第479話 簡単モッツァレラチーズ作り
ハーナ王家の宮殿で開かれた晩餐会で、食事を終えた俺たちは、転移門を通って日本にやって来た。
「ここが異世界か」
とデムレイさんを始め、ミカリー卿もカッテナさんもダイザーロさんも街の雰囲気に少し圧倒されている。
「夜だと言うのに、明るいな」
「そうですね。俺の国、特に都心部に近い街だと、明るい傾向にあります。これ、魔力じゃなくて電気で明るくしているんですよ」
「電気で!?」
電気使いのダイザーロさんが驚いている。
とりあえず呆ける四人はそのままに、俺はオルさんの方に連絡して、浅野からもたらされた情報に醍醐の作り方が載っていないかとか、浅野と連絡して醍醐を作れないかとか、尋ねておいた。
それが終われば、まずはモッツァレラチーズ作りから始めてみよう。との話が持ち上がり、俺たちは駅前のスーパーで色々買い込み俺の自宅マンションへ。
「ここが使徒様のお住まいなのですか?」
とカッテナさんがリビングを見渡しながらそうこぼす。
「はは。狭くてびっくりした? これでも俺くらいの歳でしている一人暮らしとして、大きい方なんだけどね」
「いいえ、こちらも変な詮索をするつもりはないんです。あ、チーズを作るんですよね? 手伝います」
気を使ってか率先してキッチンに立つカッテナさん。それに対してバヨネッタさんは勝手知ったる家とばかりに、ソファを陣取ると、テレビを点けて配信チャンネルから『なぎさ*マギサ』を見始めたのだ。それにつられるようにミカリー卿とデムレイさんもテレビに見入る。武田さんは少し離れた場所でパソコンを起動させてFuture World Newsの社員やらと会議を始めている。
「俺も、手伝います」
と言ってくれたダイザーロさんに、お茶とお菓子を載せた盆を渡せば、意味を理解したダイザーロさんが四人の元に行ってお茶とお菓子を供してくれる。
その間に俺とカッテナさんでモッツァレラチーズを作る準備をする訳だが、必要となるのは、牛乳と、まずは穀物酢から作る事とした。
スマホでモッツァレラチーズの作り方を検索すると、『ノンホモでパスチャライズされた牛乳』でなければモッツァレラチーズにならないと書かれていた。何それ?
ノンホモ牛乳とは、ホモジナイズされていない牛乳を指すらしい。じゃあホモジナイズとは? となると牛乳に圧力を掛けて生乳に含まれる脂肪球を砕いて小さく均一にする工程らしい。これをしていないのがノンホモジナイズ牛乳で、脂肪球を均一化させていないので、時間が経つと上部に脂肪分が浮いてきてクリームラインと呼ばれる生クリームの層となるそうだ。このノンホモ牛乳だと振ればバターも作れるらしい。
そしてパスチャライズと言うのは、いわゆる低温殺菌の事だ。日本では牧場で搾乳した生乳は、加熱殺菌されて牛乳として消費者の元に届くのだが、日本で販売されている牛乳の九割は、超高温殺菌と言う120℃から150℃の高温で一秒から三秒と言う短時間殺菌した牛乳で占められている。これには高温かつ短時間で殺菌出来ると言うメリットがある一方、有用な菌まで殺してしまうと言うデメリットがある。その為チーズ作りにはパスチャライゼーション、つまり低温殺菌された牛乳が必要となる。
要するに生乳により近い牛乳が、チーズ作りには求められるのだ。
作り方として牛乳一リットルに対して、穀物酢五十cc。大体一対二十の割合だが、酢の種類によって割合は変わるらしいので、本番のハイポーションでは変わってくるだろう。
そして道具として鍋二つと温度計、ヘラ、大きめのボウルにザルだ。
片方では鍋で水を沸かしながら、もう片方の鍋で牛乳を温める。泡立たないようにゆっくりかき混ぜながら、63〜65℃になるまで温め、適温になったらすぐに火を止める。
そこに穀物酢を入れ、泡立たないようにゆっくりかき混ぜると、固形物(カード)と液体(ホエイ)に分離するので、しっかり分離したらこれをボウルの上にザルを置いて漉す。漉されたカードをモッツァレラチーズにするのだ。ホエイの方も料理やジュースに出来るらしいので取っておくと良い。と書かれていたので冷蔵庫に保管。
でカードをボウルに移して、そこにもう片方の鍋から90℃の熱湯を注ぎ、その熱湯の中で練り上げる。熱いけど、レベル三十代の俺とカッテナさんからしたら大丈夫な熱さだ。普通はゴム手袋とかして練るらしい。この練る段階で伸ばしながら練ると、あのモッツァレラチーズの独特の食感となるそうだ。
チーズから水分が抜けて粘りが出てきたら、それを親指と人差し指で輪を作って丸く引き千切り、氷水で冷やせば完成。
出来立てが美味しいと言う事なので、早速冷蔵庫で冷やしておいたトマトと合わせてカプレーゼにしてリビングに持って行って皆で試食してみた。
「お、旨いじゃないか」
と、バクバク食べるデムレイさん。バヨネッタさんやミカリー卿の評判も良い。バヨネッタさんたちのお世話をしてくれていたダイザーロさんや、自社の仕事を片付けていた武田さんの評判も良い。俺とカッテナさんの評価としても、素人が初めて作ったにしては悪くないものだった。
「でもこれじゃあ、アルティニンの口は開かないんですよねえ」
が俺の一言で「それはそう」みたいな雰囲気になってしまった。
「それだけどな……」
と武田さんが口を開けば、皆の耳目がそちらへ集まる。どうやら武田さんは俺とカッテナさんがモッツァレラチーズを作っている間に、会議だけでなく、色々調べていてくれたらしい。
「醍醐は、本草綱目って十六世紀末に中国で書かれた百科全書的な本にも載っていて、それを元に再現実験とかされているみたいだな。製造工程や結果からだと、バターオイルとかインドのギーより、モンゴルのシャルトスに近い。みたいな感じらしい。んで、その肝心のシャルトスだが、現在もモンゴルでは生産されていて買えるみたいだ」
「え? じゃあ俺が今回やった事は……」
沈黙が場を支配し、それを打ち破るようにバヨネッタさんが口を開く。
「オルからも同様の連絡が入ったわね。アサノはダイゴはバターオイルだと言っているって」
ああ、ちゃんと調べれば良かった。俺はその場で項垂れた。
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