第620話 会議は踊らず、そして進まず

「それで、全室にノックして回って、私たちを呼び出した、と?」


 明らかに不機嫌なバヨネッタさん。他の皆は、半分は戸惑い、半分は納得している感じかな。俺たちは現在、充てがわれた部屋を出て、会議室のような場所に来ている。出入り口は一つで、鎧を着た浮馬族が一人立ち、こちらを監視していた。


「盗聴されているって、本当に?」


 カッテナさんとダイザーロくんがお茶とお茶請けを用意する中、声を潜め、尋ねてくるシンヤ。シンヤは懐疑的だ。


「どうだろうねえ。これは俺の推測だから。何もないなら、それが一番かなあ」


「その推測は当たりだと思うぞ」


 俺の推測に対して、武田さんも同様の意見であるらしい。


「そうなのか!?」


 それに対して、リットーさんが大声で尋ね返す。


「ああ。あいつらの種族スキル、魔導具で上手く隠しているが、『念話』、『遠隔念話』、『念話拡散』、『念話傍受』、『念話翻訳』、『念話洗脳』と、浮馬族の誰もが、『念話』に関するスキルを持っているからな。一人一部屋に押し込められた時点で、俺はこれは奴らの術中にハメられたと観念したよ。まさか工藤がこんな強引な手に出て、それを浮馬族が容認するとは思わなかったな」


 そんなに『念話』系のスキルって存在するんだな。しかも洗脳まで持っているとか、こわっ!


「それってつまり、現在進行形で俺たちの会話が向こうの王様に筒抜け、って事だよな?」


 ヤスさんの問いに頷く武田さん。


「だと思う」


「だと思う?」


「お前らだって『有頂天』で周囲を探ればすぐ分かる。俺たちが押し込められたこの部屋、壁一枚隔てた外の様子が分からないような造りになっている」


 武田さんの言に、勇者一行が『有頂天』を使う。そしてすぐに武田さんの言っている事が正しいと理解して、皆してショックを受けた顔となってしまった。


「まあまあ。少なくともまだ絶望するには早いですよ」


 俺はそうやってなだめるが、


「まだ、と言っても、現在進行形で私たちがハメられている事実は変わらないじゃない」


 ラズゥさんが苛立たしげに声を上げる。


「いや、今の状況は、俺たちを試している。と考えた方が良いと思います」


「試している? 何を?」


「いや、分からないから皆を集めたんですけど」


「はあ〜〜…………」


 そんなあからさまに失望したような溜息を吐かなくても。


「集まれば逃げられる。と分かっている状況を、ハルアキが作り出したにも拘らず、この場を用意した。と言う事は、向こうも少なからず、こちらを信用している。と捉えて動く。で良いのよね? ハルアキ?」


 バヨネッタさんは既にこの場で話し合う内容へと思考を切り替えて、俺に尋ねてきた。


「そうですね。部屋に案内された時、浮馬族の人から、饗応の席まで時間があるので、自由に過ごして良い。と言われましたから、拡大解釈するなら、それまでにここに戻って来るなら、転移で戻っても良い。とも取れます。まあ、流石に全員で転移するのは信用を欠く行為になり兼ねないので、転移するにしても一人二人が妥当でしょうけど」


 これにバヨネッタさんはじめ、俺たち一行、それにリットーさんが頷く。まあ、俺たちはエキストラフィールドで色々あったからなあ。今更この程度、難所ではあってもビビったりはしない。


「そうね。転移出来ると言っても、向こうの要求が何であるか分からないのに、無駄に転移しても意味はないわね」


 そう。問題はそこだ。


「こちらの最終的な要求は、元ボッサムの国にある魔石の採掘場で、それを達成する為には、六領地同盟の力を借りて、安全マージンを取りながら、魔王ブーギーラグナの居城まで行く事が条件です」


 これに全員が頷く。


「つまりここ、フォルンケインの力を借りるからには、こちらも相応の見返りを相手に贈る必要がある訳か」


 ミカリー卿の発言に俺は頷く。


「でも、相手の欲するものが分からないのよねえ?」


 サブさんの言葉に全員が溜息を漏らす。


「こんにゃく問答みたいだな」


 武田さんの言い得て妙に、俺とシンヤだけが「ははは」とカラ笑いする。他の皆は意味が分からず不思議そうに俺たちを見ているが、説明が難しいのでスルーで。


「とりあえず、向こうの要求の一つに、『戦力』があるのではないか、と俺は思っているのですが、皆さんはどうでしょう? 向こうの使者から、ボッサムの一族を倒してくれてありがとう。と感謝されましたから」


「あれを私たちが倒したとは言わないだろう! 『戦力』を要求しているとは思わないな!」


 俺の意見は、リットーさんにより否定されてしまった。まあ、確かに言われるまでもなく、その通りだな。この場をどうにかしたくて、視野狭窄になっていたかも知れない。


「でもボッサムの件で、パピー王が感謝していたのはその通りだよ。不平等条約が解消されて喜んでいたしね」


 ミカリー卿の言う事もその通りだ。


「向こうは初めのあいさつで、こちらを『異界の大使』と呼称していたのだし、要求は地球からやって来たあなたたちに関連する事じゃないの?」


 バヨネッタさんの発言にはハッとさせられる部分があるが、


「『異界の大使』の『異界』の線引きが難しいですね。地下界からしたら地上界も『異界』と含まれてもおかしくありません」


 この俺の発言に、バヨネッタさんは腕を組んで黙る。


「地上界も『異界』に含まれるなら、国のツートップであるあなたたちがどうにか出来ないの?」


 ラズゥさんが、俺とバヨネッタさんへ圧の強い視線を向けてくる。


「これでもバヨネッタ天魔国は、天使によって承認されたバヨネッタさんが君主の国です。魔王配下の国と、仲良しこよしと言う訳には」


「じゃあ何? 何の為にあなたたち、こんな危険な地下界まで来ているの? バヨネッタ天魔国は、この地下界の採掘場で採れた魔石を、国に還元しないの?」


 勇者一行が、信じられないものを見るような目でこちらを見てくる。


「いえ、こんな別の魔王のねぐらまで向かう危険を、国家君主自ら行うのですから、相応の取り分は要求しますよ」


 これに対して胡乱な視線を向けてくる勇者一行。


「まあ、仕組みとしては、この地下界の採掘場で掘られた魔石は、天魔国の『聖域』に運ばれ、そこで『浄化』されて、綺麗になったものを、魔導具に使用したり、他国との取り引きに使う。と言うていで行く事となっています」


 俺の屁理屈に勇者一行も呆れ顔だ。


「政治ってそう言うものですから」


「そんな事より、相手の要求が何なのか考えるのが先決でしょう」


 魔石関連を『そんな事』扱いするバヨネッタさん。確かに、今はパピー王の要求を考えるのが第一だけど。

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