第201話 対勇者? 其の二

 気を取り直す為、とりあえず俺は深呼吸をする。その隙間に、奴は一瞬にして俺の眼前に立っていた。


『アッハッハッ』


 驚いて二、三歩後退るが、奴は攻撃してこない。


「何のつもりだ?」


『言っただろう。仲良くしようぜ?』


 舐められているな。俺程度、いつでも倒せるって訳だ。しかしこいつの話が本当なら、シンヤのスキルは『時間操作』と言う事になる。それなら厄介だ。ちらりとリットーさんを見遣ると、リットーさんは首を左右に振っていた。


「シンヤが何個のスキルを持っているのかは知らないが、私が知っているシンヤのスキルは『加速』だ! 恐らく今奴が使っているのもそれだろう!」


 成程、『加速』か。それならこれまでの高速移動も理解出来る。しかし、対物理最強の魔法剣に対魔法最強の物理刀、そして持っているスキルが『加速』か。シンプルだけど扱い易く、そして強いな。それだけにこの力が敵に落ちたのは勇者パーティとして相当な痛手だったはずだ。


『いいじゃないか、ハルアキ。貴様には俺たち魔族と同類の匂いを感じるぜ』


 言いながら一歩一歩近付いてくるシンヤ(ギリード)。それと歩調を合わせるように、俺は一歩一歩後退していく。恐らく奴が感じている同類の匂いは、アニンだろう。


『成程。傍から見ると、我はあのように見えているのだな』


 アニンが肩を落としたような事を言ってくる。肩はないけれど。いやいや、あんなに悪そうには見えないよ。


『そうか?』


 あいつよりもタチが悪いけれど。


『…………』


 すねてしまった。


『どうなんだい?』


 アニンに気を取られている間に、シンヤ(ギリード)が更に近づいていた。皓々こうこうとした瞳がこちらを誘う。


「悪いが、その誘いには乗れないな」


 俺の言葉に、シンヤ(ギリード)はあからさまに嘆息すると、スンと無表情に変わった。


『なら死ね』


 と左手の霊王剣を無造作に振り下ろしてくるシンヤ(ギリード)。そんなものに殉じてやる程俺はお人好しではない。俺は『時間操作』タイプA、時間遅速を使って周辺の時間を遅速させる。その隙に俺は霊王剣を躱すと、とりあえずシンヤ(ギリード)に一撃与えようと殴り掛かろうとするが、次の瞬間には、ゆっくり流れる時間も、シンヤ(ギリード)が持つ右手のキュリエリーヴで解除されてしまった。


 それでも殴るのを止めずに拳を振り抜いた。俺の拳がシンヤの腹部にめり込め、そこから黒い波動が放出され、シンヤ(ギリード)は吹き飛ばされる。が同時に奴が振るったキュリエリーヴによって、俺の顔面にも裂傷が刻まれた。それだけで身体が引き裂かれるような激痛が走る。いや、これは実際にアニンとの同化が分離された痛みなのだろうが、直ぐ様また同化する。今度はアニンも気絶しなかったようだ。


『いっててえ。いやあ、油断はするものじゃないなあ』


 痛いのはこっちだ。と思いながら、すぐに起き上がるシンヤ(ギリード)に、流石は勇者の肉体は頑丈だ。と軽く感心する。そこに襲い掛かるリットーさんに、銃撃をかますバヨネッタさん。容赦ないな二人とも。それ、俺の友人の肉体なんですけど。


 しかしそれをシンヤ(ギリード)は左手の霊王剣でリットーさんの螺旋槍を真っ二つに斬り裂き、バヨネッタさんの魔弾を右手のキュリエリーヴを振るって霧散させる。


「ちっ」


 そう言って銃撃を止めるバヨネッタさん。リットーさんもシンヤ(ギリード)から距離を取る。と言うかリットーさん、螺旋槍が真っ二つにされたけど、どうするんだ? そう思っていると、二つに割れた螺旋槍が、ギュルリギュルリと回転していき、また元の螺旋槍、いや、それより螺旋の数が多い螺旋槍となった。螺旋槍ってそう言う仕組みなのか?


「あれはリットーのスキル『回旋』よ」


 とバヨネッタさんが教えてくれた。へえ、リットーさんのスキル初めて知った。よくよく見てみれば、盾や鎧にも渦状の模様が見える。あれは『回旋』で穴でも埋めて修復した跡なのだろう。


『アッハッハッ、アーハッッハッハッハ。流石は最強を自称するだけはあるな。戦い方に容赦がない。もしかして、勇者パーティより強いんじゃないかい?』


 容赦はしている。多分。でないとシンヤが死んでしまう。それでもここまで互角の戦いをしているつもりだが、シンヤ(ギリード)には余裕があるようだ。バヨネッタさんとリットーさんがいると言うのに。勇者強い。一対三でも勝てないのか。? 一対三?


 俺が疑問に思った次の瞬間、ゼストルスが上空から火炎を吐き出した。が、それを冷静にキュリエリーヴで斬り裂くシンヤ(ギリード)。だが、こちらの攻勢はまだ止まらなかった。


 バンジョーさんが高速でシンヤ(ギリード)に突っ込んでいったからだ。しかしそれはシンヤ(ギリード)にかすり傷を負わせるに留まり、避けられてしまった。


 それにしても重い無敵装甲であんな高速移動、どうやっているんだ? と思ったら、腕のパイルバンカーを後方斜め下に射出する事で地面に突き立て、それを支えに直線的に高速移動を可能にしていたらしい。そう言う使い方も出来るのか。


『ちっ、次から次と、虫のように湧いてきやがる』


 俺、バヨネッタさん、リットーさん、バンジョーさん、ゼストルス。四人と一頭に取り囲まれるシンヤ(ギリード)は、ぐるりとこちらを見回し舌打ちをする。さっきまでの余裕はなくなってきたようだ。一見すると四面楚歌だが、しかし窮鼠猫を噛むとも、背水の陣とも言う。追い込まれた者は何をしでかすか分からないのだ。用心しなければ。


 そして第一に、ギリードに乗っ取られたシンヤを取り戻す方法が分からない。いや、分かってはいる。奴が持つ右手のキュリエリーヴがあれば、それによって奴の『操縦』を解除して、ギリードをシンヤから切り離す事が出来るだろう。問題は奴の右手からキュリエリーヴを離させる事が出来るか、だ。


「ハルアキの友人には、少々痛い思いをして貰いましょう」


 バヨネッタさんの言葉に二人と一頭が頷く。いや、そいつ俺の友人……、それに今までも結構無茶やっていたような……、いや、シンヤを助ける為だ。俺も遅れて首肯した。

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