第385話 対宗主(二)

 ズドーンッ!!


 それは雷鳴とともに飛来した。水晶の剣。ジゲン仙者の右肩に命中するや、皮膚を破りて突き刺さる。


 おお! 水晶の剣と言う事はパジャンさんか! それをゼラン仙者のレールガンで飛ばしたのか。いや、水晶って磁力で飛ばせるのか? クオーツ時計に使われるくらいだから、電磁力に反応するのか。


 などと首を傾げる暇もない。ジゲン仙者は肩に刺さった水晶の剣を無造作に掴むと、これを砕いてみせたのだ。そして直ぐ様回復する傷口。


「もうちょっとビビってくれて良いんだよ?」


 俺の嘆願もひと睨みで封じられてしまう。鬼気迫るその面貌にこちらがビビってしまったからだ。


「かあッ!!」


 呼気とともに凄まじい右拳が俺に迫る。


 ズドーンッ!!


 それを抑え込むように右拳に突き刺さる水晶の剣。器用だな。こちらから見れない場所にある城から、拳を狙ってレールガンを撃つなんて。


 スドドドドドドドド…………ッッ!!


 などと感心していると、水晶の剣がマシンガンの如く飛んできた。それを躱すジゲン仙者。


「ぬわあああっ!?」


 必死に避ける、避ける、避ける、避ける俺。ジゲン仙者が水晶の剣を躱しまくるせいで、パジャンさんの攻撃が面制圧となり、こっちまで避けまくる事態となっていた。いや、分かってます? ジゲン仙者を殺しちゃいけないんですよ? こっちには自衛隊員や日本の首相がいるんですよ? とちらりと高橋首相や自衛隊員たちの方をみると、既にその姿はなかった。


「いない!?」


『既に武田が転移させ終わっている』


 アニンさんや、こっちが死にそうなのにそっちは余裕ですな。


『所詮あやつは最後の一人よ。こちらの数とレベルを考えれば、苦労もあるまい』


 そう上手く事が運べば良いけど。


『確かに、ハルアキの英雄運を考えると、一筋縄ではいかないかもな』


 笑うな。俺だってこんな訳分からん事に巻き込まれる人生嫌だったよ。はあ。


 俺が嘆息したところで水晶の剣の銃雨がやむ。瞬間、ゾッと背筋を過ぎ去る寒気。砂地の空気が一気に下がった気がした。周囲を見渡すと、巨大な手が砂地から四本出現した。そこから餓者髑髏が四体現れる。更に人骨兵が白塩の砂地を埋め尽くす。


「おお……」


『増殖』と『活性』で動いているって話だけど、空気が冷えたようになるのは何故だ?


『『増殖』による潜熱だろう。魔力で無理矢理増殖させるからな。空中から熱が奪われたのだ』


 潜熱って物質の相が変化する時に生じる熱だろう? 液体から気体に変わる時に周囲の熱を奪う気化熱とか。


『魔力が物質として顕現する時、多少なり周囲に変化が生じる。大抵の変化は微量だから普通は『何となく』それを感覚で感じ取るくらいだ。今回のように熱変化として明確に出るのは、それだけ魔力が周囲に与える影響が大きい証左だ』


 俺があれだけ白塩を顕現させても、『何となく』程度の変化なのに、サルサルさんが人骨兵を顕現させるだけで周囲の温度が実際に下がるって事は、それだけレベルの高い魔女って事なのだろう。いや、分かっていた事だけど。


 サルサルさんの人骨兵と餓者髑髏は、人海戦術と言うべきなのか、圧倒的物量でジゲン仙者に迫るが、ジゲン仙者はそれを物ともしない。


 ガシャンガシャンと人骨兵たちを薙ぎ倒し、餓者髑髏を拳の一発で吹っ飛ばす。何あれ? 人外過ぎるだろ?


 更にパジャンさんの水晶剣の銃雨が降り注ぐ中、俺はこの場から一歩も動けずにいた。ジゲン仙者の眼が完全にこちらをロックオンしているからだ。俺だけは殺す。って眼が語っている。


『モテる男は辛いな』


 全くだ。なんて熱視線だよ。ノーマルだから男にモテても嬉しくないけどな。多分武田さんも、俺をここに置く事でジゲン仙者をこの場に釘付けにする作戦だから、俺を転移させないのだろう。


 人骨兵に水晶剣と、物量に勝るこちらが押しているはずなのだが、ジゲン仙者を中々押し切れない。そうしてジゲン仙者は、一歩また一歩とこちらへ近付いてくる。


 ジゲン仙者の拳が当たる距離まであと五メートルと迫ったところで、俺の『瞬間予知』が危険を告げる。直ぐ様防御陣で全身を覆うのと、辺りが光に包まれるのは同時だった。


 眩光と轟音に世界が揺れる。


 バヨネッタさんの、トゥインクルステッキとナイトアマリリスによる『限界突破』の一撃だ。この直撃を受ければジゲン仙者もひとたまりもないだろう。………ってだから倒しちゃ駄目だってば!


「やったかしら?」


 すぐ目の前で爆煙が立ち昇る中、バヨネッタさんが武田さんの『転置』で現れた。その後ろには他の面々もいる。自衛隊員たちや高橋首相の姿はないが。


「やったって、死んでいたら出られないんですよ? って言うか、俺がいるのに全力で熱光線撃たないでくださいよ!」


「良い囮だったわ。こちらとしては作戦を切り替えただけよ。ジゲン仙者の脅威度が跳ね上がったからね。私たちが死ぬより、閉じ込められたていた方がマシでしょう?」


 何の反省もしていないなこの人。他の人にも文句言って貰おう。と周囲を見渡すも、皆俺から視線を逸らす。あ、これ、全員承知の上だわ。


「俺の命の軽さよ」


「生きているんだから良いでしょう」


 バヨネッタさん、その場に崩折れる俺に掛ける言葉が辛辣なんですけど?


「全くよのう。これで殺されてやると思っておったのか?」


 もうもうと立ち昇る煙の中から、ジゲン仙者の声が響き渡る。その場の全員が戦闘態勢に切り替わった。何であれで生きているんだよ?


 ザアと風が煙を吹き流す。現れたのは青年だった。その手には黄金の首飾りが握られていた。


「……コレサレの首飾りか」


 絞り出した俺の声を嘲笑うかのように、その青年、ジゲン仙者は使い終わったコレサレの首飾りを握り潰してみせたのだ。

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