第202話 対勇者? 其の三

 静寂が大部屋を包む。しかし静謐とは違う。緊張感で空気が張り詰め、その場にいる誰もが一歩も動けずにいた。


 カタリ…


『魔の湧泉』の方から音がした。瞬間、俺は視線だけを一瞬『魔の湧泉』の方へ向け、魔物が出現していない事を確認、またシンヤ(ギリード)の方へ視線を直すと、眼前に現れたシンヤ(ギリード)に斬り掛かられていた。


 一瞬で距離を詰めた奴が、その左手に持つ霊王剣を斬り上げてきた。ゾッとしながらサイドステップで避けたところに、キュリエリーヴが振り下ろされる。


 ギィンッ!


 金属がぶつかり合う高音が鼓膜で反響した。俺が持つ改造ガバメントとキュリエリーヴが激突した音だ。


「へっ、どうやらキュリエリーヴは魔法には強いけど、刀のくせに切れ味はそれ程でもないみたいだな」


 俺は背中に冷や汗をかきながら、シンヤ(ギリード)に強がりを言った。


『ああ、そうかよッ』


 シンヤ(ギリード)は、左手の霊王剣を振るう事なく、右手のキュリエリーヴをこちらへ押し込んでくる。その膂力に、俺は力負けして膝を付いてしまう。人間とは思えない力に、俺は両手で改造ガバメントを支えるが、それでも片手のシンヤ(ギリード)に押し負ける。ぐんぐん力で押してくるシンヤ(ギリード)に、俺は平身低頭で頭を下げて、首を差し出しているかのようなってしまった。


『ハハッ。俺様に首を差し出すとは、良い心掛けだ』


 くっ。歯を食いしばってシンヤ(ギリード)の力に耐えるが、まだ余裕のありそうなシンヤ(ギリード)は、それを嘲笑うかのように左手の霊王剣を上段に構えた。


 が、そこでバヨネッタさんの銃撃とリットーさんの刺突の援護が入る。それをすんなり躱すシンヤ(ギリード)。またも睨み合いに入った。


「ハルアキ、『魔の湧泉』から魔物は来ないから、そっちは気にするなッ」


 バンジョーさんが俺を気遣って声を掛けてくれた。


『そう言う事だ。ここに来るまで、低脳な魔物たちがウザかったのでな、俺様が駆除しておいてやったよ。感謝するんだな』


 などとシンヤ(ギリード)はのたまっているが、確か魔物は魔王の『狂乱』の影響で、同族殺しでもレベルアップするはずだ。つまりはここまでの道中レベルアップしながらやって来た。と言っているのと同義である。


「何であれ、今は目の前の敵に集中しなさい」


 バヨネッタさんにもたしなめられた。ウルドゥラともそうであったが、一瞬の隙が命取りだ。俺は痺れる手を開いたり閉じたりしながら、『空間庫』から普通の弾倉を取り出し、改造ガバメントにセットする。『無限弾帯』は『空間庫』を開いていないと出来ないので、この場には合わない。


『ハハッ、そんな痺れた手で銃が扱えるのかい?』


 確かに。敵に言われるのは悔しいが、先程のシンヤ(ギリード)の力押しがかなり身体に響いている。手はまだ少し痺れているし、体力もかなり削られた。恐らくはスキルなのだろうが、どう言うスキルなのか頭を巡らせる。


 結構な力を上から下に押し付けてきた事を考えると、重力だろうか? それとも斥力? 電磁力なんて事も考えられるかも知れない。いや待て、右手に持っているのはスキルを無効化するキュリエリーヴだ。それで刀身に乗せてスキルが使えるっておかしくないか?


『グフッ、アッハッハッハッハッハッ! 何だ貴様、面白いな。戦場でそんな百面相する奴いないぞ』


 敵に笑われてしまった。


「うるさい。俺は今、お前への対抗手段を考え中なんだ。後で吠え面かかせてやるからな」


 しかし俺の虚勢は、奴に更なる哄笑の機を与えるだけだった。


『アッハッハッハッハッハッ。俺様のスキルが気になるなら教えてやるよ』


 ペラペラとよくしゃべる奴だ。これで偵察部隊の隊長だなんて信じられない。シンヤの身体を手に入れて、気が大きくなっているのだろうか。


『俺様が今貴様に使ったスキルは『怪力』だ』


『怪力』!? 思った以上にシンプルで、思った以上に厄介だ。『怪力』が単純に腕力を上げるものだとは思えない。身体を動かすと言うのは全身運動だ。筋肉、骨、血管、肺、連動する全てが強化されると考えた方が良いだろう。そしてそれが二倍、三倍となるなら恐ろしい事だ。


