第374話 意趣遺恨

 人間五十年、下天の内にくらぶれば、夢幻の如く也。


 これは幸若舞こうわかまいと言う室町時代に流行した民族芸能の演目『敦盛』に出てくる一節で、モチーフは若くして源平合戦で討ち死にした平家の武将、平敦盛。これを好んでそらんじていたと言われるのが織田信長だ。


 下天は仏教世界に出てくる天上界の一番下位で、下天での一昼夜は人間世界での五十年だと言われている。これに掛けて人間の人生なんて儚いものだと唄ったものだ。ちなみに信長は『下天げてん』と唄ったが、実際の幸若舞では『化天けてん』だそうで、それだと一昼夜が八百年になるそうだ。


 そんな『敦盛』を小太郎くんに唄われた俺は、どんな顔をすれば良いのか。


『笑えば良いんじゃないか?』


 アニンめ、日本に毒されやがって。


『どちらかと言えば、ハルアキに。だと思うが』


 くぅ、反論出来ん。まあ、今はその問題は置いておこう。俺は周りを取り囲む忍者軍団の動きに気を払いながら、小太郎くんへと話し掛ける。


「要するに、その五十年ってのは、掛詞かけことばだ。って言いたいんだろ? 五十はレベルの上限である五十だと」


「そう言う事だ。武田のおっさんがそうだったように、レベル五十を超えた人間は、神の差配で特殊な転生が可能となる」


 武田さんは記憶とスキルを継承して転生したからな。


「つまり、あの本能寺の変は明智光秀による謀反ではなく、小太郎くんたちの宗主である天海が仕組んだ異世界転生の儀式だった。と言いたい訳か」


 鷹揚に首肯する小太郎くん。信じられん。


「何故そこまで信長に肩入れしたんだ? まるで信長が……」


 身内であるかのようだ。そこでハッとした。そして小太郎くんはそれに目敏く気が付き、口角を上げる。


「そうだ。織田信長は我々マリーチのすえに列ぶ。一族の一人だよ」


 マリーチの裔。それが小太郎くんたち一族の名か。小太郎くんたち忍者軍団が『マリーチの加護』を持っているのも、バヨネッタさんたち魔女島の魔女が、その特殊な生まれ育ちから、『限界突破』の魔女固有スキルを使用出来るのと同様なのだろう。


「しかし、何がどう繋がっているんだ? 確かに信長は明智の血筋である濃姫を娶っているが、だからってそれが一族だと言えるのか?」


「信長の母がこちらの人間なんだよ。言わば信長は我ら一族とのハーフと言う訳だ」


 信長の母と言うと織田信秀の継室、土田御前か。確か出自不詳で素性が定かでない人物だったな。一説では六角氏に連なる人物だとか。六角氏? それって信長が倒した甲賀の忍者を擁していた武将だよな?


「どうやら分かったみたいだな」


 信長と甲賀忍者との繋がりは分かった。何で信長が六角氏を倒したのかは分からないが。


「繋がりは分かった。だがそもそも信長は、どうやって魔物のいないこの地球の極東で、レベルを五十まで上げたんだ?」


「数こそ少なくなっていたが、織田信長の時代までは魔物はいた。豊臣秀吉の治世で、刀狩令の裏で魔物狩令が施行されてな、それで日本の魔物は絶滅したんだ」


 へえ。そんな事が日本史の裏で行われていたのか。


「いや、だとしても、少ない魔物でレベル五十まで上げるのは至難の業だろ。信長が死んだのが四十九歳だったとして、その歳までにレベルを五十まで上げられるかな?」


 俺の疑問に、小太郎くんは無表情だったが、周りを固める忍者軍団がニヤニヤといやらしい笑い方をする。


「その答えを、ハルアキは嫌と言う程その身で味わってきていたと思っていたがな」


 俺が? 嫌と言う程味わってきた?


『『狂乱』だろう』


 まるで当然のようにアニンがこぼす。ああ、そうか。魔王だもんな。何故だろう、すっかり失念していた。成程、『狂乱』か。それなら…………いや、それだけじゃあ、レベルを上げられないか。織田信長は武将だが、本多忠勝や鬼島津みたいな前線で戦うイメージがない。どちらかと言えば司令官タイプのイメージだ。となると……、


「『狂乱』と……『信仰』か」


 これで満足か? と小太郎くんを見遣れば、何とも不服そうに顔をしかめていた。だがその顔が、俺の言が正解だと物語っている。『信仰』か。アンゲルスタのドミニクには手を焼かされた。この二つのスキルを持っているなら、信長のレベルが五十に達したのも頷ける。


「織田信長は、生まれついての魔王なんだよ。あの男は『狂乱』を使いこなし、『信仰』で信者を増やし、正に魔王として覇道を歩んだ男だ」


 表情を消して、しかし吐き捨てるように言葉を放つ小太郎くん。魔王か。確か向こうの世界では、たとえ魔王として生まれた訳でなくても、『狂乱』のスキルを持つ者を魔王と位置付ける事があったはずだ。それだけ危険な『狂乱』を、使いこなしていたのか。そう言う意味では織田信長は確かに魔王なのだろう。


「それで、一族から生まれた待望の魔王を、レベル五十まで育てたところで、満を持して向こうの世界に送り込んだ訳だ?」


「そうだ。下らない一族だろう。自分たちを排除した世界に執着し、一代で終わらなければ子に孫に、子々孫々に渡って血道を上げて復讐を果たす。怨念なんて生易しい、人間の黒い部分を煮詰めて凝縮させたようなおぞましい生き物。それが俺たち一族だ」


 きっと小太郎くんは自分の一族の事が嫌いなのだろう。どうしようもなく嫌いで、それでも、その身に流れる血には逆らえないのかも知れない。だから感情を消して、退路を断って、未来を放棄して、俺と対峙する道を選んだんだ。


「小太郎くん」


「何だよ」


「悪いけど、君ら一族の思い通りにはならないよ。何故なら、俺たちが魔王ノブナガを倒すからね」


「出来るのと思っているのか?」


「今から証明するよ」


 言って俺は右手に白い剣を顕現させて握り締めた。

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