第313話 侘しい食
ズゾゾ……
一人暮らし初日、夕飯は一人
「うま……かっら! ああ、確かにそれっぽいわ〜。…………はあ〜あ」
(ヤバい。初日にして何か泣きそうだ。これは食を充実させて、幸福感を増やす必要があるかも知れん)
そんな事を思いながら、パソコンをネットに繋いで各所に指示を出したり、会議をしたりで、なんだかんだ寝たのは深夜二時を回っていた。SNSを確認すると、動画配信者の中にはまだ活動している人や、これから寝ますと呟いている人がいて、何だ
か安心するが、明日も朝早くから活動するのだと思い出し、ドッと疲れが押し寄せる。
「寝よ」
明日は学校は休みだが、向こうの世界に用がある。俺が出向かなければいけない大事な用だ。スマホの目覚ましを五時にセットして、その夜は眠りに就いた。
ピピピッ ピピピッ カチッ
「う〜ん……」
『回復』持ちだからか、自分にはショートスリーパーなきらいがある。たった三時間でも身体の疲れが取れていると実感するが、頭の重さはどうしようもないか。これでストレスや心労、気疲れまで綺麗サッパリなくなるようなら、それはもう人間じゃないな。
「アニン、おはよう」
『ああ、おはよう』
部屋の灯りを点けながら、同居人にあいさつをし、窓のカーテンをサッと開く。冬のお日様は起きるのが遅く、外はまだ真っ暗だった。なんだかこれだけでやる気が削がれるが、今日はこれから更に嫌な目に会うのだから、これくらいで気分を崩していられない。
俺は頬を両手で叩いて気合いを入れると、洗面所に赴き冷たい水で顔を洗い、歯を磨き、朝食に昨日買っておいた二個のおにぎり(シャケ・うめ)を野菜ジュースで流し込み、服を着替えて一階に降りていくと、七町さんが愛車のSUVの中で待っていてくれた。
「おはようございます」
眠そうにあくびを噛み殺す七町さんに、俺は車の窓を軽く叩きながらあいさつする。するとすぐにシャキッとなった七町さんが、運転席のスイッチを操作して助手席のドアロックを開けてくれた。
「おはようございます」
助手席に座り、シートベルトをする俺にあいさつしてくる七町さん。
「すみません、こんな朝から」
「いえ、これも仕事ですから」
七町さんはあまり苦でもない様子で答えて、車を発進させる。自社の社長のお迎えが仕事のはずはないのだが、俺に何かあれば日本の今後が滞るとの事で、車を出してくれるのは、ありがたいと言うべきか、俺一人の方が対処し易いと言うべきか。まあ、気を配ってくれている事には感謝かな。
七町さんは今もクドウ商会の一員だ。そこら辺は辻原議員なんかとも話し合った結果だが、日本政府からの出向組は、半数以上が我社に残ってくれた。本来なら、新世界庁が新設された時点で、大半はそちらへ異動するはずだったのだが、そっちは桂木の部下が多く入り込む事で、国民に安心をアピールする意味合いもあり、政府出向組はこちらに居残りとなったのだ。
まあ、まだ商会を立ち上げて一年も経っていないのだから、社の安定の為にも、後数年は我社で働いて貰いたいものだ。
クドウ商会にやってくるなり、俺は上階の異世界転移専用部屋にやってきた。待っていたのは、
戸田さんに転移門を開いて貰って、俺、七町さん、戸田さんで転移門を潜る。真っ暗な転移門の先は、当然ながらサリィのクドウ商会の一角で、そこで待っていたのはバヨネッタさんとリットーさんだ。
「おはようございます」
「おはよう……」
「おはよう!!」
バヨネッタさんは眠た気で、リットーさんは朝から元気だ。
「すみません、お二人に色々手間取らせてしまって」
「全くよ」
と腕を組んでそっぽを向くバヨネッタさんとは対照的に、リットーさんはいつものように高笑いをしてから、
「構わないさ! 私だって戦争は避けたいからな! 我々が骨を折るだけで戦争が回避出来るのなら、安い出費だ!」
リットーさんの言に自然と頭が垂れる。この人のこう言うところが信用出来る。そのままちらりとバヨネッタさんを見れば、向こうも満更でもなさそうだ。
「何よ?」
「いえ、なんでも」
「まあ、良いわ。さっさと行くわよ。これからが本番なんだから」
言ってバヨネッタさんが宝物庫から転移扉を取り出し設置する。この向こうが今度の戦場か。こうも戦場から戦場に渡り歩くなんて、日本の高校生らしくない人生だ。どうしてこうなったのやら。シンヤやトモノリとは違う願いだったんだけどなあ。そう言えば他の二人は今どうしているやら。
「何をボケッとしているのよ? 行くわよ」
既に転移扉を開いているバヨネッタさんに注意されてしまった。
「分かりました。行きましょう」
「お気を付けて」
俺が転移扉の方に一歩踏み出したところで、七町さんから声が掛かる。ここから先は戦場だ。七町さんや戸田さんはついてこれない。行くのは俺とバヨネッタさん、リットーさんだけである。俺は七町さんと戸田さんに頷き返して、転移扉を潜った。
転移扉の先では、多くの兵隊たちが鎧を着込んだまま、
普通冬に戦争はしないそうだ。だと言うのにこれだけの人数が集まっているのは、それだけ事態が切迫している証拠だろう。
「お疲れ様です。リットー殿、バヨネッタ殿」
声を掛けてきたのはジークス部隊長だった。
「お疲れ様です。ジークス部隊長」
俺が声を掛けると、真剣だったジークス部隊長の顔が、更に真剣なものに変わる。
「来たか。おい! 準備を急がせろ!」
「はっ! 食事の時間は終わりだ! 食べ終えた者から、すぐに戦闘準備に取り掛かれ!」
ジークス部隊長の命令を聞いた士官が、兵隊たちに命令を伝えていく。これによって慌ただしくなるオルドランド軍陣地。
「では、我々はもう向かうぞ!」
リットーさんの言に敬礼で返すジークス部隊長。それを横目に、リットーさんがゼストルスを自身の『空間庫』から召喚して跨がり、バヨネッタさんがトゥインクルステッキを取り出して横座りし、俺はアニンの翼を生やす。
「ご武運を!」
「戦う訳じゃないさ!」
ジークス部隊長の言葉に、軽口で返すリットーさん。俺たちは、俺を中心に空を駆けてもう一方の陣地、ジャガラガ軍陣地へと向かった。
ジャガラガ軍陣地の上空にやってくると、攻撃を受ける事はなく、それどころか微動だにせず隊列を守っていた。遊牧民族だからだろう、馬に乗っている者を多く見掛ける。そしてその最前列で、一際大きな馬に跨がる、一際大きな男が、上空を飛び回る俺たちを、忌々しそうに睨んでいた。
「彼がジャガラガの君主オームロウだ!」
リットーさんの言に俺は首肯を返す。あの大男とこれから交渉しないといけないのか。はあ、胃が痛い。
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