第164話 ダムにて
「おお! 高いな!」
ジョンポチ陛下たちが、ダムの天辺の歩道から谷側を覗き見る。ダムの高さは約百五十メートルあるそうなので、結構な高さだ。高所恐怖症のバンジョーさんなら、悲鳴を上げている事だろう。
「それに湖も広いな!」
ビール川と比べてそんな事もないだろうが、サリィから見下ろすと、雄大なビール川も小さく見えるのかも知れないなあ。
「このダムで首都の電気を賄っているのか?」
ダムの途中から放出される水を見遣りながら、マスタック侯爵が尋ねてくる。
「いえ、このダムの本来の目的は治水や利水ですから、このダム一つの発電量で賄えるのは、一千世帯くらいですかねえ」
「そうなのか?」
大きなダムだからだろう。結構驚かれた。
「この国の電力の主力は火力ですから」
「火力? 火を電気に変換するのか? 魔法もなしに?」
「ええ。石炭や天然ガスを燃やして水を沸騰させて、その蒸気でタービンを回転させて電力を得ているんです」
俺の説明に顔をしかめるマスタック侯爵。
「面倒な段取りを経て電力を得ているのだな」
「そうですねえ。実際には水力は発電効率も良いのですけど、なにせ自然物ですからねえ。水が枯渇すれば発電自体出来なくなる訳でして。それと比較すると、燃料さえ用意しておけば、火力は常態的に発電可能なんですよ」
「成程な」
「まあ、火を燃やすので、それでは空気を汚すと、こちらの世界では火力発電は廃絶へ向かってますけどねえ」
「そうなのか?」
とマスタック侯爵は「ううむ」と考え込んでしまった。
「なんであれ、一つのタイプの発電施設に偏らず、様々な発電源が、様々な場所にあった方が、有事の際に助かりますよ」
「確かにな」
マスタック侯爵は思うところがあったのだろう。近くの休憩施設にたどり着くまで、色々考える姿を見せるのだった。
「ちょっと、席を外させて貰いますね」
ダム近くの休憩施設で皆が休憩する中、俺は席を立つ。
「どうかしたのか?」
とジョンポチ陛下が尋ねてきたので、
「ただのお手洗いですよ」
と俺は返してその場を後にした。向かった先はトイレではない。休憩施設の外だ。
「さて、と」
俺は外に出て準備運動をしっかりやると、『時間操作』タイプBで自分を加速させて、一気に周囲の森の中へ突っ込んでいく。
「こんにちは。日本語分かる?」
俺が声を掛けたのは、森の中から休憩施設を監視していた三人組だ。男二人に女一人。皆ヨーロッパ系の顔立ちをしている。俺がいきなり眼前に現れた事で驚いた三人組は、休憩施設と俺とを交互に見遣った。
「こんなところで何してるのかなあ? 君ら昨日も俺たちの事見てたよねえ?」
俺の言に、三人一斉に俺に背を向けて森の奥へと走り出すが、
「無駄だよ」
俺の『聖結界』によって閉じ込めてしまう。『聖結界』は俺に害意のある者を、結界の外へ弾き出す性質があるが、ここではその性質を逆転させて、相手を『聖結界』内に閉じ込めた訳だ。
「話しようぜえ」
俺が『聖結界』内を三人組に向かって歩を進めると、相手のうちの一人、女が、何もない空間から短機関銃に近い小銃を三丁取り出し、二人に渡す。
(『空間庫』か、当たりだな)
などと呑気に構えていると、
ダダダダダダダダ……ッ!!
といきなりこちらへ撃ってくる三人組。話は通じなさそうである。良かったよ『聖結界』張っておいて。ジョンポチ陛下たちに銃声は聞かせられない。俺はアニンを大盾に变化させてそれを防ぎながら三人組に近付いていく。
『中々の威力だな。バヨネッタの拳銃より強いんじゃないか?』
とアニンが語る。それはそうだろう。三人組が持っている銃はPDW(パーソナルディフェンスウェポン)と呼ばれる軍や警察の特殊部隊が用いるもので、
「クッ!」
と顔を歪ませた相手の一人が、PDWを投げ捨てて、ナイフを取り出しこちらへ攻撃を仕掛けてくる。相当な速さだ。常人なら、攻撃された事にも気付かないレベル。異世界行っても通用するだろう。
が、俺には通用しないけどね。と俺は一瞬で俺の背後に回ったナイフ使いの腹を蹴る。悶絶してナイフを落とす相手。
俺が三人組の一人を倒した事で、他の二人が声を漏らすが、何言っているのか分からない。俺に分かるのは日本語とオルドランド語だけだ。英語、真面目に勉強しないとなあ。
パチンと一人が指を鳴らす。『空間庫』使いの女じゃない方。するとどうだろう、男の影が立体的になったかと思ったら、何匹もの狼へと変容したではないか。面白いスキルだな。そして男が何やら指示を出すと、その影狼たちが襲い掛かってきた。まあ、斬り伏せるけどね。
「ッ!!?」
いや、そんな驚かなくても良くない? ここまで一方的なんだから実力差分かれよ。と思うがどうやら分かって貰えないようだ。何やら俺を罵っているようだが、日本語じゃないので分かりませ〜ん。
俺は『時間操作』タイプBで加速すると、残る二人の腹に当身を食らわす。さっきの男同様悶絶する二人。そんなにかなあ? 軽く殴った程度なんだけど。何であれ俺は今のうちに三人組に猿ぐつわをして、手錠を後ろ手にかける。
この手錠、オルさん特製のスキル封じの魔道具なのだ。ただしオルさんでも全スキル対応のスキル封じの魔道具は、作るのが大変らしく数が少ない。
これで三人組はスキルを使えない。そして三人を一ヶ所に集めてぐるぐる巻きに。まあ、今はこんなところか。ってな訳で、俺は三枝さんにDMを送りながら、森を後にした。
俺が休憩施設に入るのと、三枝さんが出てくるのは同時だった。
「やはり仕掛けてきましたか」
「バスに爆弾仕掛けてきたからねえ。流石に看過出来ないよねえ」
「爆弾を!? それ、どうしたんですか!?」
「ん? バスからはがして『聖結界』で包んで爆発させちゃったよ。下手にそのまま持っていた方が危険だと思って」
「ええッ!? そ、そうですか」
三枝さん、めっちゃ顔引きつらせているなあ。なんかごめん。俺自身でもちょっと常識外れなの分かるわ。
「しかし、爆弾ですか」
事の深刻さに眉間にシワを寄せる三枝さん。
「多分『空間庫』で持ち込んだんだろうねえ」
「『空間庫』で?」
「三人ともスキル持ちだったけど、一人は『空間庫』の持ち主だったよ」
「では仕掛けてきたのは……」
「アンゲルスタだろうねえ」
俺の言に三枝さんの顔は更に真剣さを増し、その場で誰かに連絡を入れるのだった。
そんな三枝さんを尻目に、俺は休憩施設に戻っていく。休憩スペースで寛いているジョンポチ陛下の横で、ソダル翁やマスタック侯爵がこちらへ厳しい視線を向けていた。俺は解決済みだと首肯する。
「ハルアキ、ちょっと遅かったんじゃないか? うんちか?」
と呑気なジョンポチ陛下の言葉に、脱力する俺。一国の帝が発する言葉じゃない。
「我慢は良くないからのう」
「そっすねー」
俺は乾いた返事をする事しか出来なかった。
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