第400話 そして頂きに至る
「う〜む、シンヤのやつからも、名前だけは変えてくれ。と懇願されておるんだよなあ」
腕組みして首を傾げるゼラン仙者。それはそうでしょうねえ。
「俺が言うのも何だが、セクシーマンはない」
武田さんまでが否定して、ゼラン仙者は増々首を傾げてしまう。
「と言うか、これまでは武術操体とか全合一とかなのに、なんでいきなりセクシーマンなんですか?」
「それは始祖のマソンに聞かないとな。昔から仙道の真髄の名はセクシーマンなのだ」
そう言われましてもねえ。日本人の俺からしたら、ネタに走っているとしか思えない。
「セクシーマンって、聖峰の名前ですよね? そのまま『聖峰』って言うんじゃ駄目なんですか?」
「駄目だろうな」
これを否定したのは武田さんだ。いや、あなたもセクシーマン否定派でしたよね?
「聖峰って言うのは、結構どこにでもあるものなんだよ。言わば国一番の山は皆聖峰だから、国の数だけ聖峰はあるんだ。だから世界一高い聖峰であるセクシーマンが名付けられたんだろう」
成程。聖峰と言ってもピンキリだから、ただ『聖峰』と名付けても、どの山? と首を傾げられてしまうのか。
「じゃあいっそ、向こうの世界の世界一の山じゃなく、こっちの世界の世界一の山の名前を付けたらどうですか?」
「こっちの世界の世界一?」
ゼラン仙者は俺の提案を聞いて、傾けていた首を、今度は反対に傾げる。
「エベレストって言うんですけど、これならシンヤも納得すると思いますよ?」
と俺の提案に、その場にいたタカシ以外の全員が顔を背けた。何故?
「ハルアキ、それはセクシーマンと提案するのと同意だ」
とは武田さんの言。マジかー。
「へえ。向こうの世界ではセクシーマンとエベレストが同義なんですねえ。お? ハルアキ、顔が赤いぞ」
タカシよ。こんな時だけ出しゃばるなよ。
「ああ、ハルアキやシンヤがセクシーマンを嫌がる理由が分かったよ」
ゼラン仙者は少し気不味そうに首肯した。
「じゃあさ、エベレストの別名のチョモランマにするのは? ああ、あんまり意味ないな」
そうだなタカシ。
「武田さん、聖峰セクシーマンには、別名ってないんですか?」
俺の質問に、しかし武田さんは首を傾げる。
「セクシーマンの別名ねえ。あれは国の北西にあるが、エベレストのように他国に跨がっている訳ではないからなあ。国によって名前が変わる事はないなあ」
さいですか。
「いっそ地球を離れて、火星最高峰のオリンポス山とか?」
「なんで異世界の仙道の真髄で、ギリシア神話の名前を付けなきゃならないんだよ」
武田さんに速攻否定された。ですよねー。
「ならもう、有頂天で良くないか?」
とはタカシの提案。う〜ん、どうなんだ? 有頂天になる。とかあんまり意味良くないよな?
「悪くないんじゃない」
バヨネッタさん的にはこれに賛成らしい。オルドランド語翻訳でも、悪くない響きのようだ。それはパジャン語でも同様らしく、ゼラン仙者やパジャンさんも首肯している。ちなみにこの場はオルさんの翻訳機を交え、様々な言語が飛び交っている。
「でも有頂天って、確か仏教用語だよな」
俺はスマホを取り出し調べ始めた。
「そうなのか? 浅野やリョウちゃんが使っていたから、何か頭の良いイメージある」
タカシは単純だ。
「えーと、大得意になるとか、夢中になるって意味もあるけど、やっぱり仏教から来ているな。形ある世界の頂きを指すとか、またその上の最上天を指すとか、仏教でも宗派で別れるみたいだ」
「へえ、でも元々の意味は良さそうだな」
「そうだな。こっちの仙道、つまり道教になるんだけど、そっちも仏教の影響を受けている部分もあるみたいだし、有頂天は確かに悪くないのかも知れない」
「ふむ。では今後セクシーマンの事は有頂天と呼ぶ事にするかな」
これを聞いて鷹揚に頷くゼラン仙者。
「いやいや、そんな簡単に仙道の真髄の名前を変えて良いんですか?」
「大丈夫じゃないかなあ。ゼランくんの仙道の派閥、ゼラン派は、東大陸では一番大きな派閥で、極神教にも強い影響力があるらしいから。ゼランくんが白と言えば、黒も白にひっくり返るらしいよ」
とはパジャンさんの言。
「そんな馬鹿な」
とゼラン仙者を見遣ると、恥ずかしそうにしていた。何故? と首を傾げてみる。そしてはたと気が付いた。パジャンさんは長い間水晶の中に自らを封印していた人だ。そんな人がどのようにして外部の情報を入手していたのか。その情報源は? 成程、ゼラン仙者が恥ずかしそうにする訳だ。
皆の視線がゼラン仙者に注がれる中、ゼラン仙者は一つ咳払いして、
「まあ、そう言う訳だ。私が言えばセクシーマンも有頂天にひっくり返る。元々、派閥の者からも、何故セクシーマンなのか、何か他に言い換えるものはないのか、と議論はなされてきた経緯もあるからな」
その不満はもっともだな。セクシーマンはモーハルド、つまりデウサリウス教のお膝元にある聖峰な訳で、それならゼラン仙者が住んでいるトホウ山から名前を引用しても良さそうなものだものなあ。でもここら辺の問題に俺が首を突っ込むのも違うか。
「では今後、仙道の真髄は『有頂天』と言う事で」
俺の言にゼラン仙者が頷き、その問題はひとまずの決着を見たのだが、今後俺は、『有頂天』を修得する。と言う何か座り心地の悪いものを修得する事になりそうだ。
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