第584話 待望の

 誰をどこへ差し向けるか整理してみる。


 バヨネッタさんを行かせるなら、『西の大海原』かな。サングリッター・スローンがあれば、もしも最終的なギミックのある場所が海中でも問題ない。問題があるとすれば、海中に遺跡みたいなものがある場合だな。その場合は他の場所も候補に入れよう。『東の大草原』とか。


 そしてリットーさんは『東の大草原』で決定だろう。飛竜のゼストルスがいるから、空を飛べるアドバンテージは大きい。『西の大海原』も広大そうではあるが、海中だとその能力を存分に発揮出来ないと思われる。


 リットーさんとは打って変わって、デムレイさんは『南の溶岩洞』が良いだろう。『北の氷結洞』もありかも知れないが、名前通り氷で覆われていたら、『岩鎧』や『隕星』の扱いが難しくなる。この三人の行き先は決定かな。


 残る五人。俺、武田さん、ミカリー卿、ダイザーロくん、カッテナさんの行き先だ。


 武田さん、ダイザーロくんはスキルの使い勝手が良過ぎるし、ミカリー卿の魔法は回復系がないだけで万能だ。カッテナさんは後衛として、またバッファーとして優秀。俺は『クリエイションノート』次第かな? 『虚空』の使い心地も調べてみないと。


 でもそれより前に考えておかないといけない事がある。


「う〜ん、とりあえずクエストを依頼するより前に、一旦四つ全部のダンジョンに、バヨネッタさんには行っておいて貰わないといけませんよね」


 俺の発言にバヨネッタさんが嘆息をこぼす。


「まあ、そうなるわよね」


 バヨネッタさんが持つ転移扉は、行った事のある場所でなければ転移出来ない。なので冒険者ギルドでクエストを依頼するより前にどこへ行くにしても、ダンジョンの場所をマーキングしておかなければならないのだ。


「移動は俺か武田さんがやりますから、すぐですよ」


 俺と武田さんなら、行った事がない場所でも、『転置』や『超時空操作』で転移出来る。魔物は強そうだから、ダンジョンに着いたら即行とんぼ返りするけど。


「そうねえ」


 とバヨネッタさんはジト目で武田さんを見遣り、見られた武田さんは「どうぞどうぞ」と俺を指名する。はあ。


「まあ、良いですけど。『虚空』の能力を試すには持って来いですし」


 バヨネッタさんがこれを聞いて、うんうんと鷹揚頷いている。ご納得されたようだ。


「そうなると、クエスト決行に際して、三人は別々のダンジョンを攻略する事になるな」


 話を聞いてのデムレイさんの言。


「クエストを依頼する時の報酬をケチるなら、そうなりますかね。時空系ってそんなに多くないでしょうから」


 と俺はミカリー卿に視線を向ける。


「私も多少なら時空系を扱えるけれど、エキストラフィールドの最奥まで転移するとなると、それだけで魔力が枯渇するかな」


 様々な魔法を使いこなすミカリー卿であっても、それに特化したスキルも魔導具も持っている訳ではないからなあ。賢者の翠玉板のお陰で、魔法の威力は上がっているけど、安全地帯の町からエキストラフィールドの最奥まで転移するのは難しいか。となると、クエストを依頼するのに、転移が使える冒険者を最低一人は必要。と明記しないと駄目だな。そこへ、


「へえ、ミカリー卿は、魔力は枯渇するけれど、転移でこのエキストラフィールドの最奥まで行ける。と確信しているのね?」


 バヨネッタさんの目が、獲物を見付けたようにキラリと光った。


「まあ、そうだね。最奥と言っても、その手前、三層と四層の境目までだけど」


 これを聞いて口角を上げたバヨネッタさんは、己の宝物庫から小瓶を取り出し、テーブルに置いてみせる。中身は液体のようだ。


「それ、何ですか?」


 皆が困惑する中、話を振って欲しそうにしていたので、俺が代表して尋ねたら、喜色満面の笑みを浮かべるバヨネッタさん。


「ふふ。気になる? まあ、気になっちゃうわよねえ。何せ前代未聞、前人未到の大発明だもの!」


 テンション上がっているなあ。余程凄いものを作り出したのだろう。その証拠に、恐らく『空識』で鑑定した武田さんが、口を押さえて驚いている。そして一度皆を見回し、焦らしを入れてから、満を持してバヨネッタさんが発言する。


