第130話 無間迷宮(後編)

「そこだー!」


「やっちゃえー!」


 俺の後ろでは幼い子供たちが興奮しながら、老人と吟遊詩人に向かって声援を送っていた。


「危ないから俺より前に出ないでくださいよ?」


『聖結界』を展開しながら、俺は後ろの二人に注意する。この結界、俺に害意のあるものは通さないのだが、害意がなければ素通り出来てしまう危険性がある。先程の落下の時は大丈夫だったから、俺の意思の問題かも知れないが。振り返れば侍女さんが二人をがっちり捕まえているので、大丈夫かも知れないが、注意だけはしておかなければ。


 それにしてもソダル翁もバンジョーさんも凄いな。二頭の飛竜を相手に一対一で戦っているのだから。


 ボオッと飛竜が口から火炎を吐き出しても、老人とは思えない速度で躱すソダル翁に、オルガンが变化した全身鎧によって火炎を全く寄せ付けないバンジョーさん。


 この二人によって飛竜がボコボコにされていく。超速にて手数で、しかも徒手空拳で殴り蹴りまくるソダル翁に、重い全身鎧で動きは鈍いものの、一撃一撃が重いバンジョーさん。タイプの違う二人の戦いに、俺は圧巻されていた。


「ソダルさん、あんなに速く動けたんだな」


「ソダルは将軍だった頃、風神ソダルと呼ばれていたからな!」


 とジョンポチ陛下が教えてくれた。風神ソダルか。確かに神と冠されても不思議じゃない速さだ。俺たちと一緒に脱出用の扉へ向かって走っていた時は、本気じゃなかったんだな。まあ、この迷宮の性質上、どれだけ速く走れても意味はないし、俺たちを置いて、陛下と二人だけで脱出する訳にもいかなかったんだろう。


「バンジョーも中々やるではないか!」


「ええ、そうですね」


 バンジョーさんも強いとは思っていたが、飛竜とサシで勝負出来る程に強いとは思わなかった。でもそれくらい出来なければ一人で(オルガンと一緒に)旅なんて出来ないか。いや、それだと吟遊詩人は皆激強って事になっちゃうな。やっぱりオルガン&バンジョーが異常に強いのだと思いたい。


「ハーッ、セイセイセイセイセイセイッ!!」


 ソダル翁の気合いとともに放たれた連撃によって、飛竜は地面に落とされ、


「セイヤーッ!!」


 最後の蹴りが首元に決まり、飛竜は絶命したのだった。


「ふう。なまっておるな。鍛え直さねば」


 飛竜を倒しておいて、そんな発言をするソダル翁。凄えなあ。


「吟遊詩人よ。手を貸そうか?」


 ソダル翁が好意でそう尋ねるも、


「いらん!」


 ソダル翁の方を見向きもしないで拒否するバンジョーさん。


「そうかのう」


 とソダル翁はそれ以上手助けの姿勢は見せず、こちらへとやってきて『聖結界』の中で一休みし始めた。


「なに。あやつなら大丈夫じゃよ」


 俺は心配そうな顔をしていたのかも知れない。ソダル翁は俺にそう答えてくれた。ソダル翁程の武人がそう言うならそうなのだろうけど、オルガン&バンジョー対飛竜は膠着状態にあった。


 なにせオルガン&バンジョーには飛び道具がなく、飛竜も近付くのを嫌ったから、遠距離からの火炎放射に徹しているのだ。しかし、その火炎はオルガン&バンジョーには効かないはず、だった。


 ガシャンと音をさせてバンジョーさんが両手を地面につく。そうか、オルガンは大丈夫でも、中のバンジョーさんは熱で炙られるのか。このピンチをチャンスと捉えた飛竜は、火炎放射を止めて、一気に勝負を決するべく、その大口を開けてバンジョーさんを喰らいにきた。


