第342話 懐かしむ

 空から見る魔大陸は、なんともやかましい大陸だった。そこかしこで爆発が起こり、轟音が鳴り響いている。きっと魔王トモノリの『狂乱』のせいで、魔族同士が争っているのだろう。これで監視者とは笑わせる。いや、監視者なのは魔王だけで、魔族はその眷族なだけか。


「ハッハッハッ、何で人間がこんなところをうろついているんだ?」


 魔族の制空圏に入ったからだろう。俺たちは翼を持つ五人の魔族に囲まれた。青い身体に黒い刺青が刻まれ、背にはコウモリのような翼が、口には牙が生えている。ふむ。これが一般的な魔族なのかな? バヨネッタさんと初めて会った時に魔族に間違われたが、俺はこいつらに間違われたのか。


『似ているじゃないか』


 とはアニンの発言。そうかなあ? と俺は首を傾げる。


「こんなところで何しているんだ? 迷子か?」


「ハッハッハッ、可哀想だろ。いつものように冒険者ギルドに言われて、偵察に来たんだよ。ただ殺される運命だとも知らずにな」


 軽口を叩き合う魔族たち。いつものように、か。冒険者ギルド、結構ブラックな事しているな。


「ああ、悪いね、誰だか知らないけど、友達に用があるんだ。そこを退いてくれるかい?」


 俺はパジャン語で魔族たちに退いて貰うようにお願いしただけなのだが、黙る魔族たち。奇妙なものを見るような視線をこちらへ向けてくる。おや? パジャン語を話していたから通じると思っていたのだが、ヒアリングは駄目なのか? とオルドランド語で話し掛けてみたら、腕を組んで首を傾げられた。


「お前、俺たちを舐めているのか?」


 俺たちを囲う魔族の一人が話し掛けてきた。


「そうだけど? あれ? もしかしてジョークが通じなかったかな?」


 俺が首を傾げた瞬間、魔族たちが一斉に襲い掛かってくる。俺は両腕から黒刃を生やし、こいつらを一閃した。


 サッと魔族たちに線が入り、そこから裂けていく魔族たち。俺が二つになって海に落ちていく魔族を眺めていると、タカシが怒鳴ってきた。


「ハルアキ! お前! いくら倒せる余裕があるからってな! ここは敵地……いや、トモノリの家なんだぞ! それなりの礼をもって対応すべきだろう! いきなり殺すな! …………断面が気色悪い」


 トモノリ云々じゃなく、生物の断面の気色悪さが本音だよね? と俺が呆れて嘆息していると、この事態を静観していたらしき魔族の一団が、魔大陸から飛んでくる。


「ほらあ! ハルアキがそんな事するから、向こうさんが怒っちゃったじゃないか!」


 はいはい、全部俺が悪いんですよ。と右から左へタカシの言葉を聞き流し、黒刃を構え直すと、


『そこまでだ』


 とトモノリの言葉が響いてくる。その声に動きを止める魔族の一団。何やら先頭の魔族が何度か頷き、二度三度こちらへ視線を向けてから、魔族の一団は魔大陸へ引き上げていった。


「何だったんだ?」


 タカシが飛行雲に隠れながら話し掛けてくる。


「ホウレンソウは大事って話だろ」


「自虐か?」


 言うと思ったよ。


「まあ、行こうぜ。どうやら通って良い事になったみたいだしな」


 と俺を先頭に、俺たちはここから一番近い海の見える丘へ向かった。



 丘の上は草原だった。靴が隠れる程度の草が丘一面に生え、吹き流れる潮風も心地良い。普通に風光明媚だな。そして静かだ。遠くで爆煙が昇っているのに、その音は聞こえず、それどころか風の音も波が海岸に打ち付ける音も聞こえない。


