第476話 最上の味

「でも、『貪食』と言う二つ名が付いている訳ですから、情は駄目でも食欲では動くんじゃないですか?」


「供物を捧げる。って言うあの話?」


 俺に確認を取るバヨネッタさんに頷き返す。


「供物作戦なら、俺がもうやったぞ」


 そこにデムレイさんが口を挟んできた。


「そうなんですか?」


「まあな。ハルアキが今言ったように、二つ名として『貪食』が付いているからな。それにこいつの前で飯を食っていると、じろじろ見てくるんだよ。だから、野菜や穀物はもちろん、牛に羊にヤギ、鳥、蛙やトカゲ、オークや飛竜の肉なんかもこいつの口先に置いたし、ウサギも試してみたけど、口は開かなかったな」


「やっぱり駄目じゃない」


 とデムレイさんに同調するバヨネッタさん。う〜ん、良い線いっていると思ったんだけどなあ。


「数とか雌雄の問題とかではないですよね?」


 恐る恐る尋ねると、デムレイさんは肩を竦ませる。もう試した。って事なんだろう。


「一番反応が良かったのが、チーズ類だった事は教えておいてやる」


 それはまあ、俺がチーズソースを作った時に反応していたからな。…………ん? カプレーゼの時にそんな反応していたっけ?


「牛乳も捧げたんですか?」


「乳か。そうだな」


「ヨーグルトやバターも?」


「なんだ? 乳製品がどうかしたのか?」


 俺の質問攻めに首を傾げるデムレイさん。


「いえ、アルティニンがカプレーゼよりも俺のチーズソースの方に良い反応を示していたので、もしかしたらアルティニンはチーズが好きと言うより、乳製品自体が好きなんじゃないかと」


「ほう?」


 俺の発言は皆の興味を集めるのに十分だったらしく、その期待に満ちた目がこちらに向けられている。


「もし、アルティニンが乳製品が好物で、でもチーズでも他の乳製品でも口を開かない。となると、恐らく鍵になるのは最上級の乳製品かも知れません」


「最上級の乳製品?」


 聞き返すバヨネッタさんに首肯する。皆の期待の視線が更に輝くのが分かった。


「はい。俺たちの世界では、それを醍醐と呼びます」


「醍醐って、醍醐味の醍醐か?」


 と尋ね返す武田さんにも首肯する。


「それです。元々仏教用語で、現在では最上とか真髄、味わい深いとかの意味で使われている、その醍醐です」


「醍醐ってそんな昔からあったのか」


 う。武田さんも痛いところを突いてくるなあ。確かに仏教も歴史が長いからなあ。俺はスマホを取り出して調べてみる事にする。


「醍醐は大乗仏教の経典に出てくるみたいですねえ。大乗仏教の成立が紀元前後なので、それ以前、二千年以上前から醍醐があった可能性は高いと思います」


「じゃあ、そのダイゴをこのアルティニン廟に持ってくれば、竜は口を開くと?」


 バヨネッタさんもなんだかんだ乗り気になってきているな。


「可能性はあると思うんですよ」


「じゃあハルアキ、今すぐ日本に戻って、そのダイゴを持ってきなさい」


「無理です」


「何でよ!?」


 俺も持って来れるならばいくら金を積んでも持ってくるのだが、醍醐は無理だ。


「醍醐は、現在では製法が失われ、幻の食べ物とされているんです」


「は?」


「いやあ、これじゃないか? って言う諸説は色々出ているんですよ。ヨーグルトとか、バターとか、チーズとか、一番有力なのがインドのバターオイル『ギー』ですね。でもこれが本当に醍醐なのかは分かりません」


 ああ、あれだけ期待を煽った上でのこの俺の仕打ち。皆の視線が痛い。


「でも、皆さん、失われたのは地球での話です。もし、その製法がこちらの世界に残っているとしたら?」


 俺の問い掛けに皆がハッとする。


「そうか。長年アルティニン廟とともにあったビチューレ王家ならば、そのダイゴの製法が受け継がれている可能性があるのね?」


 バヨネッタさんの言に、皆で顔を合わせて首肯する。あれだけ美味しい宮廷料理を出すのだ。ダイゴが受け継がれていてもおかしくない。そして俺たちはサングリッター・スローンで、コルト王家の宮殿にとんぼ返りするのだった。



「最上級の乳製品でございますか?」


 何でチーク王は俺に対して下手に出てくるのだろうか。まあ、デーイッシュ派とともに新国家を打ち立てようなんて企ててた国家の長だからなあ。それが水泡に帰した今、己の身の振り方に困窮しているのかも知れない。しかし今のチーク王は目を輝かせていた。あれ? この目の輝き、なんか知っているなあ。


「使徒様はその製法をご存知なのですか!?」


 これははっきりきっぱり知らないやつだ。


「いや、こっちが尋ねているんですが?」


 俺の答えに思いっきり肩を落とすチーク王。分かり易い人だなあ。


「申し訳ありません。その乳製品の製法は、五十年前の跡目争いで失われてしまいまして……」


 五十年前までなら伝わっていたのかあ。武田さんを見遣ると、う〜ん? と首を捻っている。五十年前なら、武田さんがビチューレ王家から供されていた可能性がある。


「ガドガンに聞いてみる」


 と通信魔法でガトガンさんと会話する武田さん。数刻やり取りしてハッとした武田さんは、俺の方を向いた。


「それはアルミラージじゃないかって、ガトガンが」


 それにハッとさせられ俺たちは顔を見合わせた。アルは冠詞でミラージの意味が『昇天』。


「そうです! アルミラージです! それこそビチューレ王家より失われし最上の味の名です!」


 俺たちの考えを補完するように、チーク王が興奮気味に声を発した。つまりこっちのアルミラージは昇天する程美味い最上の味の乳製品って事か。


「武田さん、肝心の製法は?」


 逸る気持ちを抑えながら武田さんに尋ねるが、武田さんは残念そうに首を横に振った。


「ガトガンの話だと、製法は王家秘伝なので教えて貰えなかったそうだ」


 くう。だと思ったよ。そして皆と顔を合わせる。


「あれですよねえ。五十年前、アルミラージとなると……」


「ウサギのポーション漬けが入っていた金器に、その製法が記されていたんでしょうねえ」


 俺の言葉をバヨネッタさんが次いで、皆が首肯した。ああ、振り出しに戻ってしまった。

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