第465話 優先順位
「えっ? えっ? えっ? ここどこ?」
連れてこられたL魔王は訳が分からずきょろきょろしている。
「モーハルドです」
「はあっ!? 異世界の!?」
俺の説明に目を丸くして驚愕するL魔王。これは理由も説明せずに連れてきたな。と俺は武田さんを睨んだ。
「時間がなかったんだよ」
時間があっても説明しなかったと思う。だがまあ、悪い策ではないだろう。本物の天使であれば、人工天使なんて一捻りなんじゃないかな。と俺はL魔王に現在の状況を説明した。
「無理。無理無理無理無理無理無理! だって私、こっちに来るのに戦闘系のスキル一つも取ってきてないもん!」
顔を物凄い勢いで左右に振って拒否するL魔王。しかも戦闘系スキルを一つも取ってないって、それでは確かに無理だ。俺は再び武田さんを睨む。
「だから……」
と武田さんが説明しようとしたところで、サングリッター・スローンは人工天使たちに囲まれた。両手をこちらへ向けて熱光線を放とうとしてくる人工天使たち。
「ぎゃー! いやー! 来ないでー! 助けてー!」
L魔王は頭を庇う様にしゃがみ込む。するとどうだろう。本当に人工天使たちはこちらへの攻撃を停止したではないか。
「え? どう言う事?」
武田さんを見ても、L魔王を見ても、訳が分からない。と言った顔をしている。いや、これを想定してL魔王を連れてきたんじゃないのか?
『どうなっている!?』
そこに全面モニターの一角から声が聞こえてきた。そちらを見遣れば、デーザン卿が狼狽している。どうやらミカリー卿を攻撃していた人工天使たちも攻撃を停止したらしい。いや、それだけではない。空中でリットーさんや勇者一行と戦っていた人工天使たちも動きを止めている。何だこれ? だが明らかにL魔王の一言が効いているのは確かだと思う。なのでL魔王を見遣ると、
「ちょっと待ってね」
とウインドウを開いて何かを調べ始めた。
「成程成程」
一分もしないうちに腕を組んで何度も頷くL魔王。
「何か分かったんですか?」
「どうやらあなたたちが人工天使と呼ぶあの准天使たちは、この世界の古代文明の技術の一端を使って生み出されたものみたい。しかもちゃんと天使となるプロセスを踏んて造り出されているわ」
そうなのか。
「でも、だからでしょうね。その命令権が本物の天使である私が最優先されているわ」
「ああ、それは動きが止まりますね」
何であれ、これで人工天使たちは首都マルガンダへの攻撃を止めた。ミカリー卿たちへの攻撃もない。となればと、俺はこの事をかいつまんでマチコさんに通信魔導具で伝える。これによって直ぐ様捕縛されるデーザン卿とマキシマ卿。
「なんだか良く分からないうちに事態が解決しましたけど、武田さんは何の為にL魔王さんを連れてきたんですか?」
まさかこうなると想定してではないだろう。
「ああ、それな。俺がL様を連れてきたのは、歌を歌って貰う為だ」
「はあ?」
何を言っているんだ? この人は。某ロボットアニメじゃああるまいし、歌で戦闘が収まるかよ。それは武田さんも理解しているのか、肩を竦ませながら、次の句を話し始める。
「工藤からしたら馬鹿らしい話だろうけど、信心深いモーハルド人からしたら、正に奇跡なんだよ」
「奇跡、ですか?」
首肯する武田さん。
「マルガンダってのは、デウサリウス教が出来る前から聖地と呼ばれていた場所でな。何故なら、デウサリウス教が出来るより千年の昔、この地は戦国時代で、血で血を洗う修羅の時代だったそうだ。だがそれを憂いた一人の天使がこのマルガンダの地に舞い降り、その優麗なる天上の歌を歌うと、人々は何故、今まで人同士で殺し合っていたのか。とまるで悪い魔法から解けた様に戦闘をやめ、戦国時代は終結したのだそうだ。それ以来、マルガンダは聖地とされている」
成程。話から、『狂乱』の様に同族同士を争わせるスキルでもって戦国時代となっていた可能性はあるな。それを天使が止めた理由は分からないが。
「で、その再現をしようと、L魔王さんを連れてきたんですか?」
「ああ!」
言い切ったなこの人。しかもそんな眉唾物の昔話を信じて。L魔王がそう言うスキル持っていなかったらどうするつもりだったんだ? しかし良く連れてこれたものだ。と俺はL魔王の方を見遣る。
「私がスタジオでレッスンしていたら、事務所から、今最も勢いのあるクドウ商会から緊急案件が入ったから、どうにかならないかって?」
ウチから? と武田さんを睨むと手を合わせてこちらを拝んでいる。はあ。まあ、武田さんが代表をしているFuture World Newsはクドウ商会の傘下だけど、親会社の衣を着て破茶滅茶な事をするなあ。だけど、武田さんの昔話は使えるかも知れない。
「L魔王さん、ここまで来たのも何かの縁ですから、せっかくですし歌っていきませんか?」
「へ?」
ここで本物の天使が我々の味方なのだと喧伝出来れば、デーイッシュ派に大打撃を与えられる。事態は完全に終息させられるだろう。
「そ、そう言われても……」
事態の急展開にL魔王はまだ付いてこれていないようだ。畳み掛ける隙があるな。
「五年」
と俺は右手を開いてL魔王に向けて突き出した。
「今後L魔王さんの五年分の活動費を、我がクドウ商会が受け持ちます」
「五年分を!?」
L魔王は驚いて口元に手を当てているが、その手から口角の上がった口が覗いて見えている。そりゃあ嬉しいよねえ。聞きかじった知識だが、オリジナル曲の制作に、ライブやMVの費用なんて、天井知らずなものだ。高ければ四桁万円になるとも聞く。それを全て肩代わりするとなれば、ニヤけて当たり前だ。
「どうしよっかなあ」
とL魔王は目を泳がせて、断る素振りを見せてきた。
「そうですか。そうですよねえ。ではこの話はなかったと言う事で……」
「やらせてください。お願いします」
それは奇麗な土下座だった。この天使、人間相手に土下座するのに全く迷いがないな。
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