第272話 勾引

「なんで逃した!? 良かったのか!?」


 闘技場にヘタれ込む俺に、ジェイリスくんが苛立ちを隠せていない声で尋ねてくる。


「良くないよ。完全に後手に回ってしまった。だからと言って、俺もう魔力すっからかんだしねえ」


 ジェイリスくんの俺を見る目は、呆れているような怒っているような、苛立ちに溢れていた。そして俺に見切りを付けたジェイリスくんは、次にバヨネッタさんに話を振る。


「バヨネッタさんなら、あの場でその大きな銃を撃つ事が出来たんじゃないですか?」


「私がトゥインクルステッキをフルチャージで撃っていたら、せっかく築いた『聖結界』の魔法陣が壊れてしまうじゃない」


 これには二の句を告げないジェイリスくん。次はアネカネの方を見る。


「私は遠距離型じゃないから」


「……そうか」


 これを聞いてジェイリスくんは腕を組むと、長い深呼吸を繰り返す。


「ジェイリスくん、だっけ?」


 そんなジェイリスくんに声を掛けたのは、武田さんだ。


「自分だって『完全魅了』で、あのティカとか言う奴に操られていたんだ。周りに当たるのは良くないぞ」


 武田さんがまともな発言をしている。でも武田さん、説得力って言葉を知っていますか? あなたに言われてもその説得力ってやつが……、


「はい。申し訳ありません」


 あったよ。ジェイリスくんからしたら、セクシーマンの言葉だもんな。そりゃあ素直にもなるか。


「って言うか、『完全魅了』って何ですか?」


 耳慣れない言葉に、俺は武田さんに問い掛けていた。


「ティカのスキルさ。彼女のスキル自体は『魅了』なんだが、ギフトが『昇華』でね。このギフトを持っていると、スキルをレアスキルにランクアップさせる事が出来るんだ」


「それで、ティカのスキルが『完全魅了』にランクアップしていたと?」


「そう言う事だね」


 うげえ、それって凄え厄介じゃん。って言うか武田さんの『空識』って、ギフトまで認識出来るのか。あれって鑑定じゃあ分からないんだよねえ。


「じゃあ俺のギフトも分かるんですか?」


 試しに聞いてみる。


「ああ。基本ギフト以外に三つもあるなんて尋常じゃないと思っていたよ。『英雄運』と『瞬間予知』。あともう一つあるが、『???』になってるな」


 あと一つは武田さんでも分からないのか。それにしても、


「『瞬間予知』ですか?」


「ああ。一瞬先の未来が感じ取れる『予知』の一つだよ」


「へえ。『野生の勘』じゃなかったんですねえ」


「そうだな。『野生の勘』は、優れた『五感』と今まで生きてきた経験値で危険を察知する類いのものだ。それはその人間が持つ、『五感』のギフトが優れていると言う証左でしかない。恐らく工藤は『五感』の中でも触覚が生まれつき優れていて、だから『瞬間予知』と混ざって、『野生の勘』として感覚が捉えているんじゃないか?」


 成程、それはありそうだな。


「そんな話よりも、まずは『彼』をどうにかするべきじゃないのかしら?」


 と、横からバヨネッタさんが口を挟んできた。バヨネッタさんの視線の先、闘技場の観客席では、ザクトハが気を失って倒れている。ザクトハだけは『聖結界』から弾き出されずに、この場に取り込まれたのだ。きっと、彼自身の意思で戦っていたのではなく、ティカの『完全魅了』で操られていたからだろう。


「その者の身柄は、こちらで預からせて頂こう」


 俺たちがザクトハの方へ歩を進めようとしたところで、暗赤色の髪に口髭をした男、ジークス将軍が部下を引き連れ闘技場に現れた。将軍と会うのは神明決闘裁判の時以来かな。


「どうも将軍。将軍自ら今回の主犯の一人をお迎えですか?」


 俺の皮肉に将軍は露骨に顔をしかめた。


「今は部隊長だ」


 ありゃりゃ。降格していたのか。これじゃただの嫌味になってしまったな。


「これは失礼しました」


「いや、私の方こそあの時は申し訳ない事をした」


 互いに頭を下げたところで、なんだか気不味い空気が流れる。


「では、ザクトハの身柄を拘束させて貰う」


 ジークス部隊長の指示で部隊がザクトハ拘束に動こうとするのを、俺は左手を突き出して制止させる。


「何か?」


「いやいや、こちらの手柄ですよ? そんな、軍が来たからって、はいそうですか。となる訳ないじゃないですか」


「報奨なら後日相応額を支払おう」


「それは確かに頂きますけど、それとは別にお願いがあるんです」


「お願い?」


 意図的に目尻を下げて口角を上げ、営業スマイルを作ってお願いする俺に、ジークス部隊長は明らかな拒否感を顕にしていた。


「そんな無茶は言いませんよ。ただ、ザクトハを拘束するのは、私たちの用事が終わってからにして欲しいだけです」


「用事?」


「ええ。ザクトハは先程、映像でサリィ中に今回の件がジャガラガによる犯行だと発言していたじゃないですか。それを撤回して貰いたいんです」


「撤回だと!? 横にジャガラガのティカ嬢もいたんだ。それが何よりの証拠だろう」


 ああ、事情を知らないとそうなるよね。


「いえ、あれはティカによる演出で、ザクトハはティカの『完全魅了』で操られていただけです」


「『完全魅了』?」


 問い掛けるジークス部隊長に、俺は首肯で返す。


「とにかく、早目にザクトハにはあの発言は操られて言ったのであって、本意ではないと発表して貰わないと、それこそジャガラガと戦争にでもなりかねません」


「ならもう遅いわね」


 俺の発言を否定したのは、バヨネッタさんだった。


「もう遅い、ですか?」


「あそこまでザクトハに語られてはね。このサリィには、ジャガラガの密偵も潜り込んでいるはず。その密偵を通して今回の件はジャガラガに伝わるわ。そうなれば実際にはどうであれ、戦争に突入するのは不可避よ」


 マジか!? 俺はジークス部隊長の方を振り返る。が、どうやらジークス部隊長も同じ結論らしく、こちらも首肯で返された。


「だいたい、今回の件をサリィの住民にどうやって伝えるつもりだったの? ティカに操られてやったと素直に伝えるつもりだったの? それこそ住民たちの心情を逆撫でして、ジャガラガと戦争になるわよ。それともアンゲルスタが裏で手を引いていると? 異世界同士で戦争でもしたいのかしら?」


 確かに。どう転んでも戦争は不可避か。なら、


「だったら、お願いを変更します。今回の件に付いて、ザクトハに事情聴取するんですよね?」


 俺の問いにジークス部隊長が首肯する。まあ、実際には尋問の方がしっくりくるだろうけど。


「そこに私たちも同席させてください」


 ザクトハは『完全魅了』で操られていたとは言え、何かしら情報を持っているだろうからな。俺のこのお願いに、ジークス部隊長は一拍置いてから頷き返してくれた。神明決闘裁判での件がしこりとして残っていたのかな?

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