第621話 奪われしもの
「不平等条約ってのが、どのように結ばれたのかによるよな」
ダイザーロくんが用意したお茶を飲みながら、デムレイさんが口を開く。
「どのように、ですか?」
首を傾げる俺に対して、デムレイさんは首肯を返し、話を進める。
「ボッサムがどうだったかは知らないが、浮馬族は『念話洗脳』なんて強スキルを持っているんだろう? それなのに不平等条約を結ばされるなんておかしいだろ?」
言われてみれば確かに。『念話洗脳』なんてスキルがあれば、逆に浮馬族に有利な条約を結んでいてもおかしくない。それなのに不平等条約を結ばされた。と言う事は……事は?
「人質か」
武田さんの一言に、デムレイさんが菓子を食べながら頷いた。
「人質、ですか」
「戦国時代でも、織田信長の尾張国や今川義元の駿河国が、徳川家康を三河国から人質として受け入れている」
それは知っているけど……。
「前提がおかしくありません? 西の尾張と東の駿河に挟まれた三河は、生き残る為に家康を差し出したのでは? 前提条件として出てくる、その浮馬族の人質は、どのような経緯で人質となったのですか?」
「普通に戦争があったんじゃないか? それで人質を取られた。それから両国の潰し合いを防ぐ為に、不平等条約を結ばされた」
それはあり得るか? しかし武田さんの言に俺は首を傾げてしまう。
「そうであったとして、カヌスとブーギーラグナが互いに知り合いである事から、少なくとも数千年前にはこの地はブーギーラグナの支配地だったはず。その頃から人質に? それともここ数年、数百年の出来事でしょうか?」
俺の言に黙る武田さんとデムレイさん。この地の魔物がもし長生きだとして、もしそうだとしてら、そこまで長命なら、人質は切り捨てていてもおかしくない。
「奪われたものが、人質とは限らないんじゃない?」
そこに助け舟を出してきたのはバヨネッタさんだ。
「人質とは限らない、ですか?」
「例えば、国宝であるとかね」
ああ、その線もあるのか。
「強国が属国や植民地に強いるのは、それまでの文化の破壊や、その地の文化的象徴を取り上げる行為よ」
成程、植民地化に当たり、英語やフランス語、ポルトガル語やスペイン語の強要など母国語を強要したり、イギリスの大英博物館が、植民地から取り上げたものを展示しているようなものか。
「でも不平等条約止まりと言う事は、そこまでではないのでは? 見たところ、この土地は浮馬族やその配下の魔物たちにとって、住み難い土地とは思えません」
俺の返答にバヨネッタさんは嘆息する。
「そうねえ。でも良い線行っていると思うわあ」
そうやって会話に入ってきたのはサブさんだ。
「人質であれ国宝であれ、恐らく元ボッサムの国に浮馬族にとって大事な何かがあるから、それをこの国に持ち帰って欲しい。と言うのがあの王様の要求だと思うの」
「それは可能性として低いと思いますけど?」
俺の反論に対して、サブさんは「まあまあ」と手を前にして押し留める。
「私たちがこの地下界では弱い。そんな私たちに、元強国で現紛争地帯である場所に行って、何かを持って帰ってこい。と頼むのはおかしい。と言いたいのよね?」
これに首肯する。
「でもあるじゃない、一ケ所だけ、私たちが行く事を許されている場所が」
「! 魔石採掘場!」
「そう言う事。あそこは確か現在ブーギーラグナの直轄地でしょう? もし王様の望むものがそこにあるなら、私たちはもってこいの人選じゃない?」
言われてみれば確かに。人質がいたとして、紛争地帯を通って国に帰るより、採掘場に逃げ込む方が賢いし、国宝なり何なりがそこにあるなら、持ち帰って欲しい。と頼むのも当然だ。成程なあ。
「まあ、どれも推測だから、やっぱり王様と話してみないと確証は得られないけど。それこそ、ただ優しい王様なだけなのかも知れないもの」
サブさんの発言で、この場は落ち着いた。と思ったところで、
「皆様、饗応の席が整いましたので、ご移動願えますでしょうか?」
俺たちを部屋に押し込めた、浮馬族の案内役が現れた。これに対して俺たちは顔を見合わせ、その後を付いて行く。
