第435話 報連相

「セクシーマン様、テイニー卿が面会を希望されております」


 声は使用人の紳士のものだ。テイニー枢機卿が面会したいと言う。確かに扉の向こうには数名の気配がある。


 静まり返る会議室内で、俺たちが武田さんを見遣ると、首肯で返してきた。


「どうぞ」


 武田さんが扉の向こうへ声を掛けると、開かれた扉の前に、ふっくらした女性が立っていた。髪色は赤紫でところどころに白髪が生えている。


「面会に応えて頂き、ありがとうございます」


 柔和な態度の女性は、四人の供を引き連れて入室すると、武田さんに恭しく頭を下げた。


「いえ、お気になさらず。それで今回はどうしました?」


 武田さんは椅子に座るように促し、俺が五人分のお茶を用意する。テイニー枢機卿は出されたお茶を一瞥しただけで手を付ける事なく、一度バヨネッタさんの方へ視線を送ってから、武田さんに話し掛けた。


「本当にそちらの魔女様を、この聖伏殿へ招き入れたのですね」


 片手を頬に添えて嘆息するテイニー枢機卿。


「まずかったか?」


「いえ、猊下の望みですから、出来るだけ叶えて差し上げたいとのお気持ちは分かります。ですが、事態が事態ですから、周りの者からなんと言われるか」


 奥歯に物が挟まったような物言いだ。


「私たちが入殿した事の何が問題なんでしょう?」


 俺が丁寧に尋ねれば、テイニー枢機卿はその柔和な態度を崩さず、答えてくれた。


「今現在、猊下襲撃の直後と言う事もあり、猊下のご病気の事は公表されておりません。そのような時期に、異教徒である魔女が入殿したと噂が上り、更に猊下のご病気が発覚でもすれば、猊下のご病気を魔女の呪いと受け取る信徒もいる事でしょう」


 そんな馬鹿な。と言い切れない事はアンゲルスタの一件で学んだ。人間の中には、たとえ事実に反していても、それが間違いであろうとも、耳心地が良く、もっともらしい言説であれば信じてしまうのだ。


 実際にはバヨネッタさんが聖伏殿に来るより前にストーノ教皇は癌になっていた訳だが、その事実を知らない。または信じたくない者からしたら、バヨネッタさんがやってきて呪いを振り撒いた事で、ストーノ教皇が癌になった。と解釈出来る余地が、今の状況にはあるのだ。


 それは他者との調和を是とするコニン派には痛手であり、排斥的なデーイッシュ派からしたら、それ見た事か。と信徒や国民に訴える好機となる。


「面倒臭いわね」


 バヨネッタさんがそれを聞いて、窓の外を見ながら溜息をこぼした。


「魔女様が悪い訳ではありませんが、このような事態ですので、今日のところはお引き取り願います」


 テイニー枢機卿はこちらに念を押すと、供を連れて会議室を去っていった。


「態度は柔らかかったですけど、歓迎はされていませんね」


 俺は、結局飲まれなかったお茶を片しながら、テイニー枢機卿の人物評を口にする。


「そうね」


 バヨネッタさんは未だに窓の外を見続けている。見れば窓の向こうには、天を突く程に高い山嶺がそびえていた。あれがセクシーマンだろうか。


 そんな事を考えていると、またも扉がノックされる。


「セクシーマン様、マッカメン卿が面会を希望されております」


 次はマッカメン枢機卿か。


「いやあ、あなたが魔女バヨネッタ様ですか。お噂はかねがね聞いております」


 供を連れて入室したマッカメン枢機卿は、武田さんへのあいさつもそこそこに、バヨネッタさんへと歩み寄ると、握手を求めてきた。禿頭で中年太りした男性相手に、バヨネッタさんは面倒臭そうに握手を交わす。


「ハッハッハッ。本来であれば、宴席の一つも設けて、あなたの冒険譚をお聞きしたいところですが、今はそれも出来ない状況でしてな」


「分かっているわ。すぐにこの国から出るから」


「ハハア、事態は既にご存知でしたか。でしたら何か困り事が起こりましたら、私をお頼り下さい」


 マッカメン枢機卿の言葉に首を傾げるバヨネッタさん。


「私は議会にも出席しておりますからな。今後あなたに不利益が出るような事態になれば、私が力になると約束しましょう」


「何でそこまで?」


「デーイッシュ派の一掃は、コニン派の長年の夢でしたからな。それに間接的にでも関与された恩人に力を貸す事に、何の躊躇いがありましょう。では、私は仕事が詰まっておりますので」


 言ってマッカメン枢機卿は部屋を辞した。


「せっかちな人でしたね」


 俺のマッカメン枢機卿に対する人物評だ。結局彼は一度も座らず、俺が出したお茶に口を付ける事もなく、すぐに立ち去っていったのだ。


 そして三度目のノックが鳴らされた。


 老紳士の案内で入室してきたのは、ゴウーズ首席枢機卿だ。丸眼鏡にグレーの髪をオールバックにした、痩せ型の神経質そうなおじさまである。


「何か?」


 武田さんやバヨネッタさんだけでなく、バンジョーさんやガドガンさんなど、一通りにお辞儀したゴウーズ首席枢機卿は、当然の用に俺にもお辞儀をして、その姿を見詰めていた俺の姿を不思議に思ったのか、真っ直ぐこちらを見詰めて問い掛けてきた。


「いえ、ゴウーズ卿に何かあると言う訳ではなく、続け様に枢機卿がお越しになられたもので」


「……成程。それは先程まで枢機卿が集まって会議をしていたからだな。君らがどれくらい今の状況を知っているのかは分からないが、この国もデウサリウス教も退っ引きならない状況なのだよ」


 とゴウーズ首席枢機卿は、椅子に座ると眉間にしわを寄せて難しい顔になる。


「大変なんですね」


 俺がお茶を出すと、余程喉が渇いていたのか、供が止めるのを制して、くいっと一口呷るゴウーズ首席枢機卿。


「それで? 首席枢機卿自ら、何の用があって来たんだ?」


 武田さんの言葉に深く頷くと、ゴウーズ首席枢機卿は口を開く。


「セクシーマン様に力を貸して欲しい」


 単刀直入な物言いだが、直入過ぎて意味が分からない。


「何があったんだ?」


「何があったんだ? 私の前に誰だか枢機卿が来たのだろう? 何の話をしたんだ? デーイッシュ派の動きに関してじゃないのか?」


 どうやら、デーイッシュ派が何か企んでいる。と言う事らしい。


「いや、ストーノの病状についてだけだ」


 武田さんは首を横に振るう。正確にはそれはテイニー枢機卿の話で、マッカメン枢機卿は、困り事があれば助ける。とだけ口にしていた。


「…………そっちか。それも大事だが、デーイッシュ派の動きがかなり大きなものになりそうなんだ」


「デーイッシュ派が?」


「ああ。今回の件で中枢からデーイッシュ派を一掃しただろう?」


 ゴウーズ首席枢機卿の言に、俺たちは首肯する。


「やり過ぎたんだ私たちは。中枢から一掃したが為に、奴らが地方で集まり、新たなデウサリウス教を興そうとしているとの情報がもたらされた」


 ああ、宗教的アプローチが違い過ぎて、共存するくらいなら俺たちの宗教を作ろうって話に発展したのか。

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