第271話 魔性の女

「あなたがティカ嬢か」


 ジェイリスくんは、油断ならない相手と対峙するように、目を細めて相手の女を見遣る。確かティカと言うのは、駆け落ちしたザクトハの相手で、オルドランドの北にあるジャガラガの君主の婚約者だった相手だ。こう言う妖艶な感じの人だったのか。もっと箱入り娘な感じを想像していた。


「あらあら、お熱い視線ねえ。私、そんな目で見られると、興奮しちゃうわ」


 とティカが軽く舌舐めずりをした次の瞬間、ジェイリスくんの手元で何かが壊れるように弾けた。


「ジェイリスくん!」


 俺が慌てて声を掛けるが、ジェイリスくんからの返答がない。


「そいつらを攻撃しなさい」


「分かった」


 そしてティカの命令に従うように、ジェイリスくんが飛竜を飛び降りて襲い掛かってきた。


「ジェイリスくん!?」


 当然ジェイリスくんの攻撃はバヨネッタさんの結界によって阻まれるのだが、様子がおかしい。その目が濁っている。


「フフフ。面白いでしょう? 私と目が合った者は、一瞬にして私に恋をして、私の恋の奴隷となるのよ」


『魅了』か! しかもタカシの『魅了』なんて目じゃない。ジェイリスくんの手元を見れば、対魔法・スキル用の指輪が砕けてなくなっている。グジーノの『狂乱』よりも威力が高いぞ。


 恐らく、グジーノを脱獄させる時、オルドランド側の誰も気付けなかったのも、この女の『魅了』の影響下で事が進んだからかも知れない。


「くっ! 何故あんたらがアンゲルスタに加担しているんだ!?」


「何故ですって? 復讐よ」


 言って天を仰ぐティカ。


「復讐?」


「そうよ。オームロウは美しい私を手に入れる為に、我が氏族を先の戦の戦犯と貶め、我々からの税を二倍に引き上げただけでは飽き足らず、私の最愛の弟に汚名返上の機会だとうそぶき、無理矢理戦場に借り出して、そこで死なせたのよ!」


 オームロウと言うのはジャガラガの君主の名だ。そこまでご執心だと、ティカの『魅了』に掛かっていたんじゃないかと疑いたくなるな。それとも『魅了』の効果に興味を持っていたか。


「だから復讐か?」


「そうよ。あいつが大嫌いな帝国の男と駆け落ちして、あいつの計画をぶち壊せば、戦争にでもなって、ジャガラガにも大量に死者が出る。上手く行けばあいつだって死ぬ。そう思っていたのに、まだ戦争にもなっていなかったなんて、残念だわ」


 自身の復讐の為に戦争を引き起こそうだなんて、どんな思考回路しているんだよ。


「まあ、その仮初めの平和も、今日で終わりを告げるのだけれど」


 ティカがそう口にしたところで、アンゲルスタたちの後ろにプロジェクター映像が映し出される。何だあれ? 映っているのはザクトハだ。見ればアンゲルスタ兵の一人が撮影していた。そして周囲を見れば、そこかしこにプロジェクター映像が映し出されている。少し映像が粗くなっているので、『粗製乱造』で量産したのだろう。この様子だと、サリィ中にこの映像が流れているかも知れない。


『私の名はザクトハ。北を守る辺境伯レーンが一子ザクトハである』


 プロジェクターに映し出されたザクトハが話し始めた。


『サリィに住む者たちよ。今回何故このような騒乱に自分たちが巻き込まれたのか、理解出来ずにいる事だろう。その理由は、ジャガラガにある。これは奴らによる破壊活動なのだ』


 何を言い出したんだ? 俺が理解に苦しんでいると、


「ハルアキ! 早く『聖結界』を発動させなさい! あの演説を最後まで言わせては駄目よ!」


 とバヨネッタさんに急かされたので、俺は直ぐ様『聖結界』を展開していく。


『奴らは私と自国の氏族長の娘であるティカ嬢との婚姻を認めず、その妨害の為にオルドランド内部で騒乱を引き起こしたのだ。これは警告だ。この騒乱はジャガラガを倒さない限り……』


 そこで俺の『聖結界』がドンドンと広がっていき、エスパソなどアンゲルスタの兵隊たちや、ティカを弾き飛ばして映像が途切れた。そして俺の『聖結界』は、バヨネッタさんの円塔の協力もあって、サリィを覆い尽くすように広がっていく。



「……あれ? 僕は?」


 正気に戻ったジェイリスくんが、辺りを覗う素振りをみせる。ジェイリスくんが元に戻ったと言う事は、それより影響力の低い『狂乱』の支配下に置かれていた住民たちも、元に戻っている事だろう。


「奴らは!?」


 事態の飲み込めていないジェイリスくんが尋ねてくる。俺はその答えとして上空を指差す。奴らは何頭かの飛竜に乗って上空を旋回している。そしてそこに集まってくる飛竜たち。恐らくあれがサリィ中にプロジェクターを設置していた他部隊だろう。更にそこへサリィ常駐軍の飛竜部隊が迫っていた。


「グジーノがいるわ!」


 ミウラさんが指差す先に、飛竜に乗る金髪に紫のメッシュが入った男の姿が見て取れた。あれがグジーノか。


 エスパソたちはしばらくこちらへ向かってわめいていたが、飛竜部隊による包囲網が狭まってきたのを感じ取ったら、直ぐ様、誰かが転移門を開いて逃げ出していったのだった。


「ヤバいよな、これは」


『聖結界』の使い過ぎで、魔力切れを起こしてその場にヘタれ込む俺の感想に、皆が一様に頷いてくれた。


「ああ」


 ジェイリスくんが気にしているのは、ザクトハとティカが協力していたと言う事。これが知れ渡れば、ジャガラガとの全面戦争が回避出来なくなるかも知れないからだ。


「そうだな」


 対して武田さんが気にしているのは、グジーノの事だろう。奴らが開いた転移門の先は間違いなく地球であり、恐らくアンゲルスタだからだ。と言う事は『狂乱』が地球に持ち込まれたと言う事であり、今回以上の地獄絵図が地球で繰り広げられるだろう想像が、俺でさえ安易に出来てしまう。

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