 運動とは全身を連動して動かすもの。単純に二倍に強化された身体を動かすだけで、その数倍の効果が出るはずだ。まあ、単純に二倍になるだけでも恐ろしいけど。何せ百メートル走を六秒台で駆け抜け、ベンチプレスを百キロ持ち上げるなんて事もありえる。しかもそれはレベル1でだ。シンヤのレベルが俺と同等だとしたら、どれ程のものになっているのやら。


 そして奴には『加速』もある。成程、加速のGに耐えられると言う意味でも、『怪力』と言う選択は正しい。『怪力』があるから、『加速』で無茶が出来る。そして『加速』された『怪力』が襲ってくる訳だ。『加速』と『怪力』。シンプルで強力なスキルだ。


『それで? 対抗手段は見付かったのかい?』


「お前じゃあるまいし、教えてやる訳ないだろう?」


『アッハッハッハッハッハッ。そうだったな。守秘義務守秘義務。ではこの後何が飛び出すのか、楽しみにしていよう』


 とシンヤ(ギリード)との会話が終わるや否や、戦闘が再開された。



 ゼストルスが火炎を吐き出す。それを高速で躱そうとするシンヤ(ギリード)だが、俺の『時間操作』タイプAがそれを許さない。が、シンヤ(ギリード)は直ぐ様キュリエリーヴを振るって俺の時間遅速を解除すると、迫る豪炎を霊王剣の波動で斬り払う。


 波動はそのまま直進してゼストルスを斬り付け、しかしゼストルスの怪我を気にしていられる余裕はなく、戦闘は続く。


 ゼストルスの炎で燃える戦場で、バンジョーさんがシンヤ(ギリード)へと突っ込んでいく。しかし分が悪い。重量級のバンジョーさんでは、いくらパイルバンカーで加速しても、『加速』が使えるシンヤ(ギリード)には敵わなかった。


 バンジョーさんのパイルバンカーはシンヤ(ギリード)の霊王剣で斬り刻まれ、最後の駄目押しとばかりにキュリエリーヴがバンジョーさんに振り下ろされた。砕け散る無敵装甲。バンジョーさんは袈裟斬りにされて血を飛び散らせていた。


 バンジョーさんにトドメを刺そうと、振り下ろされる霊王剣。それがすんでのところで回避されたのは、リットーさんの螺旋槍の刺突によるものだ。これをシンヤ(ギリード)はバックステップで避けると、リットーさんに向かって攻勢に出た。


 高速で動き回るシンヤ(ギリード)の斬撃を全て避けるのは、リットーさんでも至難の業だった。螺旋槍が斬られ、大盾が斬られ、鎧が斬られる。あのリットーさんが防戦一方で斬り刻まれていく。血に塗れるリットーさん。


 が、それでも反撃の手を持つのが流石だ。くいん、とリットーさんが指先を上に向ければ、床が螺旋を描いて槍となり、シンヤ(ギリード)を襲う。が、これも焼け石に水。シンヤ(ギリード)のキュリエリーヴの前には歯が立たず、一振りで一笑に付されてしまう。


 それでも時間稼ぎには十分だったか、いつの間にやらシンヤ(ギリード)は、部屋中に配置されたバヨネッタさんの銃や大砲に囲まれていた。俺はアニンを大盾にして床に突き刺し、その影から戦況を覗く。


 ダダダダダダダダダダダダダダッ!! ドンッ!! ドンッドンッ!! ダダダダダダダダダダダダッ!! ドンッ!!


 一瞬にして砲煙弾雨に包まれるシンヤ(ギリード)。それでも奴は冷静にこれに対処した。キュリエリーヴで、霊王剣で、銃弾を、砲弾を斬り刻み、それは高速にして美麗な剣舞であった。


 これでも攻撃が足りないのか? そう思っていると、天井が、壁が、床が、部屋の至る所が螺旋槍となり、リットーさんが突き出した手に呼応して、シンヤ(ギリード)目掛けて飛んでいく。


 それでもシンヤ(ギリード)に傷を付けるには及ばなかった。シンヤ(ギリード)の動きは更に高速となり、近付く全てを斬り刻んでいく。


 だが、意識をバヨネッタさんの銃砲とリットーさんの螺旋槍に集中させるには十分だった。


 ドスッ。


 大盾から地中を忍ばせ、シンヤ(ギリード)の足下から現れたアニンの黒槍が、シンヤ(ギリード)の横っ腹を刺し貫いたのだ。

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