第311話 2 weeks later

 ドミニクが討たれ、カロエルによって世界が一変した日から、二週間が経った。日本はそれでも平常運転だ。


 世界各地からは、やはり天賦の塔を巡って、血なまぐさい抗争の様子が、テレビやネットのニュースで流れてくるが、日本では表立った傷害や殺人などのニュースはあまり入ってこない。表立って入ってこないだけで、裏から色々仕掛けてくる輩は意外と多く、特にドミニクと言う大看板を失ったアンゲルスタの残党と、そのアンゲルスタの教会に逃げ込んだ人々で構成された、ネオアンゲルスタを名乗る集団が、結構厄介だったが、この二週間で駆逐された。日本国も平常運転を保つ為に必死である。


 日本が平常運転でいられるのは、天賦の塔が建った当日に、新世界庁と言う内閣府直属の新庁が作られたのが大きい。初代長官にして内閣府特命担当大臣に任命されたのは、桂木翔真だ。


 桂木翔真が選出されたのは、異世界調査隊のトップとして世間的認知度が高く、世間からしてみたら、スキルの事を任せるのに、彼以上の適任者がいないと見られていたからだ。なので野党から、「政治家としての実務経験もない青年に、この大役が務まるのか?」なんて反論が出た時も、それに対して高橋首相は、「スキルも魔法も使えないあなたがなれば、この難局を乗り越えられるのですか?」との逆質問で黙らせていた。


 こうして新世界庁はスムーズな立ち上がりを迎えた。


 そもそもこんなにも早く新庁の立ち上げがなされたのには、理由がある。元々日本政府は異世界庁なる新庁の立ち上げを目論んで、その準備を秘密裏に行っていたのだ。


 今や日本は異世界との玄関口であり、異世界とコンタクトを取りたい地球各国から、外圧やら懐柔やら国家外交がなされていた。それらを一手に引き受ける新庁として、異世界庁の立ち上げが画策されていたのだが、事ここに至り、新庁は発足前から大きな方向転換を求められる事になった。


 まあ、そんな訳で日本に帰ってきてからも色々あったのだが、元々異世界庁の長官に就任する事が決まっていた桂木に、面倒臭い事は色々押し付けてきた。


 日本の領域内にある天賦の塔に関しては、政府、新世界庁が一括管理する事に決まり、早々に天賦の塔周辺半径二キロメートルは国有地とされ、自衛隊の常駐が義務付けられた。


 そうは言っても、天賦の塔は日本政府の要望を聞いて建った訳じゃないので、当然市街地にも建っていたりする。なので立ち退き問題が桂木の目下の悩みらしい。


 新世界庁には、発足以来引っ切り無しに電話やらメールやらDMやらがやってくるが、大体は異口同音で、順番はどうなっているのか? となる。なんだかんだで皆自分の秘めたるスキルに期待しているのだ。これで一発逆転が出来るとでも思っているのだろう。


 そんな矢面に立たされた桂木以下新世界庁の方針としては、まず基本として、天賦の塔に挑戦出来るのは、マイナンバーカードを持つ十五歳以上の者として、国内外問わず、天賦の塔で獲得したスキルは、全てマイナンバーカードに記載すると言う事。これに違反した場合、相応の処罰を受ける事。


 天賦の塔への挑戦者として、まず自衛隊と警察関係者。次に公務員と医療関係者、そして後天的怪我に苦しむ人。その後、十五歳以上の全国民に対して、順次諸々の説明書の同封された『天賦の塔挑戦権』なる封筒が発送されるとの方針が出され、世間がざわついた。


 マイナンバーカードへの記載は方々から不満が上がったが、国が把握していないスキル保有者が、自分の隣りでスキルを使って悪事を企んでいるかも知れないと思ったら、自身の安全と天秤にかけ、背に腹は代えられない。


 自衛隊や警察関係者は、天賦の塔が建って以降、外国から血なまぐさいニュースが入ってきている事から、有事の際の抑止力として必要なので、分からなくはない。公務員、医療関係者が優先されるのも、嫉妬しない訳ではないが頷ける。後天的怪我に苦しむ人とは? これに関して桂木は、


「天賦の塔の中には魔物がおり、これを倒すとレベルが上がる事が関係者の調べで分かっております。この、レベルが上がると言う現象がとても不可思議なもので、レベルが上がると、それまで負っていたどんな大怪我でもたちどころに完治するのです」


 桂木の説明に日本人たちは、成程、それならば怪我人を優先するのは分かる。と納得を示した。まあ、提案したのは俺だけど。俺が足の怪我に悩まされていたタカシに施した術である。この案に対して、一部でそれが分かっていたのなら、異世界調査隊は怪我人を引き受けるべきだったのではないか? との声も上がったが、その当時は日本政府から調査研究以外での活動が制限されていたと、桂木は説明してその場を逃れたのだった。


 ただし、この怪我人優先には困った事例が付随した。お察しの通り、自分から怪我をする馬鹿が各地で結構な数現れたのだ。


 さてこの馬鹿どもどうしたものか? と世間は頭を抱えたのだが、この馬鹿げた行動はすぐに沈静化する事になる。順番の列を横入りする形で掠め取った馬鹿どもだったが、彼らの九割以上が手に入れたスキルが、『小回復』と言う自分の怪我を治すスキルだったからだ。


 更に、『小回復』のスキルが付いた事で、彼ら馬鹿どもの怪我は快癒したので、自衛官付きで魔物討伐しながら、第二のスキルを手に入れる。なんて出来るはずもなく、この馬鹿どもは怪我してもすぐに治る身体を手に入れて、塔から追い出されたのだった。


 これによって、どうやら天賦の塔は完全ランダムではなく、ある程度指向性を持ってその中でランダムにスキルを授けているらしい事が世間に周知された。それは馬鹿どもだけでなく、後天的怪我に悩まされていた傷病者たちも、少なからず『回復』系のスキルを獲得したからだ。


 そして人間とは面白いもので、こうなってくると逆に、自分は塔には行きたくない。と言う人間が出てくる。また、お前が行け。いや、お前が先に行け。などの後ろ向きな譲り合いが展開されるようになった。


 周囲より先にスキルを獲得するのが得なのか、それとも、ある程度スキルが出揃ってから、その中から自分が獲得出来そうなものを、頭の中で想像しながら礼拝堂で祈るのが得策なのか、周囲との腹の探り合いや出し抜き合いが起こったのだ。


 更に状況を混沌とさせたのは、日本に来ていたムムドたちアルーヴの、「スキルにはユニークやレア、コモンなどの格があって、ユニークなんて世界に一つしかないよ」との情報だった。


 この広い世界で自分しか持たないスキル。これは各人の関心を惹くに足る言葉だった。しかし現状では情報が少な過ぎる。しかしもたもたしていたら他人に先を越される。天賦の塔が建って以降、日本人たちがスキルに踊らされていた。



 そんな世間をちょっと離れ、俺は━━


「ふう」


 何もない殺風景な部屋で、『空間庫』からベッドを出して仰向けに横になる。ここが、俺の新しいホーム。殺風景な部屋の天井は、やはり殺風景に感じた。


 俺は実家を離れ、一人暮らしを始めていた。

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