第171話 怒髪天を衝く

 西のムチーノ侯爵家は、飛竜の育成で功を成したのだそうだ。だからだろう。オルドランドの西部は飛竜、軍竜の育成に力を入れているそうだ。これまでの西行でも、良く飛竜を見掛けていた。


 何故こんな事を口にしているかと言うと、今、俺たちの上空を飛竜が、背中に騎手を乗せ、群れをなして飛んでいるからだ。南から北へ、俺たちがいる南の猟場を通り過ぎて、オルさんたちがいる宿場町へと向かっていた。


「結構なスピードだな」


 飛竜を見送る祖父江兄は、西行を始めて何度目かの飛竜に、そんな事を口にしていた。確かに速い。まるで急いでいるようだ。俺たちがこれまで見てきた飛竜は、遠くの空を優雅に飛んでおり、これだけ宿場町に近付く事もなかった。一直線に宿場町に向っていると言う事は、何か急用でもあるのだろうか? 何か嫌な予感がして、俺は飛竜の群れを目で追いかけていた。


 そうやって宿場町へ向っている飛竜の群れを眺めていると、火を吹いた。飛竜が、宿場町へ向かって。


「へ?」


 いきなりの事で、アホな声が口から漏れた。いや、そんな事を考えている場合じゃない。町にはオルさんとアンリさんがいるのだ。バンジョーさんは自衛隊や警察の皆さんと北の猟場にいるから大丈夫だろう。いや、バンジョーさんが町にいれば、飛竜に対処してくれていたかも知れない。などと目まぐるしく頭を回転させていたら、


「何しているの!? 町へ急ぐわよ!」


 とバヨネッタさんに怒鳴られ、正気に戻った俺は素早くアニンを翼へ変化させる。そこにイヤリング型の通信機で、オルさんから連絡が入った。


「オルさん!? 大丈夫なんですか!?」


 俺がオルさんと通信をし始めたところで、バヨネッタさんの足が止まる。そこで宿場町に向かった飛竜たちは、一仕事終えたとでも言わんばかりに、西へと飛び去っていく。


『僕は大丈夫なんだけど、アンリが……』


「アンリさんが!?」


 俺がそう口にした段階で、バヨネッタさんがバヨネットに乗って町へと飛び去った。


「アンリさんがどうしたんですか!?」


 最悪の事態が頭をよぎる。


『外で買い物をしていたのだが、飛竜の火炎で崩落した屋根の下敷きに!』


 頭が真っ白になる。


「だ、大丈夫なんですか……?」


『足に火傷と骨折を負ったけど、命に別状はないよ』


 ホッと安堵の溜息が出る。それくらいならばポーションがある。ハイポーションを使ったって良い。命には代えられない。そう思っていたところに、オルさんとの会話に雑音が混ざってくる。悲鳴が奥で聞こえているのだ。


「オルさん!?」


『馬だ! 騎馬に乗った奴らが、町に入ってきて暴れていやがる!』


 クソッ! 次から次へと!


「オルさん! すぐ行きます!」


 俺がアニンの翼を大きく広げ、空へと飛び立とうとしたところで、通信機越しに、何者かがオルさんへ近付いてくるのが分かった。カチャカチャと鳴らされる鎧の音が、一歩一歩近付いてくる。クソッ、今から行って間に合うのか!? そう思っていると、


 ダァンッ!!


 通信機越しに銃声が鳴り響いた。


『バヨネッタ……様』


 オルさんの、心底助かった。と言う声が聞こえてきた。良かった。バヨネッタさんが間に合ったのだ。なら俺のやるべき事が変わる。


 俺はその場から飛び立つと、一路西へ向かう。飛竜の群れを追い掛ける為だ。あいつら、ふざけた事しやがって!


 俺の思いに呼応するようにアニンのスピードが上がる。グングンと飛竜たちへと追いすがる。飛竜の群れは、まさか自分たちを追ってくる者がいるとは思わなかったのだろう。一仕事終えたので、スピードを落とし始めていた。これなら追い付ける。


 が、一頭が振り返り、俺が後ろから追っているのがバレてしまった。飛竜は全部で九頭もいる。一頭でも倒すのが面倒なのに、それが九頭。それでもここで退く訳にはいかない。


 群れの最後尾の飛竜がこちらへ振り返り、口から火炎を吹き出した。それを右に避ける。それに気を悪くしたその飛竜は、他の八頭を先に行かせようと、俺の前に立ち塞がる。


「ちっ」


 思わず舌打ちが出る。こんなところで足止めをくっている場合じゃない。俺は『時間操作』タイプBを使って加速すると、完全に虚を突かれた飛竜の首を、アニンの黒剣で斬り落とした。墜落していく飛竜と騎手を横目に、俺は残る八頭を追う。


 八頭は驚き、その逃走の翼を止めて、こちらへ向き直る。やる気のようだ。望むところ! と八頭の飛竜目掛け、俺が更に加速しようとした時だった。


 空がいきなり黒雲に包まれたのだ。いや、包まれたと言う表現は間違いだ。周囲を見ると、八頭の飛竜の上にだけ、真っ黒な雲が出来ていたからだ。


 何事か!? 驚いているのは俺だけではなく、八頭の飛竜やその騎手たちも同様だった。上を向き、何が起きているのか、と身構えている。何が起きてもすぐに反応出来るようにだ。


 だがそれは無駄に終わった。何も起こらなかった訳ではない。八頭の飛竜は何も出来なかったのだ。


 ズドーーーーーーンッッ!!!!


 眼前が一瞬明滅し、直後に轟音が鳴り響く。落雷が八頭の飛竜に直撃したのだ。それだけで致命的だと言うのに、事はそれで終いではなかった。


 竜巻が起こったのだ。黒雲から旋風が降りてきて、八頭の飛竜を巻き込み、高速で回転していく。飛竜たちはその竜巻によってもみくちゃにされながら、地面へと叩き落とされた。


 何が起こったのか理解が出来なかった。俺は地面に降りると、叩き落とされた飛竜や騎手たちを見遣る。皆絶命していた。上を見れば、既に黒雲はなく、空は秋らしく晴れ渡っている。


 そしてそこに一人、何者かの影か浮かんでいた。


 何やら棒のような物に乗ったその者は、段々と下に降りてくる。一瞬バヨネッタさんかと思ったが、どうやら違うらしい。何故なら、その者はスカートではなくスボンを履いているらしいからだ。


 そうして俺の眼前まで降りてきたのは、初めて見る人物で、服装は燕尾服。紫の坊主頭で、紫の瞳、口で煙管キセルを吹かした、女性だった。

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