第477話 たらい回し

「はあ……」


 宮殿の応接間に皆で集まり、誰ともなく溜息をこぼす。


「どうするのよ」


 バヨネッタさんに睨まれた。他の皆も俺の動向に注視している感じだ。何これ、おれが船頭として音頭取らないといけない感じ?


「今、チーク王に頼んで、他のビチューレ小国家群の王家にも連絡して貰っています。金器は失われましたけど、金器に記されていた内容は複写されていたかも知れませんから」


「成程。確かにいざと言う時の為に、内容の複写はもちろん、レプリカがあってもおかしくないな」


 とはデムレイさんだ。が、これを聞いてもバヨネッタさんの機嫌は直らない。


「ハルアキ、『超時空操作』が使えるんでしょう? 過去に行く事は出来ないの?」


「無茶言わないでくださいよ。時を止める事だって不可能なのに、そこから更に遡行するなんて、神業ですよ。過去改変出来るブラフマーがおかしいんです」


「そうよねえ」


 嘆息したバヨネッタさんは、気持ちを落ち着ける為に、カッテナさんが淹れた紅茶を口に含んだ。それを見ながら俺は頭を働かせた。


「いや? 過去に行くのは難しても、過去を見る事なら出来るかも知れない」


「過去視か」


 声を上げる武田さんに俺は首肯する。これに皆のテンションが上がった。


「出来るのか?」


「分かりません」


 俺の正直な返答に皆が肩をガクリと落とす。


「やった事ないので確証はありませんので、期待せずにお待ちください」


 と説明を終えた俺は、その場で胡座をかいて『超時空操作』で記憶の海を探れば、出てくる出てくる俺の記憶が。走馬灯のようにばああっと流れていく記憶の数々。そしてそれは母体の中で羊水に包まれているところで止まった。


 いや、俺の記憶を全部思い出してどうする。『超時空操作』だけでは、俺の記憶を遡るくらいしか出来そうにない。となると、更なる工夫が必要か。俺は夢幻香の指輪に火を点けて、『有頂天』状態に没入した。


 そうして拡張された俺の感覚が宮殿を包み込み、大量の記憶が流れ込んでくる。


「っぐ!」


「ハルアキ?」


 と寄ってくるバヨネッタさんを手で制す。


「すみません、この場にいる大量の人間の行動記録が脳に流れ込んでくるので、負荷が……」


「いや、それならもう止めて良い」


 そう言い出したのは武田さんだ。


「ここはコルト王家の宮殿であって、ビチューレ王家の王城じゃないんだ。ここの記憶を探っても意味はない。過去視が出来ると分かっただけ上々だ」


 言われれば確かに。五十年より後に出来た場所に、五十年以上前の記憶が残っているはずはないか。と俺が『有頂天』状態を解除すると、バヨネッタさんが近寄ってきて、ハンカチを差し出してくれた。


「これは?」


「鼻血が出ているわよ」


「え?」


 鼻を拭くと、確かに血が手に付いた。


「これくらい、放っておけば」


「良いから使いなさい」


 とバヨネッタさんに、無理矢理鼻にハンカチを押し当てられてしまった。


「仲が良いのは良い事だよ」


 ミカリー卿も茶化さないで欲しい。


 とここでチーク王が応接室に入ってきた。


「今、よろしいですか?」


「はい、どうぞ」


「? どうかなさいましたか?」


 鼻にハンカチを当てている俺を見て、チーク王が心配そうに声を上げるが、俺は大丈夫ですと手を振ってから、チーク王に続きを促す。


「他のビチューレ血統の王家とも連絡を取り合いましたが、もう少し詳しく調べて見なければ分かりませんが、記されていた文字の複写や、レプリカと言ったものは存在していないようです」


「そうですか」


 役に立てずに残念そうなチーク王。まさか大事だったのはポーション漬けのウサギの方ではなく、それを容れていた金器だったとは夢にも思わなかっただろうからなあ。


「それでつかぬ事をお聞きしますが、五十年前のビチューレ王城って、今どこにあるか分かりますか?」


「ビチューレ王城ですか? 今や城跡としかその姿を残しておりませんが、行っても意味があるかどうか」


 城跡となると、城の姿はもう残っていないと考えるべきかな。跡目争いはそんなに激しかったのか?


「二十年前の大雨で城の地盤が崩れて、その勢いのままに城が崩壊してしまったんだ」


 とデムレイさんが教えてくれた。そっち系か。


「王城の見取り図とかはありますか?」


 俺はチーク王に尋ねた。『有頂天』状態で『超時空操作』による過去視を行うにしても、範囲は絞らなければならない。見取り図で台所の場所が分かれば、そこから醍醐=アルミラージの作り方が分かるかも知れない。普段は管財人が財宝類を『空間庫』で管理しているから、過去視でも分からないと思うんだよねえ。でも台所で作っているなら別だろう。


「それでしたらハーナ王家へお向かいください。ビチューレ王城も王城の見取り図も、ハーナ王家が所有しておりますゆえ」


 ハーナ王家は、ビチューレ小国家群の中でもほぼ中央に位置する国だ。どうやらそこまで行けば王城と見取り図の問題は解決しそうである。しかし、なんだろうなあ、この役所をたらい回しにさせられている感覚。本当にハーナ王家に出向いて、それで問題解決出来るのだろうか?

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