饗応の席は粛々と進んでいった。
形式としては一人に一つテーブルが用意され、パピー王に対して横一列に並べられ、各テーブルの横に、給仕係である五十センチ程の小さな浮馬族が浮いており、魚介や海藻を使った料理を、一皿食べ終わるごとに差し出してくれる。味は塩や酢がほとんどだが、素材が新鮮なので、美味しく頂けた。最後の料理が出てくるまでは。
「これは……」
『ハダカテンシガイの泣き踊りです』
三十センチ程のクリオネが、テーブルに置かれた。しかもまだピクピクしている。これを食えと? 正気か? と給仕係を見遣るも、タツノオトシゴに表情筋などないので、何を考えているのか分からない。
『どうかされましたか?』
パピー王は穏やかな声で尋ねてくるが、絶対わざとだと思う。他国の会食の場で、出されたものを残すのは、不敬だとは分かっているが、これは勇気が試される。
『ぎぃやあああッ!!』
などと思っていると、悲鳴が響き、ザッと皆の視線がそちらを向くと、リットーさんが普通にナイフとフォークで食べていた。マジかー。
「うむ! 美味い!」
マジかー。ああ、不信心な俺だけど、今はいるか分からない神に祈ります。南無三! フォークをザクと突き立てれば、
『痛い痛い痛い!!』
クリオネが悲鳴を上げ、せめて一太刀に、と俺は首の部分をナイフでザクッと切り落とした。
『地上界の方と食事をともにするのは初めてだったのですが、喜んで頂けたでしょうか?』
え? パピー王さん、あれ、わざとじゃなかったの? 魔物との感性の違いにぐったりしながら、俺は食後のジュースで先程の悪夢を消し去ろうとしていた。このジュースも何の汁か知らないけど。
『それでは本題に入りましょう』
そうですか。やっぱり何かあるんですね。
『ピルル』
『はい』
ピルルと呼ばれた、バヨネッタさんの給仕係が、スッとパピー王の横へと並ぶ。
『彼女はピルル。私の娘です。この子をあなた方に同行させたい』
「同行、ですか?」
『はい』
俺の疑問に即座に返答するパピー王。
「娘さん、強いようには見えないけれど? 理由をお聞きしてもよろしいかしら?」
バヨネッタさんの質問に、パピー王が首肯する。
『会議室で色々お話されていたようですが、それはほぼ当たりです。我々が欲するものが、あなた方に割り振られた採掘場にあるので、力を貸して欲しいのです』
サブさんの読み通りか。
「その、欲するものとは?」
尋ねると、パピー王はしばし沈黙した後、
『神です』
そう答えた。
「神、ですか?」
あまりに意外な返答に、こちらの全員が動揺する。
「魔物って、魔王や大魔王を信仰しておられるのかと思っていました。魔神みたいな存在がおられるのですか?」
俺の質問に対して、パピー王が説明を始めてくれた。
『神を信仰している者たちの中にも色々います。おっしゃられた通り、いるか分からない魔神を信仰する者たち、魔王様や大魔王様を信仰する者たち。そんな中で我々の信仰の対象は先祖。祖霊信仰です』
へえ。魔物にも色々いるんだなあ。
『我々浮馬族の寿命は百年程で、死ぬと祖霊と一体となり、その祖霊へ祈りを捧げる事で、我々浮馬族はより強大な力を得るのです』
成程。
「でも魂と言うのは、死ねばすぐに霧散する。その霧散を防ぎ、魂を祖霊を一体とさせる為の依代を、ボッサムに奪われた訳ですね?」
俺の言にパピー王は首肯する。それは弱体化しても仕方ないな。
「それで、その依代が我々の行き先である採掘場にあると」
『はい。なのでそれを取り戻す為にも、ご協力をお願いしたいのです』
向こうも必死なのだろう。人間なんかに頼らないといけないのだから。
「状況は理解出来たけれど、それとパピー王の娘であるピルル殿下の同行の意図が分からないわ」
バヨネッタさんの質問に、しかしパピー王の方が、どこか少し驚いたような雰囲気を醸し出した。
『この子は通訳です。それともあなた方は、通訳もなしに、言葉の通じぬこの先へ向かうつもりだったのですか?』
ああ〜、それは、はい、大事ですね。
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