第312話 青少年の行先
一人暮らしを始めた。とは言っても、実家から歩いて二十分程の場所で、駅近で学校にも近いマンションだ。それでも気分は変わる。
前々から実家を出る事は考えていた。こんな生活をしているのだ。家族と生活習慣を合わせるのには無理がきていた。ではどのタイミングで家を出るのか。俺が考えていたのは二案。
大学入学(高校卒業)か、人を殺した時だ。
大学入学で一人暮らしとなるのは一般的だろう。どの大学に通うかはまだ考えていなかったが、何も起こらなければこっちの路線で俺は一人暮らしを開始するはずだった。
しかしその路線は潰えてしまった。俺が人を殺したからだ。もし家族に話せば、「それは仕方なかった」とか、「お兄ちゃんのせいじゃないよ」とか、慰めてくれただろうし、家にも今まで同様住まわせてくれていただろう。
だけれども、それだと俺の心が潰れてしまいそうだった。家族と食卓を囲みながら、人を殺した手で箸を取り、何食わぬ顔で食事をする。時には学校や職場であった益体のない会話をするのだ。
俺にその資格があるのだろうか? いや、これは資格の問題ではなく、覚悟の問題かも知れない。もしくは心傷の問題なのかも知れない。とにかく、俺にはまだ家族と食卓を囲う覚悟はなく、人を殺した心の傷が痛んで拒絶反応が出てしまう。なので距離を取る事にした。物理的に、精神的に。
それが実家から二十分程度の駅近物件だったのだから、シンヤと違って俺の心の傷は案外軽症だったのかも知れない。ここに至るまでに、バヨネッタさんを初め、色んな人に支えられてきたと言うのもあるだろう。
家族からは、何故この時期に一人暮らしを始めるのか? と訝しがられたが、「仕事が忙しくなった」の一点張りで切り抜けた。流石に、人を殺したから距離を置きたいとは言えずじまいだった。家族として色々思うところはあっただろうが、最終的には、父が「春秋が決めたのなら」と俺を後押ししてくれたので、一人暮らしが決まった。
「さてと…………」
いつまでも横になっていても仕方がない。俺はベッドから起き上がると、自部屋から持ってきたものや、一人暮らしで必要になるだろうと、家族と買いに回った電化製品や家具などを『空間庫』から取り出して部屋に配置していく。
「まあ、こんなものか」
俺が借りたマンションは、一人暮らしとしてはそれなりの大きさで、部屋もいくつかある。まあ、使うのは自室とリビングダイニングぐらいだろうけど。この大きさに、俺を後押ししてくれた父も、複雑な顔をしていたっけ。
引っ越しも一区切りついたところで、リビングにある実家より大きなテレビを点ける。そう言えばこれにも父は複雑な顔をしていた。
午後のワイドショーでは今日も天賦の塔の話題で持ち切りだ。アルーヴたちは引っ張りだこだな。毎日テレビで誰かしら見る。
「……やはり、未成年に天賦の塔を上らせるのは、死の危険を考えれば、見過ごせません」
語っているのは青少年擁護を唱える女性コメンテーターだ。対してアルーヴの女魔法使いミューンが口を開く。
「ですが、子供たちにこそ自衛の手段は必要なはずです。レベルやスキルは見た目からは判別不能です。どのような危険が直ぐ側を横切っているのか分からないのですから、せめて一つ二つのスキルの獲得と、ある程度のレベルアップは必要でしょう?」
これに対して顔をしかめるコメンテーター。
「だからと言って、天賦の塔に挑めば、死ぬ可能性はゼロじゃないでしょう? そこに送り出す親の気持ちが分かりますか?」
「親の気持ち。つまり子供の気持ちは無視して良いと?」
「そうは言っていません! 揚げ足を取らないで! 私は残された者の気持ちを代弁しているのです!」
「それは大人が天賦の塔で死亡しても同じでしょう。残された者は悲しむ」
睨み合うミューンとコメンテーター。
現状日本において天賦の塔に挑む場合は、一つ目のスキルに挑めるのは十五歳以上、二つ目は後天的怪我のない健常者は十八歳以上と決められ、この年齢をどうするか、様々な議論がなされている。
一つ目のスキルは安全に獲得出来るのだから、もっと年齢を下げるべき、何なら異世界のように生まれてすぐに天賦の塔に臨んでも良いのではないか? との意見もあれば、スキルの獲得には指向性があるから、ある程度の知識や知恵があれば、より獲得者に有益なスキルが得られるはずなので、もっと獲得年齢を上げるべきだとの意見もある。
二つ目のスキルもそうだ。実は二つ目のスキル獲得を邪魔する魔物や罠はそれ程強力ではない。強力になるのは三つ目からで、ここから難易度と死亡率が跳ね上がると自衛隊と異世界調査隊の合同部隊による調査で確かめられていた。つまり、もしも三つ目のスキルを獲得する事を念頭に置いて行動するなら、二つ目のスキルを獲得する前に、出来るだけレベルを上げておくのが有用なのだ。
なので二つ目のスキルを獲得する為の天賦の塔のダンジョンを、何歳から挑戦出来るようにするか、は議論が白熱していた。
成人である十八歳以上とする勢力が一番大きな勢力だが、海外ではもっと若くから挑戦させているところもあるとの話が出てきて、海外かぶれや若年者たちがざわついているのだ。
二つ目スキルのダンジョンも、別に最上階の礼拝堂まで行って、絶対に祈りを捧げなければならない訳じゃない。戻ってまた再挑戦出来る。それなら十八歳以下で、出来るだけここでレベル上げしておくべきだろうと言うのも分かる話だったが、これには親世代の反発が強かった。二つ目スキルのダンジョンでも死者が出る可能性がゼロじゃないからだ。
全く死者が出ない安全なダンジョンならば、親世代も子のレベル上げの為に渋々納得したかも知れないが、子の命の危険が懸かっているとなれば、どんな親でも反対したくなるだろう。だがそれだと海外とのレベル差は開く一方となり、日本の未来は先細るばかりだ。
レベル差やスキル数は今後の地球で生きていく上で、駆け引きや交渉事、物作りや流通など様々な面で重要なファクターになってくる。だからと言ってそればかりが重要な訳でもない。異世界を覗いてきた俺からすれば、確かにある程度のレベルは必要だが、スキルやレベルに囚われずに自分の生きたい生き方をしている人も少なくなかった。オルさんなんてその筆頭で、あの人もレベル上げにはあまり興味がなく、自分の研究の事ばかりに目を向けている。
「まあでも、天賦の塔に挑むなら、年齢よりレベルだよなあ」
天賦の塔に挑むならば、基本的にパーティで挑戦する事として、二つ目スキルならパーティ内レベルの合計が幾つ以上とか、三つ目スキルダンジョンに挑むなら合計幾つ以上と決めておくべきだろう。それを伝えるべく、俺はズボンのポケットからスマホを取り出し、辻原議員に連絡するのだった。
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