第273話 テンノイヌ

「入れ」


 兵士に連れられてやって来たザクトハが入室したのは、軍駐屯地にある真っ白い尋問室だ。その瞳をおどおどさせるザクトハだったが、闘技場で出会った時とは違い、その瞳は澄んでいる。


「わ、私は……」


「まずは座れ」


 何かしゃべろうとしたザクトハを制して、ジークス部隊長は自身の前に置かれた椅子に座るように指示する。こうやって機先を制して、ここでの主導権を自分側に持ってくるつもりなのだろう。


 ザクトハが椅子に座ったところで、付き添いの兵士が椅子とザクトハを魔法で固定させる。


「ここに呼ばれた意味は分かっているな?」


 ジークス部隊長のドスの効いた声に、顔を引きつらせて何度も頷くザクトハ。


「そんなに緊張しなくても、暴力は振るわせないから安心して」


 ジークス部隊長の後ろで優しく声を掛けたのに、ザクトハにギョッとされた。何故だ?


「お前はクドウ商会の、何故ここに?」


「私を知っているんですね。と言う事は、『完全魅了』で操られていた時の記憶はあるんですね」


 俺の言葉に、何と返答すれば良いのか逡巡したザクトハだったが、自身を取り囲むジークス部隊長や兵士たちを見遣るに、嘘を吐くのは得策ではないと観念したのだろう、一度息を大きく吐いてから、首肯した。


「おぼろげな部分もあるが、所々憶えている」


 成程。


「では、その憶えている全てを話して貰おう」


 ジークス部隊長のドスの効いた声に、ザクトハは生唾を飲み込み、訥々とつとつと話し始めた。



 ザクトハとティカが出逢ったのは、レーン辺境伯に連れられ、遊牧民族であるジャガラガの君主オームロウが、その時に居を構えていた、ジャガラガ南部の平原に出向いた時の事だった。


 レーン辺境伯一行は、オームロウから歓待を受けたそうだ。それも当然だろう。その日はオームロウの妹とザクトハの結納が行われる日だったからだ。これは完全な政略結婚であり、ザクトハやオームロウの妹の意思の介在はなく、これによって両国は友好国として一歩を踏み出すはずだったそうだ。


 オームロウが用意した大型ゲルで、主賓としてオームロウの妹と結納の式典に出席していたザクトハは、出席者たちから代わる代わる酒を飲まされて、かなり酩酊してしまったのだと言う。それで一時的に式を退席した。


 気分を持ち直したザクトハは式場に戻ろうと思ったが、ここは来た事もない場所であり、辺りは似たような景色ばかりで、すっかり迷ってしまった。それで誰かに道を聞こうと尋ねたのが、運悪くティカだった。


 出逢った時のティカは顔を薄いベールで覆い、その顔を見る事は出来なかったと言う。ただこれは、式場で働いていた者全員ベールで顔を隠していたそうなので、ジャガラガの風習なのかも知れない。


 道に迷っていたザクトハは、疑う事なくティカの後を付いて行ったが、通された先は式場ではなかった。どうやら物置として使用しているゲルに連れ込まれたザクトハは、そこでティカの目を見てしまい、その後は二人で逃避行である。


 ティカが式場にいたのは偶然か、それとも前から計画していたのか。何であれ使用人に化けて潜り込んでいたんだ、何かしら計画していたと考えるべきだろう。


「ティカはよく、私は弟に似ていると言っていたよ」


 そう言えばティカは闘技場でも、弟がどうのこうのと言っていたな。余程弟に思い入れがあるのだろう。


 その後の逃避行はどこをどう逃げ回っていたのか、あまり憶えていないらしい。ただ場所的にはオルドランドの東、カッツェル国の北端でアンゲルスタ兵と接触したそうだ。そう言えば、こっちに来た頃、あそこら辺は通れないと言われていたっけ。


 アンゲルスタ兵たちもその『完全魅了』で虜にしたティカは、ザクトハを連れて地球へと、アンゲルスタへとやって来た。そこでティカ曰く、運命の出逢いを果たしたと言う。


「運命の出逢い?」


 俺の独り言のような問いに、ザクトハは首肯して返してきた。


「ドミニク・メルヒェンだよ」


「まさかティカの一目惚れか?」


 しかしこれにはザクトハは首を横に振った。


「ドミニクは、ティカの弟と瓜二つだったようだ」


 どれだけ弟に固執しているんだよ。


「それでまさか、ドミニクをその『完全魅了』で自分の虜にしてしまったとか言わないよな?」


 これに首を横に振るザクトハ。ありそうな話だけに一瞬ゾッとしたが、違う事にホッとした。いや、ホッとするのも違うな。


「どうやら『魅了』を試したみたいだが、ドミニクには効かなかったんだ」


「効かない? あの『完全魅了』は相当なものだよ? グジーノの『狂乱』さえ効かない軍支給の指輪が、壊れるくらいの代物なんだから」


 これにはザクトハも首肯し、その顔は苦虫を噛み潰したように悔しさを表現していた。まあ、操られた本人なんだから、その効果の程も分かっているか。


「効かないって事は、そう言う系のスキルって事?」


 俺の言に首肯するザクトハ。


「なんでも、『天狗』と言うスキルだそうだ」


「『天狗』!?」


 なんで天狗? 天狗なんて日本の民間伝承みたいなものだろ? 俺の驚いた声が大きかったからか、周りの視線が俺に集中した。


「ああ、いえ、天狗って、私の国で語り継がれる妖怪と言いますか、魔物としてその名を聞くので、びっくりしてしまって」


「魔物、ねえ」


 俺の後ろで壁に背中を預け、今まで静観していたバヨネッタさんが口を開いた。


「『天狗』なんて、魔物の名前としても知らないし、スキル名としても聞いた事がないわ」


「まあ、世界的にはマイナーですけど、日本ではメジャーなんですよ。ねえ、武田さん」


 俺の振りに武田さんは首肯で返してくれた。


「そうだな。天狗と言えば、姿は人で鼻が高くて翼が生えていて、羽団扇を持ち、空を飛ぶとか、神通力があるとか、日本だけでメジャーだよな」


「そうだ! アイツには翼が生えている! 出し入れ可能な翼で、限られた人間に対してだけ、その翼を見せていた!」


 と武田さんの言にザクトハが反応した。


「姿が人で翼が生えているなんて、まるで天使ね」


 バヨネッタさんに言われてハッとする。確かに天狗と天使は混同される事もあるな。


「それに神通力って何かしら?」


「説明が難しいんですけど、こっちで言えばスキル? みたいな? 色々出来るみたいです」


「曖昧ねえ」


「字面では神に通じるって書くんですけど?」


「怪しさ満載ねえ」


 全くだ。俺たちは天狗に化かされたのか、馬鹿されたのか。


「色々出来るのなら、『完全魅了』を跳ね返せるのも納得出来なくはないけれど、それだと最低でもレアスキル。恐らくはユニークスキルでしょうね」


 だろうなあ。なんてこったい。敵の首領のスキル名は判明したけれど、名前からじゃあ能力までは判明しなかったなあ。


「そう言えば、地上に落ちる流星を、天狗星とか天狗流星と言うんだっけな」


 と武田さんがぼそり。成程、隕石が落ちて出来た国の国主のスキルに相応しいもののようだ。

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