第332話 レベル上げと言う名の閑話(前編)
日本に十六基ある天賦の塔のうちの一基が、我が家の最寄りの駅から電車で西に一時間半程の場所にある。天賦の塔第八基だ。絶賛愛称募集中らしいこの塔は、罠より魔物が強い事で知れている。
閑散としていた住宅地だったこの街は、今や街を上げてのお祭り状態だ。天賦の塔への挑戦者が定宿とする為や、天賦の塔を一目見ようとする者の為のホテルや、挑戦者や観光客相手の商売をしようとする者の店が次々と建設されていく。これらの建設従事者相手の商売もなされており、これが建設ラッシュと言うやつか。と電車から一歩街へ降りた瞬間から、街から吹き上がる熱に驚いたものだ。
塔から半径二キロメートルは国有地との事なのだが、この街では塔が建ったのが街の西の外れの方だったので、住民の誘導は速やかに完了したそうだ。まあ、魔物が住んでいる塔だから、万が一塔から魔物が出てきた時の事を考えれば、住居を移すのも当然の話だろう。桂木の話では、この街が新興住宅地で、土地に愛着が少なかったから。と言うのが理由の一つらしく、他の土地では、代々その土地に暮らしてきた人々などがおり、退去交渉の難航している土地もあるそうだ。
現在、天賦の塔の周囲二キロメートルは、有刺鉄線が張り巡らされており、今後は順次、魔法陣の描かれたコンクリートの分厚い壁に置換していくようだ。
天賦の塔には八ヶ所の出入口がある。基本的には一ヶ所は初心者用入口で、後の二ヶ所は再挑戦者用入口となっている。そしてもう一つが政府関係者用入口だ。この天賦の塔第八基の場合、東の入口が初心者用入口で、東南が出口となっている。で、北と南が再挑戦者用入口で北東と南西が出口だ。初心者用から一番遠い西の入口が、政府関係者用入口となっていて、北西が出口となっている。
入口を分けて何が違うのかと言えば、実は別に違いはない。初心者が西の入口から入ったとしても、天賦の塔内部は初心者用の通路となって魔物も出てこなければ、罠も作動しない。北と南も同様で、つまり誰がどこから入ったところで、その人間のレベルに合った塔内環境となるのだ。
ただし問題はある。それは数名でパーティを組んで塔内へと挑戦する場合だ。パーティの合計レベルで、塔内環境はがらりと変わってしまう。それは五ずつ違うと言われていて、初心者は一人から五人パーティで行動する事を推奨されている。
その為、万が一にも初心者の中に経験者が混じらないように、初心者と再挑戦者とでは入口が分けられているのだ。
では政府関係者用の入口は何故あるのか。塔内で行方不明となった人間の救出用? かと言われればそんな事はない。何故なら、塔内は基本的に侵入すればパーティ以外の他者と出会う事などないからだ。塔の入口には半透明の膜が張られており、この膜が塔の内外を隔てている。
膜を同時に、または十秒以内に先行者と同じ膜を通り抜けると、同じ塔内へ行けるのだが、この十秒を過ぎてしまうと、同じパーティを組んでいたメンバーであっても、塔内部で出会う事は出来ない仕様になっている。こう考えると、なかなか厳しい仕様だ。塔内部で誰かが罠に囚われ、脱出が困難になったとして、塔外部にその助けを求める事が出来ないのだから。
それでも、天賦の塔は人気がある。この塔に行けばスキルが手に入る。きっとそれは自分の人生を劇的に良い方向へと変えてくれる。そんな妄執に囚われた人間たちを、おびき寄せる蟻地獄のようだ。
「お疲れ様です」
ぐるりと塔を囲う有刺鉄線を回って、西の政府関係者用入口前まで来た俺は、政府から発行された特別通行証を入口の守衛さんに見せる。
「はっ! お話は聞いております! 中へお通りください!」
敬礼する守衛さんへ俺は一礼すると、塔の入口の膜を通過する。前にも一度この膜を通ったが、一瞬ゾワッとするので嫌な感じだ。
政府関係者用入口。それは表向きは自衛隊員や警察官など、政府関係者が研鑽を積む為だったり、政府から特別に依頼を受けた調査隊などが塔内部の調査をする為の特別入口となっているが、こうやって俺のような人間に便宜を図る為だったりもする。俺のようなはぐれ者にはありがたい事だ。
地を駆ける巨竜。空を翔る飛竜よりも巨大な、ティラノサウルスを彷彿とさせるその威容に、俺は一瞬心の中で怯んでしまったが、それも一瞬の事。大顎が千切れんばかりに開かれてこちらへ向かってくるのを、ただ立ち尽くして待つ馬鹿じゃない。
大顎が鋭い牙で俺を喰らわんと閉じられる瞬間、地を蹴って空へと舞い上がる。軽く蹴ったつもりだったが、それでもビルの屋上に到達出来る程の大ジャンプとなってしまった。アニンの力の開放によるものか、坩堝を全て開放したからか、それとも黒のボディスーツの力なのか、いや、全部か。
『闇命の鎧』のウイルス退治後、俺は天賦の塔に初めてやって来た。更にスキルが欲しい。と言うより、レベルアップが目的だ。レベル四十の俺では、魔王討伐において足手まといになりかねない。この半年間でレベルを五十以上まで上げるのは、俺の急務なのだ。
飛び上がった中空から見える塔内の風景はまるでジャングルのようで、鬱蒼とした木々が密林となってどこまでも広がり、遠くにはメキシコのテオティワカン遺跡を思わせるピラミッドが見える。高い温度と湿度に、じわりと身体に汗がにじみ、また背中を汗が流れる。
ボンッ!
風景にホッと一息していたところへ、爆破音が下から響く。見れば先程の巨竜がその口からエネルギーボールを吐き出していたからだ。
ゴツゴツとした鱗に覆われ、姿は古代の恐竜に似ているが、エネルギーボールを吐き出すと言う事からも、こいつがそれとは違う事が分かる。いや、もしかしたら古代の恐竜たちも火を吹いていたかも知れないけどね。
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