第478話 ニアイコール

「申し訳ありませんが、いくら使徒様のお願いであっても、王城跡地で過去視を行う許可を出す事は出来ません」


 ハーナ王家のビクチュ王は、宮殿の応接室にて深々と頭を下げて、こちらの申し出を断ってきた。ちなみにビクチュ王は女性であった。薄赤色の髪に白髪が混じり、ほうれい線も出ているので、恐らく四十代後半だろう。


「何故か、理由を尋ねても?」


「何故と聞かれましても、王城跡地の探索がしたいのではなく、そこで過去視を行うのですよね?」


 俺は首肯した。


「二十年前まで、我々ハーナ王家はビチューレ王城で暮らしておりました。と申せば理由となりますでしょうか?」


 ああ、それは過去視は無理かも。王家なのだから、過去視によって見られたくない秘密の一つや二つあるに決まっている。それを他国の人間に握られる可能性があるのに、過去視の許可は出せないよなあ。


「世界の命運が懸かっているのだけど」


「バヨネッタさん」


 ビクチュ王に睨みを利かせるバヨネッタさんを言葉と視線で制し、俺はもう一度ビクチュ王と向き合った。


「では質問を変えます。アルミラージの製法はご存知ありませんか?」


「アルミラージ、ですか? その食べ物の名は親より聞き及んでおりますが、製法は五十年前に途絶えたと」


 ここでもか。俺は心の中で嘆息した。


「いや、もしかしたら、我が王家専属の料理人の元でしたら、その製法が残っているやも知れません」


「本当ですか!?」


 思わず声がワントーン上がってしまった。


「もしかしたら……ですけれど。何せ我が王家専属の料理人は、代々ビチューレ王家に仕えてきた料理人一族ですので」


 う〜ん、どうなんだ? と皆の顔色を見遣るが、皆して猜疑的だ。ビチューレ王家の頃からの料理人一族なら、確かに醍醐の製法が受け継がれていてもおかしくない。でもそれなら、現代でもハーナ王家の食卓に醍醐が供されていてもおかしくないはずだ。出ていないと言う事は、製法は途絶えている可能性がある。


「他に行く宛もないのだし、その料理人のところへ行くだけ行ってみてはどうだろう」


 そう提案してくれたのはミカリー卿だ。それはそうた。と俺たちは自分自身を納得させて、その料理人の元に向かった。と言っても同じ宮殿内の調理場に向かっただけだけど。



「アルミラージですか?」


 調理場では俺たちを持て成す為に、料理人たちがせっせと豪勢な料理を作っている最中だった。その料理長に話を聞くと、困った顔をされてしまった。あ、これは知らないな。


「すみません。まさか使徒様がアルミラージをご所望とは存じ上げず」


 いや、知っているのか?


「我が一族でも、アルミラージは乳と酢から作られていると聞き及んではいるのですが、申し訳ありません。既にその製法は失われているで、お出しする事が出来ません」


 やっぱり失伝していたか。…………ん?


「『乳』と『酢』を使うんですか?」


「はい。親よりそのように聞き及んでおり、私も様々な乳や酢を使って、再現出来ないかと様々な組み合わせで試してはいるのですが……」


「どうかしたの?」


 料理長の話を聞いて俺が考え込んでいたからだろう。バヨネッタさんが首を傾げて尋ねてきた。


「いえ、俺の知っている醍醐……アルミラージは牛乳だけで出来ているはずなので、そこに酢を加えると言うのに違和感を覚えて?」


「アルミラージは酢を使わずに作られているのですか!?」


 これを聞いて料理長の方が驚いていた。


「いえ、醍醐の一つ前の段階を蘇と呼び、これはフレッシュチーズではないかと言われているのですが、フレッシュチーズの作り方として、酢を使うのはアリなんです。蘇では使われていませんけど」


「面倒な話ね」


 俺の話に眉根を寄せるバヨネッタさん。まあ、そうなるよね。


「アレクサンドロス大王も王様であって料理人ではないですからねえ。醍醐の、アルミラージの製法に精通していたかと言われれば、それはないでしょう。なのでこちらのチーズ製法からアルミラージを作り出した可能性が高い。そうなるとアルミラージはニアイコール醍醐である可能性が出てきました」


「結局作れない事に変わりはないけどなあ」


 と武田さん。あはは。まあ、そうなんだけど。


「でも、アレクサンドロス大王の知識から、醍醐に近いアルミラージと言う食べ物が作られたと言う事は、俺たちにだってアルミラージを作り出せる可能性があるって話ですよ」


「それは前向きなのか? ヤケになっているのか?」


「あはは……」


 肩を落とすしかない。まあでも、ビチューレ水牛のチーズにアルティニンが反応したのには納得がいった。恐らくビチューレのチーズ製法は酢を使うのが一般的で、ビチューレ水牛のチーズも、モッツァレラチーズのような味だった。あれは水牛乳に酢を加えて作られたモッツァレラチーズのようなフレッシュチーズだったからだろう。そしてこのチーズを更に昇華させたものがアルミラージなのだ。


「乳と酢か。デムレイさん、アルティニンに供物として捧げたチーズは、どの種類が気に入られていましたか?」


「いや、どれだったかなあ?」


 と『空間庫』からメモ帳を取り出し改め始める。


「チーズに反応はしているが、固いのも柔らかいのも、牛、水牛、ヤギ、羊、どれもあまり反応に差がないな」


「となると、酢ですかね?」


「じゃないか? チーズ作りに使われている酢の違い……いやあ、でも酢でそんなに違いが出るか? 乳の方が味に違いが出るんじゃないか?」


「味に違いが出るのはそうかも知れませんけど、効果に違いが出る酢に相当するものなら心当たりがあります」


 俺の発言に皆の視線が集中する。


「ハイポーションです」

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