「これは、マナポーションよ!」


「へ?」


 思わず変な声が漏れてしまった。それも当然だ。確かマナポーションはこの世に存在せず、前回の尸解仙法で『有頂天』を取得した時に、マナポーションを手に入れなかった事を、バヨネッタさんを初め、オルさんや浅野にまで叱られたのだから。


「本当ですか?」


 と武田さんに尋ねれば、こくこくと口を押さえたまま頷いてみせる。マジかー。


「どうやって、入手したんですか?」


 絵に描いた餅が眼前にある興奮に、場の皆の熱視線がバヨネッタさんに集まり、これに喜びを感じるように、バヨネッタさんは笑顔で語り始めた。


「入手したんじゃなくて、私が作ったのよ」


「作った!?」


 バヨネッタさんの言に、もう一度小瓶を凝視してしまう。


「驚くのも無理はないけど、材料が分かれば難しくはなかったわ。材料は二つ。ハイポーションとマンドラゴラよ」


「ハイポーションとマンドラゴラ、ですか?」


 俺の問い返しに、頷くバヨネッタさん。


「ええ。ポーションでは駄目。すりおろしたマンドラゴラを鍋に入れ、マンドラゴラと同量のハイポーションで沸騰するまで煮て、その後、冷凍庫に鍋を丸一日仕舞い、冷え冷えになったそれを、布で濾したらマナポーションになったのよ!」


 成程? そもそもポーションは凍らないし、ハイポーションには氷点下で活性化する菌が含まれている。対してマンドラゴラは元々『魔技吸収』と言うスキルを持っている。どうやらマンドラゴラの『魔技吸収』が、ハイポーションの菌で化学反応? いや、魔法科学的な反応を起こし、使用者からスキルや魔法を吸収するのではなく、逆に使用者に魔力を提供するように変容した訳か。


「良くそんなの思い付きましたね?」


 呆れ気味に尋ねると、にやりと口角を上げるバヨネッタさん。


「この前のレイド戦で、大きなマンドラゴラとイエティが戦ったでしょう? その時に見えたのよ」


 成程。バヨネッタさんの動的なものに対して発動する『慧眼』が、イエティによって引き抜かれるマンドラゴラの未来を幻視した訳か。


「これって、どれくらい魔力を回復するものなんだ?」


「さあ?」


 デムレイさんがテーブルの上に置かれたマナポーションの小瓶を観察しながら、バヨネッタさんに尋ねるも、バヨネッタさんも首を傾げてしまう。


「ハルアキが寝ている間に作りはしたけれど、まだ試していないから」


 平然と言い切らないで欲しい。そしてこんな時の為の武田さんの『空識』だ。皆の視線が武田さんに向けられる。


「作り方にもよるのか分からんが、使用者本人の総魔力量の二十%確定だな」


「総魔力量の二十%確定、ですか?」


「ああ。使用者の魔力がゼロでも半分でも、これを使えば魔力が二十%回復する」


 う〜ん、材料に貴重なハイポーションを使って、二十%確定か。ミカリー卿は最奥のダンジョンまで転移するのに、魔力を全部使い果たすと言っているし、そうなると魔力を満タンにするのに、この小瓶が五つ必要になる。更に困難なダンジョン道中でもマナポーションは必要になってくるだろうから、もっと量産しないといけない訳で。


「マナポーションの発明は素直に喜ばしいですけど、量産を考えると面倒ですね」


 俺の言に皆が頷くのだった。

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