第172話 旧知の仲
眼前で空に浮きながら俺を見据えているのは、紫の坊主頭に燕尾服を着た、『女性』である。何故女性だと分かるのかだって? 胸を見れば分かる。今まで出会ったどの女性より大きい。
女性は煙管を吹かせていた。金銀魔石で装飾された美しい煙管である。
「やあ、少年。おねえさんと少しお話しないかい?」
距離感が近い。女性はいきなり鼻と鼻がくっつきそうな程近付いてきたかと思ったら、女性としては低い、その美声でそう話し掛けてきた。
「お話、ですか?」
俺は目を逸らしながら声を絞り出した。
「ああ。……何故目を逸らすんだい? 何か、やましい事でもあるのかなあ? 例えば、今君の足下で息絶えている竜騎士たちと関係があるとか?」
成程、この女性は、俺とは別ルートでこの飛竜たちを追っていたのだ。そしてその飛竜たちを追っていた俺が、こいつらの仲間かどうか見定めようとしている訳か。
「いえ、俺はこいつらの仲間ではありません」
「本当かなあ? なら、なんでおねえさんと目を合わせないのかなあ?」
「いや、それは、目を合わせないと言うか、近いから……」
「近い? 何が?」
更にぐいぐい近付いてくる女性。ああ、もう! 近いって!
「だから、胸が……」
「胸? …………ふふっ、あっはっはっはっ。そうかそうか、私の胸が近くてドギマギしていたのか? これは失礼したね」
めっちゃ大笑いされた。だが、意図は伝わったのだろう。女性は俺から適当な距離離れてくれた。ふう。やっと胸から解放された。
「そんなに残念そうに見るなよ」
そう言って胸を隠そうとする女性。
「見てません!」
「そんな事言って、触ってみたいんじゃないのかい?」
「はあ?」
「何なら、おねえさんとイイコトする?」
「はあ!?」
「ふふっ、あっはっはっはっ。冗談だよ。顔真っ赤にして、カワイイ〜!」
何なんだこの女性は? 人の事からかって。ぐっ、どうせ俺は彼女いない歴年齢の男ですよ。
「さて、少年。少年はこの竜騎士たちと無関係。って事で良いのかな?」
ひとしきり笑った女性は、目を据えて俺に尋ねてきた。
「無関係です。そもそも、こいつら竜騎士だったんですか? 賊だと思って追い掛けてきたんですけど」
「賊? どこの世界に飛竜に乗って暴れ回る賊がいるって言うのさ?」
それはそうだけど、バヨネッタさんの前情報によるものかも知れない。賊が最近暴れていると。
「まあでも、ここまで落ちぶれてしまっては、賊と変わりないかも知れないね」
「はあ? それはどう言う……」
と俺が女性に尋ねようとした時だった。
ダァンッ!
一発の銃弾が俺と女性の間に撃ち込まれたのだ。その入射角から空を見上げれば、そこにはバヨネットに乗ったバヨネッタさんが浮いていた。そしてそのバヨネットには、ロープで男が吊るされていた。誰その男。
「ハルアキから離れなさい。賊め!」
ゆっくりと降りてきたバヨネッタさんは、乗っているバヨネットの銃口を女性に向ける。
「あら? ティティじゃない」
が、銃口を向けられた女性は、あっけらかんとそう口にしたのだった。ティティ?
「は!? 何で私の名前を知って……、ってオラコラ? あなたオラコラなの?」
女性をマジマジと見遣り、驚くバヨネッタさん。どうやら二人は知り合いであったらしい。
「そうよ。久しぶりね。あなたが魔女島を出奔して以来かしら?」
出奔?
「出奔って何よ!? あの島に私の求めるものがなかったから、出ていっただけよ!」
「まあ、そう言う事にしておいてあげても良いわよ」
「しておいても何も、それが真実よ!」
「はいはい」
何と言うか、オラコラと呼ばれる女性の方が、バヨネッタさんをあしらっているように見える。いつも、居丈高なバヨネッタさんが、返答に窮している姿は不思議な感じだ。
「何見ているのよ、ハルアキ。見世物じゃないのよ」
ええ!? この状況で見るなって方が無理があるでしょう。
「おやおや、この少年はティティの知り合いだったのかい?」
「そうよ。って私の事をティティって呼ばないで。今は私、バヨネッタって名乗っているの?」
ティティ。可愛いと思うけどなあ。バヨネッタさんには可愛過ぎるかも? 失礼か。
「バヨネッタ? 似合わないなあ」
「似合っているわよ!」
何とも微笑ましい光景である。
「生暖かい目を私に向けているんじゃないわよ」
バヨネッタさんに怒られてしまった。
「おやおや、自分の彼氏に対して、キツい物言いだね?」
「彼氏じゃないわよ! ただの従僕よ!」
「そうなのかい?」
とオラコラさんは俺に視線を向けてくる。
「そうですね。少なくとも男女の仲ではないですね」
「なんだ、つまらないなあ。ティティは昔からそちら方面は苦手だったからねえ。やっとお相手を見付けたのかと思ったのに」
「煩いわね! 男なんて、私が本気になればすぐに落としてみせるんだから!」
「へえ」
オラコラさんはそう返答しながら、俺へと近付き、肩へ手を回し、その肢体を密着させてくる。
「君のご主人様、あんな事言っているけど、君はどう思う?」
「ハルアキ! そんな女相手に顔を真っ赤にするなんて、破廉恥よ!」
破廉恥と言われましても。顔が赤くなるのは、俺にはどうしようもないのですが。顔が真っ赤なのも恥ずかしいし、それを指摘されるのも恥ずかしい。
「ふふっ、あっはっはっはっ。カワイイわね。我が妹は」
「妹!? オラコラさん、バヨネッタさんのお姉さんだったんですか!?」
「違うわよ!」
否定したのはバヨネッタさんだ。全力否定が逆に怪しい。
「はあ。オラコラは私の母に弟子入りしていたの。言わば私の姉弟子なのよ」
成程。それでお姉さんなのか。
「まあ、そう言う事よ」
と俺の耳に囁くオラコラさん。その美声が耳をくすぐる。
「何をやっているのよ、オラコラ! 大体、あなた何でこんなところにいるの!?」
「ふふっ、怒らないでティティ。折角カワイイ顔なのに、怒っては台無しよ」
「茶化さないで!」
真剣な眼差しのバヨネッタさんに、俺の横のオラコラさんも真剣な面持ちとなる。
「ティティ、あなたもこの竜騎士たちを追ってここまで来たのよね?」
「竜騎士? 賊でしょう?」
「まあ、この際、賊でも竜騎士でも良いわ。大事なのは私たちは共通の相手を追っているって事。ねえ、ティティ。私と手を組まない?」
バヨネッタさん相手に、嫣然一笑するオラコラさんだった。
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