第622話 四面楚歌

 フォルンケインとの話し合いは、一応のその場では合意となったが、もちろんその場の人間だけで決められる訳もなく(バヨネッタ天魔国だけなら合意出来るが)、一度本国(日本、パジャン天国)に持ち帰る事となった。


 まあ、これくらいはすぐに日本からもGOサインが出て、すぐに次の国へ行けるだろうと思っていたのだが、


「トモノリの事が全世界にバレた?」


 辻原議員行き付けの料亭へ、ダイザーロを伴い顔を出すと、辻原議員は何とも困り果てたような顔をしていた。トモノリの事がバレたのなら、そんな顔になるのも仕方がない。


「以前に、春秋と隆が魔王ノブナガに会いに行っただろう? その時の録音の完全データが流失したんだ」


 それはそれは。以前に音声を加工して、重要な部分だけ武田さんのサイトへわざと流失させたけど、あれを全文聞かれたとは。しかも辻原議員の話ではこちらに都合が悪く切り取られているらしい。それでは言い訳も難しいな。


「今や隆は日本を救った英雄から、魔王と組んで日本を新たな世界の宗主国にしようと企む、マッチポンプの道化師野郎と言われている」


 まあ、そう言われても仕方ないか。どれだけ否定しても、タカシが『魅了』を持っている時点で、疑いは拭えないよなあ。


「春秋の家にも隆の家にも、マスコミが多数押し寄せ、まともに生活が送れないと判断したので、両家にはこちらから別の場所に移って貰った」


「我が家まで、ですか。お手数お掛けしました」


 家族にも悪い事をしたなあ。いっそ俺を怒ってくれれば良いけど、トモノリが関係しているとなると、同情して変に優しくされるかも知れないなあ。


「しかし、あれって今回の件でも最重要機密に分類されるものですよねえ? どのような経緯で流失したんですか?」


「アラン・スミシーと言うハッカーを知っているか?」


「ああ……」


 アラン・スミシー。これが個人名なのか団体名なのかは知らないが、世界的に有名なハッカーなのは知っている。Alan Smithee とは The Alias Men(偽名の人々)との意味で、元々アメリカの映画業界で、監督の偽名として使われていた名前だ。それが2000年を境に使われなくなって以降、インターネットの普及と同調するように、悪を断罪する。との名目の下、市民の敵となる議員や経営者やその土地の名士などのセレブをターゲットに、世界中のサイトやネット掲示板を荒らしては炎上させる、劇場型のハッカーだ。


「面倒なのに目を付けられましたね」


「ああ」


 嘆息をこぼした辻原議員は、手に持ったお猪口に手酌でお酒を注ぎ、それを一気に呷った。


「今は世界で一致団結しないといけない時だと言うのに、そのハッカーのせいで今日本は窮地に立たされている」


「そんなになんですか?」


 俺の問い掛けに、深く頷く辻原議員。


「実際、現状は日本が異世界との国交において、他国とかなり差をつけて優位に交渉出来ている状況だ」


 まあ、確かに。オルドランド帝国にパジャン天国と、向こうの二大国家と国交を持ち、他の国とも繋がりがあるのだから、出遅れた各国からしたら、歯がゆいだろう。


「それだけでなく、ガイツクールにサンドボックスと言う、他国が喉から手を出してまで欲する二大超魔導兵器が、日本に集中しているのも、各国から脅威と取られている要因だ」


 それはそうか。いくら日本が専守防衛を謳っていようと、危険な超兵器をぶら下げていたら、信用しろ。と言うのも難しい話だ。


「それで、各国はなんと?」


「アメリカ、欧州、ロシア、中国、韓国は、可及的速やかにガイツクールの分配を要求してきた」


「まあ、当然ですよねえ。分配する事に異論はありませんけど、現状でそれを行った場合、こちらからしたら、それを使って魔王軍との戦争に協力してくれるのかに疑問が残りますけど」


「そうなんだよなあ。今回の戦争の主戦場は異世界だ。俺たちの場合異世界の各国と国交を締結しているからな。なんなら我が国初の防衛出動になるかも知れん。いや、なるだろう。だが現状では、隆によるマッチポンプとされている為、この地球が本当に狙われているのか疑わしく、そうなると、他国がわざわざ異世界へ行ってまで戦争に参加する意味が薄れる。ガイツクールを渡すから、戦争に参加しろ。と専守防衛の国が呼びかけてもなあ」


 う〜ん。面倒臭いなあ。いっそ、もう一度タカシの『魅了』をシンヤの『覚醒』で上限突破させて貰って、世界中の人間をタカシの『魅了』の信者にしてしまおうか。…………『魅了』が解けた時が怖いか。


「その、アラン・スミシーと言う犯人は捕まったのですか?」


 これまで静かに食事していたダイザーロくんが口を開いた。


「いや、特定はしたが、捕まえるのは難しい状況と言うのが現状だ」


 溜息をこぼす辻原議員。


「特定は出来たのに、捕まえるのは難しい……。と言う事は、犯人がいるのは、日本とあまり関わりがない、犯罪者引き渡し条約を締結していない国、ですか?」


 まあ、日本はアメリカと韓国としか犯罪者引き渡し条約を締結していないけど。それでも政府が要請する事で、犯罪者が引き渡される事例もある。


「う〜ん、なんと言えば良いか……」


 竹を割ったような性格の辻原議員にしては、珍しく口淀んでいるな。


石工小屋メイソンロッジズと言う結社を知っているか?」


「え? …………ああ、アラン・スミシーって、もしかしてあそこの会員か何かなんですか?」


 俺の言に辻原議員が重々しく頷く。


「バヨネッタ陛下の妹君であるアネカネ嬢に、高性能AIを介して犯人の洗い出しをして貰ったんだ。そうしたら、数名の犯人が俎上に載せられたのだが、その犯人たちの身元を洗ったら……」


「メイソンロッジズに繋がっていた、と」


 肩を落とす辻原議員。そうなるよなあ。メイソンロッジズは、世界中に支部と会員を持つ巨大結社だ。その中には石工などの職人はもちろん、大物政治家に医師に実業家、詩人に作家、芸術家に歌手、宇宙飛行士にメジャーリーガーにNBA選手、そして俳優に……映画監督。成程、アラン・スミシーを名乗っているのもその流れか。メイソンロッジズが裏から操っているとなると、その影響力の前には、下っ端のコバエを一匹二匹潰したところで意味をなさない。


「どうしますかねえ」


「本当になあ」


 俺と辻原議員は、揃って溜息を吐くのだった。

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