 それに対して右手を差し出すバンジョーさん。右手を咬まれ、そのまま宙に持ち上げられる。が、恐らく全身鎧の下のバンジョーさんは笑っていた事だろう。これはバンジョーさんの作戦だったのだ。


「ハアッ!!」


 バンジョーさんの気合いとともに、咬まれた右手の太い杭が、伸長して飛竜の頭骨を突き破る。


「パイルバンカー!?」


 驚きの必殺技に俺が目を丸くする後ろでは、幼い二人がオルガン&バンジョーの勝利に大喜びだった。



「大丈夫ですか? バンジョーさん?」


 俺の問い掛けに、首を縦に振るうだけのバンジョーさん。流石に飛竜戦は疲れたらしく、無口になっており、心配した俺が差し出したペットボトルの水を、一気飲みしていた。


「ぷはっ。美味い水だなあ。しかし、二案とも駄目となると、お手上げだろうか?」


 と俺に尋ねてくるバンジョーさん。周りを見れば、ジョンポチ陛下やディアンチュー嬢らも不安そうな顔をしている。


「ああ、それなんですが、第三の作戦があります」



「大丈夫なのか!?」


 バンジョーさんが心配そうな顔でこちらを見詰めてくる。


「任せてください。この作戦ならきっと上手くいきますよ」


 俺はそう応えて、ジョンポチ陛下を背負うソダル翁、ディアンチュー嬢を背負うバンジョーさん、そして侍女さんがいる場所から遠ざかるように歩き出す。すると出現する脱出用の扉。


 当然いくら歩いたところで、扉との距離は縮まらないのだが、それで問題ない。時を同じくして、ジョンポチ陛下一行は、俺と反対側へと走り出していた。そしてその先に出現する第二の扉。やはりか。脱出用の扉は一つじゃなかったんだな。そして陛下たちは第二の扉に手をかけ、開いてみせた。 


 何故そんな事が出来たのか。単純に俺が反対側に向かって歩いていたからだ。俺が第一の扉へ歩いていたから、第二の扉の後退もその歩行速度に同調していたのだ。単純だが嫌らしい仕掛けだ。何故なら、この仕掛けがあるが為に、必ず一人はこの無間迷宮に残らざるを得ないからである。


 俺が反対側へと歩を進めている間に、陛下たちはどんどんと脱出していく。


「ハルアキ!」


 俺に声を掛けてくれたバンジョーさんに対して、


「大丈夫です! すぐに追い付きます!」


 と振り返って歩みを止めると、第一の扉も第二の扉も消滅してしまった。


『しかし、脱出出来るのか?』


 今まで黙っていたアニンが声を掛けてきた。


「そうだねえ、ぶっつけ本番だから、九割九分無理だと思う。まあ、駄目なら転移門で日本に行くだけさ」


 そう言って俺は無間迷宮を走り出した。俺の先に出現する脱出用の扉。しかしまだ遠い。俺はどんどん速度を上げていって、もうすぐ手が脱出用の扉に届きそうな程に近づいた。ここだ!


「止まれえ!!」


 少し前に獲得して、まだ使った事のないスキル『時間操作』を使って、時を止めようとする。いくら遠ざかる扉といえど、停止した時間の中では動く事も出来まい。それがこの作戦の肝なのだ。


 これで停止した時間の中でも扉が動いたり、または俺自身が停止した時間の中を動けなかったりしたら一巻の終わりだ。


 そして段々と時間がゆっくりとなっていくのを感じ、俺の伸ばした手が脱出用の扉に近付いていくのが分かる。が、このスキル魔力消費が多過ぎる。時間を停止させる前に、俺の魔力が尽きそうだ。


 そう感じていたら、俺の伸ばした右手にある腕輪のアニンが腕に変化し、脱出用の扉を開いて、俺を素早く外へと脱出させてくれたのだった。


「ぜえ……、ぜえ……、ぜえ……。脱出、出来た……」


 もう、魔力も体力もすっからかんで、身体を一ミリも動かせそうになかった。

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