「良く来たな」


 そんな丘で俺たちを出迎えてくれたのは、着流しの緑の和服を着た、オカッパ頭に糸目の少年だった。


「トモノリ!」


 初めにタカシが声を上げる。トモノリ目掛けて駆け出しそうになったが、その足がすぐにピタリと止まった。その様子に、一瞬トモノリの目尻が下がった気がした。


「いやあ悪いなあトモノリ、いきなり押し掛けちゃって。それにしても治安悪過ぎじゃね?」


「悪かったよ。もう少し言い含めておくんだった」


 糸目の少年はその糸目をハの字にして謝意を表す。昔と変わらずに。なんかズルいなあ。


「あ、これ土産な。お稲荷さん。トモノリ好きだったろ?」


「お! マジか! やったぜ! サンキューハルアキ! ほらあ、こっちの米って黒米や赤米だろう? 普通の白い米が食べたかったんだよなあ! おい」


 俺が『空間庫』から出したお稲荷さんに大喜びするトモノリ。そのトモノリが声を掛けると、後ろからすうっと人影が現れる。誰もいなかったはずなんだがなあ。その人影、メイド服を着た銀髪に青白い肌の女性は、俺からお稲荷さんを受け取ると、またすうっとどこかへ消え去った。面白いスキル持っているなあ。


「さ、はるばる遠くから来て貰って悪いが、ここから先は通行止めなんでな。ここでピクニックと洒落込もうぜ」


 手を腰に当てて、口の端を上げるトモノリ。そしてトモノリがそう言うやいなや、先程のメイドさんがすうっと現れて、俺たちの前にレジャーシートを広げてくれた。そしてまた消える。


「なんか、普通にピクニックって感じだな」


 言いながらシンヤが一番にレジャーシートに座った。


「中学の時思い出すわあ」


 と続く俺。


「分かる! 俺も思い出してた! 海目指して皆でチャリ漕いだよなあ」


 とタカシが座る。


「あれなあ。早朝出発だったのに、結局着いたの夜だったよなあ」


 と最後にトモノリ。皆で顔を見合わせ、俺たちは大笑いしたのだった。


「それももう、三年以上前か。懐かしいな」


 空を見上げるシンヤ。


「全く、お前らが異世界なんて来なければ、まだ馬鹿やれてたんだよ」


 タカシが胡座あぐらをかいた太腿をパシンと叩く。


「悪かったな。どうしても我慢出来なくなっちまってな」


 しんみり答えるトモノリに、タカシはそれ以上何も言えなくなってしまった。


「まあまあ、積もる話は後にして、ジャジャーン! 実は今回、スペシャルゲストがいまーす!」


 と俺は『空間庫』からノートパソコンを取り出す。


「スペシャルゲスト、ねえ」


 トモノリとシンヤは気付いているらしいが、タカシは首を捻っている。


 俺はノートパソコンにアンテナを取り付けると、パソコンをちょいと操作する。そこに人影が映り込む。


「こんにちは。で良いのかしら? お久しぶり、シンヤ、トモノリ」


 モニターに映ったのは浅野美空だ。


「浅野!? 何これ!? ビデオメール!?」


 驚くタカシ。


「だったらアンテナなんて繋げねえよ」


「え!? ビデオメールじゃないの!? これって、ライブ映像なの!?」


 これにはシンヤも驚いていた。


「ほら、こっちの世界は平面世界だろ? 電波を遮るものがないから、長距離でも電波が届くんだよ。これはガーシャンの電波塔からの電波を拾ってやっている」


「でも浅野がいるのは地球側だろ?」


 俺の説明にトモノリが首を捻る。


「世の中には、変なスキル持っている人っているんだよ。『超空間転移』ならぬ、『超空間通信』ってスキルがね。これでこっちの世界と地球とのやり取りもやり易くなったよ」


「へえ。でも、敵である俺に説明して良かったのか?」


 と悪そうな顔をするトモノリ。


「何言っているんだよ。自分の配下にもいるくせに」


「気付いていたか」


 そしてトモノリは舌を出しておどけて見せるのだ。まるで昔のままのように。


「全くよう……。さて、一人足りないけど、同窓会でも始めるか?」


 俺の意見に皆、否はないようだ。先程のメイドさんがワゴンを押して現れ、お菓子を俺たちの前に置き、お茶を注いでいく。浅野もモニターの向こうでお茶の用意をしていた。


「では、乾杯!」


 トモノリの音頭で、俺たちは乾杯をするのだった。

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