第434話 驕る平家は久しからず
「俺はこの国の現行政治、しかも宗教政治となると、詳しくない」
武田さんは明言を避けてバンジョーさんを見遣る。
「ボクも基本は国外での情報収集などが仕事だから、伝聞から本国の情報を聞く事が多いんだ」
とバンジョーさんはガドガンさんを見遣る。確かにガドガンさんなら、ストーノ教皇の近くに仕えていた訳だし、枢機卿三人の情報にも通じているかも知れない。ガドガンさんを見遣ると、頷いて話し始めてくれた。
「ゴウーズ首席枢機卿は、最近猊下の指名で首席になられました。それまではデーイッシュ派の枢機卿が座られていましたが、日本との外交の失敗、信徒からの突き上げ、そしてトドメに今回の教皇暗殺計画への加担で投獄され、新たにコニン派から選出されたのがゴウーズ首席枢機卿です」
近々で首席になったのか。ストーノ教皇から選ばれたと言う事は、その覚えがめでたい人なのだろう。
「どう言う人物なの?」
「えっと〜、普通?」
バヨネッタさんの質問に首を傾げて答えるガドガンさん。いや、普通って。
「ここで働いていると、何故ゴウーズ枢機卿が首席に選ばれたのか。と不思議がる声がそこかしこで耳に入ってきますし、私も選ばれるならテイニー枢機卿だと思っていました」
「テイニー枢機卿、ですか?」
俺の言にガドガンさんは首肯し、その人物像を話し始める。
「テイニー枢機卿は猊下の一番弟子と言われているお方で、いつも柔和な笑顔を絶やさず、我々のような立場の者にも物腰柔らかに応対してくださるお方です。猊下のお茶友達でもあり、良くこの聖伏殿の庭で、お二人でお茶をしておられました。せっかくデーイッシュ派からコニン派の治世を守りきったのですから、その後釜は当然テイニー枢機卿であろう。と私も思っていました」
話を聞く感じだと、確かにテイニー枢機卿でもおかしくないけど、ストーノ教皇が公私をしっかり分ける人なら、逆にテイニー枢機卿を選ばなかった可能性もあるな。
「マッカメン枢機卿は?」
「マッカメン枢機卿は、どちらかと言うと政治畑の方ですね。このモーハルドの長は当然ストーノ教皇猊下なのですが、国家を動かすのはデウサリオンではなく、マルガンダにある政府です。マッカメン枢機卿はそこで議員もなされています」
地位としては教皇は戦前の天皇とかイギリスの王に近いのか。普段は何かするでなく政府に任せて、いざ何かあれば前に出てくる感じかな。いや、聖伏殿でも会議があるそうだから、それもちょっと違うか。
「マッカメン枢機卿が政治に足を突っ込んでいる事について、聖伏殿やデウサリオンでは何か言われているの?」
「いいえ。デーイッシュ派の枢機卿や司教などの中にも議員はいましたから、対抗する為にも、コニン派から議員は出しておかなければなりませんでした。でなければ、国内はデーイッシュ派のやりたい放題となっていましたから」
モーハルド教国に政教分離の考え方はないのだろう。だから宗教関係者が政治に参入する事に別に忌避感はないようだ。
ガドガンさんから三人の人物像を聞いた感じ、ストーノ教皇はゴウーズ首席枢機卿を推し、ガドガンさんはテイニー枢機卿を推しているのが分かる。マッカメン枢機卿は分からないが、政治的手腕を持っているなら、票を稼ぐ事は得意そうに思える。
順当に行くとゴウーズ首席枢機卿かマッカメン枢機卿だろう。誰が次期教皇になっても、コニン派の治世は続く。本当にそうか? それなら何故武田さんはここに残るつもりなんだ?
「武田さんは、今回の選挙で不正が行われると思っているんですよね?」
唐突な俺の質問にも、武田さんは予想していたのか、頷き返してきた。
「未だにデーイッシュ派が裏で動いているようでな。この教皇選挙は奴らにとって絶好の機会なんだ。何か仕掛けてくるならここだろう?」
それはそうだろうな。今までのデーイッシュ派による強引なやり口を見るに、奴らが何もしないとは思えない。
「同じ神様を信仰しているのに、何でデーイッシュ派はあんなに過激なんですかねえ?」
「そもそもデーイッシュ派との因縁は深いからな。昔は教皇選出は選挙ではなく指名制だったんだ。だが最後に指名制で選出された教皇が次期教皇を指名する前に早逝されてな。そこで次期教皇として選挙に名が挙げられたのが、コニンとデーイッシュだった」
ありがちな跡目争いか。
「コニンは調和派で、他宗教ともぶつかるのでなく、話し合いの中で信仰を浸透させていく考え方だった。他方デーイッシュは排斥派だった。自分たちの教えと対立するなら、他宗教だろうと他派閥だろうと戦う。と言うのがデーイッシュの考え方だ」
「強引ですね。誰も付いてこないんじゃないですか?」
「教皇に選ばれたのはデーイッシュだった」
「は?」
何で? デーイッシュのやり方が人を幸福にするとは思えない。
「当時の時代がそうさせたんだ。コニンとデーイッシュの時代は、そこかしこで戦争をしており、また魔王の出現で人類が魔族や魔物に怯えて生きていた時代だった。そんな時代に求められるのは、強いリーダーシップを持った人物だ。デーイッシュはそのカリスマで国内をデウサリウス教に統一すると、信徒の信仰心に訴えて国に強力な軍隊を作り出した。信仰心からくる意志の統一された軍隊は強力で連戦連勝。デウサリウス教を信仰すれば、外敵に怯える生活から脱する事が出来ると、信者は増えていき、周辺諸国も吸収していき出来上がったのがモーハルドだ」
それだけで英雄譚が出来そうだな。
「だが平和な時代となると、デーイッシュ派の強引で排斥的な信仰は周辺諸国からは脅威と映り、その信仰のあり方の違いから、戦争になる事もしばしばだった。そこで再び脚光を浴びたのがコニン派の教えだ。他者との調和を説くその考え方が見直され、コニン派から教皇が選出された」
時代の変遷だな。驕る平家は久しからずか。
「デーイッシュは何で教皇選出を指名制に戻さなかったんですかね?」
「強さを求めたからこそだよ。デーイッシュの子供は素養が低かったらしくてな。子供や不出来な弟子から教皇を選ぶなら、選挙で強者を選出する方を取ったらしい。当時は選挙前にその実力を計る試練があり、それをクリアした者でなければ選挙に出られなかったそうだ。コニン派になって見直されたがな」
なんともまあ。片や強者を求めて、片や調和を求めて、結果として選挙になった訳か。こう言っては何だが面白い。
コンコンコンコン。
そこまで話して会議室の扉がノックされた。
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