第585話 身口意
「量産体制が整っていない現時点で考慮すると、やっぱりミカリー卿に転移魔法を使って貰うのは現実的ではありませんね」
皆黙り込む。一つの提案が出たら、問題が一つ出る。何かその繰り返しだ。
「そもそも! 先の四つのダンジョンの情報が少ないのも問題だな!」
これまで黙って事態を静観していたリットーさんが、いきなりいつもの大声で問題提起してきたので、皆の身体がビクッとする。
「まあ、そっちの情報が少ないのも、それはそうですね。でも、そもそもつい最近になって開放されたダンジョンなんですよね? 情報と言っても、自分たちで行ってみて、その目で確認する以外ないんじゃ?」
俺の言にリットーさんは首を横に振った。
「ハルアキ! 思い返してみろ! ここで『エキストラフィールド脱出クエスト』に関して、ハルアキはどう説明していた!?」
どう説明? 俺が首を捻っている間に、デムレイさんが思い付いたようだ。
「ああ、成程。ぶっつけ本番で『エキストラフィールド脱出クエスト』に臨むのではなく、まず、四つのダンジョンの情報収集を、冒険者ギルドに依頼しろ。って事か」
ああ〜、それはそうか。何も自分たちで検証しながら少しずつ進んでいく必要はない。と言うより、そうするのもゲーム攻略の一つの方法だ。要するに先に攻略サイトを見てからダンジョンを攻略するのと同じ。気付かなかった。でも、
「現状で最奥にある四つのダンジョンって、もう攻略されているんですか? と言うかそもそも到達している冒険者自体がいるんですか?」
「攻略はまだだが、到達している冒険者はポツポツいるな!」
腕組みして胸を張ってそう答えるリットーさん。断言しているところを見るに、きっと知り合いの冒険者の魔物から、話を伺っているのだろう。他の皆を見ても、頷いているので、間違いない情報のようだ。
「成程。それなら依頼を出しても良さそうですね」
「でも、現状最奥のダンジョンの情報だからね。依頼を出すにしても、それなりの値段になると思うよ」
ミカリー卿の言葉はもっともだ。これに更に『エキストラフィールド脱出クエスト』の同行の依頼まで出すと考えると、お金がいくら掛かるか。想像するだけで辟易してしまう。
「そもそも、俺たちの適正レベルじゃないんだよなあ」
とテーブルに突っ伏す武田さん。それは薄々感じていた。恐らくバヨネッタさんやリットーさんたちでもギリギリのレベルで、俺や武田さんなんかはダンジョンに行っても、死ぬだけだ。と容易に想像出来る。そう考えると、同行と言うより護衛って感じだな。余計にお金が掛かりそうだ。
「バヨネッタさんたちって、冒険者ギルドの中だと、どれくらいの位置にいるんですか?」
「中の中か、中の下ってところね」
バヨネッタさんの厳しい自己評価。バヨネッタさんたちでそれか。俺が考えていたよりもかなり低い。リットーさんやミカリー卿、デムレイさんがこれに異を唱えていないところを見ると、妥当な評価なのだろう。
はあ、時間は有限だ。ここでこれ以上足止めされていては、魔王軍との戦争に間に合わなくなる。
結局、その後良い解決案が出ずに、皆黙り込んでしまい、こんな無駄に時間が経過するくらいなら、とこの場は解散となった。
修練場に残ったのは俺とダイザーロくんの二人。四つのダンジョンの情報の依頼は、バヨネッタさんたちに頼んで、俺は自分の新しいギフトである『虚空』の使い勝手を確かめる事にしていた。
『虚空』:それは無いが有る一切の根源。時空と魔力が均一な無想状態であり、使用者の業により励起状態へ移行し、魔力を消費して業に則り、超常の現象をこの世に顕現させる。
う〜ん? 意味分からん。業ってカルマの事だよな? 確か、
とりあえず、今まで出来ていた事が可能か、その検証から始めよう。まずは『時間操作』タイプBで素早く動いてみる。
「でべしっ!?」
「だっ!? 大丈夫ですか!?」
一歩踏み込んだところで、いきなり盛大につんのめってゴロゴロ転んだ俺の元へ、大慌てでダイザーロくんが駆け寄ってくる。
「痛っ〜〜。何が起こった? 走ろうとした瞬間、俺の眼前に床が映っていたんだけど」
思いっきり顔面から床に突っ込み、全身を床に打ち付けたので、鼻血がドバドバ出てくるし、身体全身もジンジンするので、慌ててダイザーロくんが差し出してくれたポーションを呷る。
「何か、一瞬にして目の前から消えたと思ったら、五百メートル程先ですっ転んでいて、驚きましたよ」
「マジで?」
周囲を見渡せば、まだ片していないテーブルが、遥か向こうの方にある。つまり俺は一歩で五百メートル進んだ事になる。ヤバいな。『有頂天』を使わずにこれか。
俺はダイザーロくんに礼を言いながら立ち上がると、深呼吸して心を落ち着けてから、もう一度『時間操作』タイプBを使用してみる。
今度は慎重に、先程のように走るのではなく、ゆっくりと一歩右足を踏み出す。
(ふう。成功だ)
その後、二歩三歩と歩き、ゆっくりダイザーロくんの方へ振り返ると、ダイザーロくんが硬直していた。いや、良く見たらゆっくりゆっくり口を開けている。おかしい。俺が使用したのは『時間操作』タイプBであって、『時間操作』タイプAではないはずだ。何で周囲の時間が遅くなっているんだ?
う〜む。『虚空』の説明を思い出してみる。『業に則った』と言う表記から、『虚空』の出力は善行に依存していると判断したが、もしかして俺、これまでそれなりに善行を行ってきたのか?
何であれ、どうやら『超時空操作』が『虚空』になった事で、『時間操作』がこれまでのものと違う使用感になってしまったのは確かだ。俺が今使っている『時間操作』は、タイプBでもタイプAでもなく、己の時間を加速させ、周囲の時間を遅くさせるタイプCが近い。
『有頂天』状態でもないのに、『時間操作』タイプCを、いや、恐らくそれよりももっとヤバい『時間操作』状態を実現しているとなると、『虚空』の潜在能力は俺が考えているよりも、もっと深淵なものだと、肝に命じておかなければならないだろう。
その後、俺はダイザーロくんに協力して貰いながら、他の能力の検証をしていったのだった。
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