第165話 約束の地にて
「ハルアキ、道中の
視察だか観光だか休暇だか分からない、異世界集団の日本旅行が終わり、クドウ商会からマスタック邸に戻ってきた。外は既に暗く、ジョンポチ陛下はマスタック邸に泊まっていくのだそうだ。
「最後にケチが付いたが、概ね良い旅であったぞ」
とマスタック侯爵も話していたので、まあ、東京案内をした意味もあったと言うものだろう。本当に、最後が締まらなかったけど。あれがなければ、夜に晩餐でもてなし、お開きとなっていただろう。
「では、私はこれで」
俺はそう言ってジョンポチ陛下たちに一礼すると、転移門を通って日本に戻ったのだった。
それにしてもアンゲルスタである。彼の国は中央アジアに隣接する東ヨーロッパに出来た新興国の名だ。別名『天使国』。界隈では『あの国』と呼ばれている厄介な国だ。
約十年前にドミニク運動と言う活動によって出来たこの国は、神の名の下、真の人間の統治を掲げていたが、いつからか世界的テロリスト集団と噂されるようになっていた。
ドミニク運動。主天使ドミニオンと同名を冠したその活動は、その名が示す通り、神による真の統治を求める運動で、戦争、飢餓、疫病などの災禍から逃げ惑う難民たちの間に徐々に広まっていき、それは約束の地にて結実する。それが東欧の果てだった訳だ。
このドミニク運動を主導したのが、ドミニク・メルヒェンである。主導者がドミニクだからドミニク運動。分かりやすい。中二病と言うなかれ、事実ドミニクがこの運動に身を投じたのは、十四歳の時だった。
祖国にたどり着いた難民たちが不当な扱いを受ける事に心を痛めていた彼は、十四歳の秋、ある夢を見る。それを神からの啓示と捉えたドミニクは、難民たちを説き伏せ先導し、約束の地、東欧の果てへと旅立ったのだ。
道中、先々の国で難民たちや同士を引き入れた一行は、東欧の果てにたどり着くまでに、その数を十万人まで膨れ上がらせていた。この活動には、何故か世界中から支援の手が差し伸べられ、と言うよりも、自国で面倒をみたくないリアリストたちが、夢見る難民たちへの手切れ金として支援金を送る事で成立していた。
このドミニク運動は世界中の注目を集め、彼らが目指す東欧の果てに何があるのか、世界中の人々が見守っていた。
結果から言えば、東欧の果てには何もなかった。あったのはステップ気候の草原だ。何もなく荒涼とした草原がどこまでも広がり、十万人は途方にくれたのだ。十四歳の夢想に付き合った結果が、何もない土地であり、世界中からの支援金も、十万人の生活費を賄うには雀の涙であり、行き場を失った彼らの旅は、餓死と言う最悪の結果で幕を閉じようとしていた。
しかしてドミニクたちが東欧の果てにたどり着いて一週間後の事だ。事態は急変を告げる。巨大隕石の到来である。NASAやJAXAやロシア航空宇宙局の監視網をすり抜けてやって来たそれの落下地点が、彼の地、東欧の果てであった。かくして十万人の難民たちは巨大隕石を回避する事が出来ず、一人残らず死んだはずだった。
巨大隕石落下の翌日の事だ。落下によって出来た巨大クレーターの中央に、巨大な塔がそそり立っていたのは。
十万人を収容して余りある巨大な塔から出てきた難民たちは、口々に天使を見たと証言し、ドミニクはその塔と周囲のクレーターを指してアンゲルスタと言う国家を立ち上げた。
普通であればこんな事受け入れられるはずもないが、東欧の奇跡と呼ばれたこの事件に、世界中の人々は熱狂し、アンゲルスタは早々に世界中から国家として迎えられ、この奇跡の国をナマで一目見ようと、またその奇跡のおこぼれに浴しようと、世界中から人々が押し寄せるようになる。
アンゲルスタには何でもあった。不思議な事にその地は豊穣で、家畜も野菜も良く育ち、天然ガス、レアメタルなどの地下資源が豊富で、巨大クレーターとは言え
そんな土地で暮らすアンゲルスタ人たちが、その牙を世界へ向け始めたのは、建国から数年を経ての事であった。世界中でテロが横行し始めたのだ。その後ろに、アンゲルスタ人の影がチラつくと、タブロイドで噂にこそなれ、表立ってはアンゲルスタ人が糾弾される事はなかった。それが噂に噂を呼び、話に尾ひれが付いて現在まで世界中で語り継がれている。
曰く、主導者ドミニクの言葉は神の言葉である。彼が間違う事はなく、彼に従えば、神の国はこの地球に顕現する。
ネットミームとして、まことしやかに語られるそれは、テロとして形を得て、悪意を世界中にばら撒いていたが、決して尻尾を掴ませる事はなかった。
が、現在マジックミラー越しに俺の前で事情聴取を受けている女は、アンゲルスタ人であり、紛れもなくテロリストの一人だ。横で政府役人が女の情報を教えてくれた。
「名前はアンナマリー・エスパソ。世界中の爆破テロ現場で見掛けられ、事情聴取も数々受けてきていますが、物的証拠が見当たらなかった為に、釈放されてきていました。今回、余程慌てていたのでしょう。現場のPDWにべったり指紋が付いていました」
それじゃあ釈放は無理だろうなあ。事情聴取を受ける彼女には、その腕にオルさん特製の手錠はつけられていない。その必要がないからだ。ここは東京のとある場所にある拘置所。それもスキル持ちを専門に収監出来る、特殊拘置所である。
オルドランドと国交を結ぶにあたり、そのスキルによる犯罪と犯罪者をどうするかと言う問題から建てられた施設である。作るにあたり、施設自体は元からあったものだが、オルさん監修によりスキル持ち専門の収監施設へと作り変えられた。まさか最初の収監者がオルドランド人でも日本人でもないとは思わなかったが。
「しかしと言うか、やはりと言うか、アンゲルスタ人はスキル持ちだったようですね」
と俺の横で政府役人が口にする。
「ですね。天使の関与が疑われていたので、警戒はしていましたけど。まあ、そうでもなければ、あの国の豊かさやテロの摩訶不思議さは説明出来ませんから」
本当に、天使は面倒事を巻き起こす。
「それであの女の人、何でジョンポチ陛下一行を狙ってきたんですか?」
「何でも、オルドランドと日本が国交を結ぶと、世の平穏が乱れるのだそうです」
世の平穏を乱しているのは、アンゲルスタだろうに。呆れて物も言えないとはこの事か。
「しかしどうやってあの国は、ジョンポチ陛下一行の事を聞き付けたのでしょう」
と役人は首を傾げるが、そんなものは『予知』なり『千里眼』なりのスキル持ちがいればどうとでもなる問題だろう。情報機密なんて、スキル相手には現代地球では裸同然だ。
「まあ、とにかく、逃さないようにお願いしますよ」
今回捕まえた三人組は、日本がアンゲルスタに対して手に入れた貴重なカードだ。彼女たちがこちらにいれば、アンゲルスタも日本に対して強気に出れないかも知れないのだから。うう、相手がテロリスト見捨てる系だったら意味ないけど。そうでなくても厄介な事になりそうだ。
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