん頷いている。だけど、
「マチコさんの『範囲再生』だけでは無理だと思う」
「何ですかそれ」
怪訝な視線が痛い。皆してそんな視線を向けないで。
「マチコさんの『範囲再生』の修復能力で、癌細胞は正常に機能する細胞になる可能性は高いけど、でもマチコさんのスキルは結局、細胞を増やすスキルだから、単にストーノ教皇へ『範囲再生』を掛けても、癌細胞が増えるだけで、置換されるには至らないんだ」
ミカリー卿が意味なく太ったみたいに、ただ悪性腫瘍として増えるに留まる事になる。
「つまり、猊下の身体を全部癌細胞に置換させる為には、俺が『範囲再生』で猊下の癌細胞を増やしている間、誰かが正常な細胞を傷付け続けなければならない。って訳ですか?」
マチコさんは理解が早くて助かる。マチコさんが言う通り、そうやって正常な細胞が傷付き死ねば、その部分に癌細胞が入り込み、『範囲再生』の効果で修復された癌細胞が傷付いた細胞の代わりを始めるだろう。なんとも面倒臭いやり方だ。
そして皆の視線がガドガンさんに向く。
「え? 私? ちょっと待って! もしかして私に、猊下に毒を盛れ。って言うんですか?」
それに対して首肯した俺は、どんな表情をしていたのだろうか。対するガドガンさんの顔が見る見るうちに青ざめていくのは良く見えていたが。
「私は、ストーノ教皇猊下お付きの薬師だったのよ!?」
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