第623話 功利主義の幸福

 重たい沈黙に支配されし車内。長いリムジンの車内にいるのは、俺とタカシ、高橋首相に新世界庁長官の八車女史、そして━━、


「そんなに気を張らなくて結構ですよ。我々は、あなた方と敵対したい訳じゃない。むしろ仲良くしたいのです」


 四十を超えているとは思えない、シュッとしていてとても爽やかなおじさん議員。俺が幼い頃、子供向け番組のMCをしていた元タレント議員だ。名前は━━、


「ダミアンお兄さん、今、議員になっていたんだな」


 俺の横で耳打ちするタカシ。まあ、確かに高校生からしたら、国会議員の顔、しかも下っ端議員の顔なんて知らない。タカシの耳打ちを知ってか知らずか、鹿島ダミアン議員の表情は笑顔のままだ。


『その、仲良くしたい。の中には、我々も含まれているのですか?』


 席は車線に平行に向かい合い、三対四。俺から見た席には高橋首相と八車女史、そして鹿島議員が座り、こちら側には、俺、タカシ、ダイザーロくんに、フォルンケインのピルルさんが座っている。いや、ピルルさんは俺の腕に尻尾を巻き付けているのだけど。


「もちろんですとも。魔石の採掘にはあなた方の協力が不可欠なのでしょう? それにあなた方は現魔王軍の敵だ。敵の敵は味方。仲良くしていきたい。と考えていますよ」


 仲良くしたい。ねえ。


「あなた方メイソンロッジズは、今回随分と強引な手段を用いたようですが、本当に仲良くしたいと思っているのですか?」


「…………ええ、もちろん」


 鹿島議員はメイソンロッジズから送り込まれた国会議員だ。これについては別に隠している訳ではなく、単に声高に公言していないだけで、ネットで調べればすぐに出てくるくらいである。しかし、俺の質問への返答に間があったなあ。まあ、お手々繋いで仲良しこよしをしたい訳じゃないよなあ。


「ああ、もうすぐ着くようです」


 スマホを確認した鹿島議員の言葉に、高橋首相は陰鬱な表情を更に濃くするのだった。この人も、とんでもない時に首相になってしまったものだ。



「着きましたよ」


 着いたのは山奥の豪奢な西洋建築だった。広い庭を擁し、その周りをぐるりと高い壁が囲っている。


小屋ロッジって言うか、別荘の豪華版だな」


 耳打ちしてくるタカシに半笑いで応える。車はスモークガラスだった為、いったいどこをどのように走ってここまで来たのか分からないようになっており、しかもどうやら敷地内はスマホの圏外で、四方に魔導具を配置し、スキルや魔法の使用も阻害するようにしてあるようだ。情報的に隔絶された場所。って訳だ。事と次第によっては、ここで何が行われても、誰にも分からないまま闇に葬られるな。


「どうぞ、中へ」


 鹿島議員の案内で玄関まで進むと、待ち構えていた執事服の男性二人が、両開きの扉を開けてくれる。


「さあ、どうぞ」


 中へ入るように促す鹿島議員に急き立てられ、中へ踏み入れば、赤を基調とした幾何学模様のふかふかの絨毯が敷き詰められた、広いエントランスが自分たちを迎え、上を向けばクリスタルのシャンデリアがいくつもぶら下がっていた。


「どうぞ、こちらへ」


 外装だけでなく、内装も豪華なロッジに、こちらが気を取られている間に、奥のエレベータ前まで進んでいた鹿島議員が、我々をエレベータに導いていた。


「おお……、エレベータの中もふかふかだな」


 タカシがそう声を漏らすのも納得で、エレベータの室内も絨毯が敷き詰められており、何とも驚きのふかふか加減であった。こんなに全体ふかふかにする必要ある? って感じだ。


 鹿島議員は全員が乗ったのを確認すると、ポケットから鍵を取り出し、それを階数表示のある右の壁の鍵穴に差し込む。すると扉が閉まり、エレベータはどうやら降下していっているようだった。



「どうぞ、席へお座りください」


 連れて来られたのは、何もない部屋だった。広いシアタールームと言った感じで、俺たちが掛ける椅子以外には何もない。同じなのは絨毯くらいか。きっとこのロッジを建てるうえでの拘りなのだろう。


「おわっ!?」


 全員が着席するや否や、部屋の照明が消されて、真っ暗闇に包まれた。これに驚き、声を上げる高橋首相。


『驚かせてしまったかな? 申し訳ない』


 老人の声が部屋に響くのと同時に、部屋に、誰だか分からない光の人間像が浮かび上がる。それに続くように真っ暗だった部屋に、続々と光の人間像が浮かび上がっていく。恐らくその数は三百。


「三百人委員会、ですか」


『ホッホッホッ。物知りだな少年。流石は若くして新国家の首席宰相となっただけはある』


 三百人の内の誰かがそう声を発する。しかしそれが四方八方から反響して聞こえてくるので、誰がしゃべっているのか分からない。まあ、そもそも姿形も光で分からないが。


「別に、私たちくらいの子供って言うのは、オカルトや陰謀論が好きなだけですよ」


 三百人委員会とは、影の世界政府の最高上層部とされる組織で、メイソンロッジズの最高位の人物などで構成されている。と噂されている。


『おやおや、陰謀だなんてとんでもない。私らは世界をより良くする為に活動しているだけさ』


『善意と言うものは、受け取り手によっては、不気味に映るらしくてね。これ程世界に尽くしていると言うのに、何かを企んでいるように受け取られるのは心外だよ』


 老婆の声に青年の声。流石は海千山千、良く口が回るようだ。


「魔王の正体をリークする事が、世界への善意ですか?」


『魔王の正体を秘匿する事が善意かい?』


「それによって、私やタカシ、それにシンヤや浅野、そしてトモノリの家族が、世間から詰められ、非難せざるを得ない状況に追い込まれた訳ですが、それについての弁明は?」


『最大多数の最大幸福を考えたうえでの、必要最小限の犠牲だよ』


 功利主義者め!


「最大多数の最大幸福を考えたうえ? おかしいなあ。では何故、日本は魔王軍と裏で繋がっているだとか、ガイツクールとサンドボックスを独占し、戦後に宗主国として台頭するつもりだとか、そんな根も葉もない噂を流して、様々な物資を輸入に頼る世界人口八十分の一の日本を、世界から排斥しようとしているのですか?」


『根も葉もない、か。新事実から様々な議論を交わすのは、個人でも国家でも世界でも、より高い次元に進む有効な手段だ。今は答えを設定せず、広く様々な意見を言い合う段階に過ぎない。これを過ぎれば、きっと日本も良き方向へと進めるだろう』


 その議論だか世論だかのせいで、日本人が苦境に立たされているって言っているだろうが。


「つまり、そちらが望むように、ガイツクールとサンドボックスを日本は手放すべきだ、と?」


『いやいや、勘違いしないでくれ。我々は議論の種を蒔いたに過ぎん。望んでいるのは世界だよ』


『それに、魔王軍と関係が深い日本が、個人でミサイルにも耐え得る外装となるガイツクールや、別銀河よりもたらされた先進技術を内包したサンドボックスを独占していたら、いらぬ腹を探られるのも当然だ。東アジアの情勢を考えれば、いや、単刀直入に言おう。世界は、怖がっているのだよ、日本を』


 ああ、声だけなのに、こちらを観察しながら下卑た笑顔を浮かべているのが、目に浮かぶ。


「成程。おっしゃりたい事は理解出来ました」


『ホッホッホッ。流石は一国の首席宰相は違うのう。どこぞの島国の首相にも、見習って欲しいものよ』


 高橋首相だって良くやっているよ。ただ、これに関しては専門外過ぎただけだ。


『しかし、ガイツクールとサンドボックス、どの国へ配置しましょうか?』


『是非とも私の国へ』


『いやいや、ここは優先順位を守って貰わねば』


「おやあ? 何の話をしておられるのですか? ガイツクールもサンドボックスも、もう日本から運び出してありますけど?」


『へっ!?』


『ふぁっ!?』


『んな!?』


 ふん。お前らの好きになんてさせるかよ!

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